西川恵のレビュー一覧

  • 知られざる皇室外交

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    ちきりんさんのブログを読んで皇室についてもっと知りたくて読みました。
    現在後継者問題が続く皇室だが、この皇室を守るのは日本国民のために必要なんだと強く感じた本。
    今の皇帝陛下の覚悟の留学とチャーチル首相のスピーチの話は緊迫感が伝わってきました。
    改めて若く、自分たちの年齢に近い皇族の方々がこれほど大きなものを背負って生きてらっしゃると知ることができて良かったです。

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    2025年02月08日
  • ワインと外交

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    著者は外交官として各国の饗宴の場に携わっており、その中で「饗宴」にはどのような意味合いや目的があるのか、その目的を達成するためにどういったことに気を配るのか、その舞台裏を事細かに記載した内容となっている。
    普段あまり読まない分野の書籍であるが、このような世界があるのかと勉強になった。

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    2024年12月31日
  • 知られざる皇室外交

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    西川 恵
    長崎県生まれ。毎日新聞客員編集委員。東京外国語大学中国語専攻を卒業後、71年に毎日新聞入社。テヘラン支局、パリ支局、ローマ支局などを経て、98~2001年外信部長。あわせて皇室外交の取材を一貫して行っている。主な著書に『ワインと外交』新潮新書、『饗宴外交』世界文化社、『歴代首相のおもてなし ~晩餐会のメニューに秘められた外交戦略』宝島新書などがある。公益財団法人日本交通文化協会常任理事(事務局長)、公益財団法人日仏会館常務理事。

    知られざる皇室外交 (角川新書)
    by 西川 恵
     しかしこれから免れているというべきか、政治や外交の論理をあえて排除しているのが皇室なのである。なぜかというと、 「だれに対しても公平・平等に、最高のもてなしをする」  との基本的な考えが皇室にはあるからだ。これを突き詰めると、今上天皇、皇后両陛下の姿勢に行きつく。 「身分や立場の違いにかかわらず、だれに対しても公平・平等で接する」  というのは両陛下のポリシーである。

    もちろん最高級のワインのなかでの違いはある。何かの都合で最高級でないワインになったということもある。しかしワインによって意図的に賓客に優劣をつけたり、格付けすることは皇室のありよう、両陛下の姿勢に反することなのだ。両陛下は自分たちの行為や言動が政治や外交の脈絡で見られたり、解釈されることを嫌う。

    私の知る限り世界の元首の 館 のなかで、政治・外交の論理を排除しているのは日本の皇室しかない。国の大小を問わず、賓客を公平・平等に、最高のもてなしで遇することは、世界を眺めたとき、ある意味、 稀有 なことなのだ。エリザベス英女王は立憲君主として、政治的には公平性を保持し、政治に介入しないことを旨としている。この点で皇室と似ているが、それでもバッキンガム宮殿での外国首脳のもてなしには国の軽重が反映する。

    皇室がどの国の賓客に対しても平等に、最高級のフランスワインでもてなしていることを知った、国際政治や外交に通じた外国人は皆、「すごいことだ」と驚く。日本の元首と見られている天皇が、政治的な論理を排除したもてなしをすること自体、外国では考えられないからだ。皇室は、大統領の官邸とも、王室とも異なることを、外国の賓客はこのもてなし1つを通して感得する。

    歌ったというのがどの程度のことか、いまとなっては不明だが、想像するに口ずさんだというのが本当のところではないだろうか。このシャンソンは日本でもよく知られている。この後のことになるが、 宮崎駿 監督のアニメ映画「紅の豚」(1992年)のなかでも 加藤 登 紀 子 が歌っている。

    今上天皇は皇太子だった1953年、エリザベス英女王の 戴冠式 に出席するため初外遊をしたが、英国滞在を終えた後、6月9日から 21 日までの約2週間、フランスに滞在した。またその後もスペインを訪れた帰りにパリに戻り、ベルギーに向かうなど、昭和天皇が皇太子時代にパリを拠点に欧州各国を回ったのと同様の旅程を踏んでいる。

    このとき、皇太子のフランス訪問は非公式のものだったが、フランス政府は最初の2日間国賓として遇し、オリオール大統領がエリゼ宮で午餐会を催し、外務大臣が晩餐会を開く手厚いもてなしを示した。エリゼ宮の午餐会のとき、ミッテラン大統領は左派政党の国会議員として出席している。当時、 37 歳の若さだったが、すでに閣僚を経験し、将来有望な政治家として地歩を築きつつあった。 41 年後、エリゼ宮の主人として天皇になった皇太子を迎えるとは想像しなかっただろう。

    「殿下は…古本屋で、ちょいちょい、古本を買いあさられる。…(お供は) 六時三十分まで三時間半にわたり、殿下もよく本を買われた。時々お金はまだあるかとのお問い合わせ。フランス語の本をこんなに買われ、はたしてどれだけお読みになられるか。ともかく本を蒐集されることはよい御趣味だ、と佐藤氏(同行医師) と話しあった」(カッコ内は引用者)

    「私が初めてフランスの大統領として日本を国賓として訪問したのは 12 年前です。それ以来、何度も日本を訪れましたが、その度に皇后陛下は心温まるおもてなしを私に示されました。皇后陛下は6日間のフランス国内旅行中、 大袈裟 な表現で決してなく、わが国民がいかに皇后陛下のおでましを誇りに思っているか、お感じになるでしょう」  大統領がわざわざ美智子妃に触れたのは、同妃の細やかな心遣いに感銘を受けていたからにほかならない。美智子妃が抜群の記憶力をもっていることは知られている。前に会った人のことは細部に至るまで覚えていて、再び会ったときにそのことに触れ、すっかり忘れていた当人を驚かせるということがよくある。

    後にミッテラン大統領を引き継いだシラク大統領夫妻も美智子妃の心遣いに魅せられている。ベルナデット・シラク夫人がフランスで第三者に美智子妃のことを語るとき、「ミチコが、ミチコが」と親愛の情をこめて呼んでいた。

    オランダの反日感情を融和した両陛下

    国王はこの前年2013年4月 30 日、ベアトリックス女王の退位に伴い新国王に即位した。オランダ王室は長年、女王が続いており、国王の登場は1890年以来だった。首都アムステルダムの教会でとり行われた即位式には、王室を 戴く国の王族や、各国政府代表が出席し、日本からは皇太子と雅子妃が参列した。雅子妃の公務での外国訪問は2002年のニュージーランド、オーストラリア公式訪問以来 11 年ぶりだった。

    この晩餐会は日蘭の皇室と王室の交流の、新たな出発を画すイベントでもあった。天皇と美智子妃にとって、当時 47 歳のアレクサンダー国王は我が子も同然だった。両陛下がベアトリックス王女(まだ女王ではなかった) と交流を始めたとき、王女はまだ独身で、その後、クラウス殿下と結婚し、アレクサンダー皇太子が誕生した。

    ベアトリックス王女は昭和天皇をどのように見たのだろう。初めのころ、王女は必ずしもいい印象をもっていなかったのではないだろうか。欧州で 巷間 伝わっていた戦争の最高責任者「ヒロヒト」のイメージは当然あっただろうし、インドネシアから引き上げてきた植民者たちから乱暴な日本軍の話も聞いていたはずだ。  それが訪日を重ね、昭和天皇のもてなしを受け、皇太子夫妻と親交を重ねていく過程で、日本や昭和天皇に対する認識を変えていったのではないかと私は想像する。日本の発見と言っていいだろう。その最たる証左は、王女が頻繁に日本を訪れ、皇太子夫妻と交流を深めるようになったことである。関心を持たなければ、そんなに来ることはない。

    オランダ人はプラグマティックで、論理的で、自分の思ったことや好き嫌いはキチンと口にする気質だ。情緒的になったり、相手に悪感情を与えるからと、オブラートに包んだもの言いになる日本人とは異なり、できないことはできないとハッキリ言う。  両夫妻がいろいろ考えや意見を交わしただろうと想像するのは、王女の「良きことのためにはどうしたらいいか」というオランダ人のプラグマティックな思考方法が、両夫妻の会話をより突っ込んだものにしただろうと思うからだ。とくに王女は 完璧 主義者で知られていた。 曖昧 にごまかしたり、うやむやにすることが嫌いな性格だ。

     オランダ人引き揚げ者の日本に対する恨みに日本人が気づいたのは、先に触れた1971年の昭和天皇のオランダ訪問のときだった。この年、昭和天皇は欧州7カ国を歴訪した。英国、デンマークなどでも抗議行動やデモがあったが、一番激しかったのがオランダだった。『昭和天皇実録』がその様子を伝えている。

    「お召自動車が(オランダの) ハーグ市内に入った午後4時 30 分頃、車体に液体入り魔法瓶が投げつけられるという事件が起きる。魔法瓶はフロントガラスに当たるが、防弾ガラス付きのものであったため外側に 亀裂 を生じさせたにとどまり負傷者はなかった。…同夜、日本国大使公邸にお立ち寄りの際、…この度の事件は大したことではないが、大きく取り扱われて両国関係に悪い影響を与えることのないよう同行記者団によく話しておくようにとのお言葉がある」(1971年 10 月8日。カッコ内は引用者)

    日蘭の歴史問題の特徴は、相互の認識ギャップである。日本にとってオランダは、 江戸 の鎖国時代、世界への窓口となって文物や知識、情報をもたらしてくれた国であり、チューリップと風車の国でもあり、土地は海抜より低いところにあることも知っている。日本人は好印象をもっている。  しかしオランダの普通の人たちは、江戸時代に両国の間で通商関係があったとはほとんど知らない。人々が日本の存在をハッキリと認識したのは、第二次大戦の緒戦で、オランダの植民地だったインドネシアが日本軍に占領されたのがきっかけだった。  占領中、オランダの婦女子を含む約9万人の民間人と、約4万人の戦争捕虜と軍属が強制収容所に収容されたが、食糧不足や風土病で約2万2000人が亡くなった。死亡率は約 17%に上り、これはシベリア抑留で亡くなった日本人捕虜の死亡率(約 12%)より高い。

    日仏関係のこの 20 年を取り上げると大きなアップダウンがあった。1995年に大統領に就任したシラク大統領はこの上ない日本理解者で、2007年までの2期 12 年、日本の対欧州外交の軸はフランスにあったと言ってもいい。

    同氏が日本を含めた東洋の文化に目を開かれたのは中学生時代である。東洋の仏像に興味を持っていた同氏は、中学校が 退けると、パリ中心部にある東洋美術品のコレクションでは名高いギメ美術館に入り浸って仏像を眺めていた。監視員の使い走りでカフェからコーヒーを運ぶなど職員に気に入られ、チケットなしの入館もお目こぼしされていた。

    「そんなに仏像が好きなら、この近くに東洋美術の専門家がいるから行ってみたら」  と教えてくれた。訪ねてみると、ロシア革命後、フランスに亡命した帝政ロシアの元外交官だった。当時 60 代のこのロシア人は、毎日のように自宅にやってくるこの若者を気に入り、サンスクリットやロシア語を教え、語学の合間にインド、中国、日本など東洋文明の素晴らしさを講義した。 「サンスクリットとロシア語はものにならなかったが、東洋文明について学んだことは私の血となり肉となった」とシラク氏はのちに語っている。

    1960年代初め、同氏は日本を旅行し、奈良の法隆寺で 百済観音像と対面した。このときのことを「ひと目見て私は衝撃を受け、たちまち日本に魅了された。これをフランスに持ってくるのがわたしの夢になった」と語っている。  シラク大統領時代の1997年、この百済観音像は「フランスにおける日本年」の企画の目玉として、ルーヴル美術館特別会場で展示された。 朋友 の橋本龍太郎首相が日本国内の反対を押し切ったのだが、シラク大統領はこの返礼として1999年、「日本におけるフランス年」にルーヴル美術館所蔵のドラクロワ作「民衆を導く自由…

    シラク氏の日本文化理解は素人の域を超えていた。 「『万葉集』は世界で3指に入る詩集の最高傑作だ。日本は世界に誇る文学をもっている」  と、『源氏物語』とともに高く評価していた。また「精神性の極めて高い伝統競技」として相撲の大ファンでもあった。来日するときはなるべく大相撲の場所に合わせ、2000年には優勝力士に贈呈…

    出されるワインと料理を安倍首相が説明し、両首脳の話題は両国の農産品の用いられ方やその経済効果、また農産品からみた両国の結びつきへと広がったという。ふだんあまりアルコールを飲まない安倍首相が積極的に口をつけ、オランド大統領はもっぱらミネラルウォーターだった。この後、国会での演説、宮中晩餐会と続く予定を考えれば当然のことだった。

    「皇居は実に印象深い場所です。雰囲気、伝統、引き継がれてきた外交儀礼の重みと、歴史のなかにいるような思いでした。禅にも通じる精神性が満ちています。美智子妃とは2回、通訳を入れて話しましたが、私が恵まれない子供たちの人道支援団体の代表をしていることや、アフリカに関心をもっていることなど、私がやっていることを実に詳しくご存じで、よく準備していただいていると感じました。  皇后は本当にお優しく、私にとっては夢のような時間でした。確かに『ヴァレリーとファーストネームでお呼びしていいですか。私のこともミチコと呼んでください』と言われました。しかしとても失礼に思われてできませんで、私は皇后とお呼びしてお話ししました。相手に対する思いやりと、温かみ、深い配慮をお持ちの方だと感じます」

    抜群の記憶力をもっていることは前述のとおりだ。ずっと前に1度だけ会った人のことも覚えていて、当時交わしたちょっとした話に触れられたので驚かされた、ということも聞いたことがある。

    「皇室は日本にとって最高の外交資産」というのは外交に携わる者が異口同音に言うことである。日本の首相が何度訪問しても成し得ない和解や友好関係の強化を、両陛下が訪問することで可能にした例は少なくない。  なかでも日本の皇室は世界でも 希 な、長い一貫した系統を保持しており、これに匹敵するのはバチカンのローマ法王ぐらいだ。これによって皇室は多くの国の敬意を集め、国際社会における皇室の尊厳と権威をより厚いものにしている。その天皇の訪問は、迎える側にとって自国の立場を国際社会で高めることに 繫 がるため、一目も二目も置くことなのである。皇室外交のポテンシャルと言えるだろう。

    「ミクロネシア地域は第一次世界大戦後、国際連盟の下で、日本の委任統治領になりました。パラオには南洋庁が設置され…移住した日本人はパラオの人々と交流を深め、協力して地域の発展に力を尽くしたと聞いております。クニオ・ナカムラ元大統領はじめ、今日貴国で活躍しておられる方々に日本語の名を持つ方が多いことも、長く深い交流の歴史を思い起こさせるものであります」

    「しかしながら先の戦争においては、貴国を含むこの地域において日米の 熾烈 な戦闘が行われ、多くの人命が失われました。日本軍は貴国民に、安全な場所への疎開を勧める等、安全に配慮したと言われておりますが、空襲や食糧難、疫病による犠牲者が生じたのは痛ましいことでした。ここパラオの地において、私どもは先の戦争で亡くなったすべての人々を追悼し、その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います」

    天皇がパラオを訪れたいと念願していた理由に、慰霊ということはもちろんある。ただ同時に、以上のようにこの地域が歴史的に日本とかかわりが深く、日系人がいまも多くいることとも無関係ではない。ナカムラ元大統領の名前を答辞で挙げたことにもそれが 窺える。  天皇は世界に散らばる日系人に深い思いを抱いている。カナダを旅したとき、ブラジルを訪れたとき、日本人の移住者やその子孫が活躍していることに大きな関心を寄せてきた。その国の日系人と日本の縁を大事にしたいとの思い、また日本の文化が残っている地域と日本の縁をつないでいきたいとの願いがあるのだろう。

    パラオの街で両国の旗を振って迎える人々に、両陛下は車を徐行させ、窓を開けてにこやかに手を振った。これは後日、駐パラオの田尻和宏大使が現地の知人から聞いた話だが、 80 代の日系の老人が「天皇は神様だと教えられていたからどんなに 畏れ多い、威厳のある方かと思っていた。あんなに優しい方だとは知らなかった」と言ったという。

    日本政府は太平洋・島サミットなどを通じて、ミクロネシア地域との関係強化を図ってきた。ただ日本に招くという一方的関係で、日本の首相が訪れたことはない。そこに初めて両陛下が訪れた。何か具体的な政治的、経済的な課題を達成したわけではない。しかし政治や経済ではできないことを皇室外交はもたらした。

    天皇、皇后はパラオ訪問から2カ月後の6月、宮城県 蔵王 町 を訪問した。戦時中にパラオで暮らし、終戦で引き揚げてきた人々が開拓した集落「 北原 尾」で、この訪問は両陛下の希望だった。「北原尾」の名前は「パラオを忘れない」との住民の思いからつけられた。「北のパラオ」という意味だ。高齢となった引き揚げ者たちと懇談した両陛下は、パラオでの生活や入植した当時の模様を聞き、戦中、戦後の苦労をしのんだ。

    「空から見たパラオ共和国はサンゴ礁に囲まれた美しい島々からなっています。しかしこの海には無数の不発弾が沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり、この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います」

    「当時、私は生後8カ月だった。改めて当時の新聞を繰ると、日本に対する怒りが少なからずあったのがわかる。しかし皇太子とミチコ妃はフィリピン人を魅了した。国立フィリピン大学では夫妻の訪問に抗議行動を起こそうとの動きがあったが、抗議はなされず、逆に夫妻は学生たちの大歓迎を受けた。ロムロ学長は『ミチコ妃の美しさにフィリピン人は武装解除された』と述べている」  夫妻が行くところ、ミチコ妃の美しさが人々の話題になったという。オカンポ氏は寄稿のなかで、当時のマニラ・タイムズの次のような記事を引用する。 「フィリピンの人はミチコ妃の繊細で磁器のような美しさに魅了された。小さな形のいい貝のような耳たぶにはイヤリングはなかった。…肌の色は自然で、お化粧をしていないのかとさえ思わせた」

    皇室外交という言葉に、宮内庁は「皇室には外交はありません」と言うだろう。確かに天皇は政治には関わらない。しかし本文でも触れたが、日本の国益や、政治、外交の脈絡からまったく遊離した両陛下の外国訪問はあり得ないし、外国の賓客を日本に迎えた場合も、皇室と政府は巧みな補完関係と役割分担でもって賓客をもてなす。

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    2024年07月22日
  • 知られざる皇室外交

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    日本人なら必読の本だと思う。皇室が日本国にとってとんでもなく価値のあるアセットであるということ。そして上皇ご夫妻の思慮の深さには感銘を受けた。
    天皇、皇室について語るとき、反射的にウヨクだとかサヨクだとかそんなワードが飛び交うことがある。(し、私も同様の反応をとっていたことがあったように思う)今思えば教養がなく、とても恥ずかしいことだったなぁ。自制の念も込めて。

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    2022年09月08日
  • 知られざる皇室外交

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    これを読むと、日本人でよかったという素直な思いと皇室に対して敬虔な気持ちになります。課題は多々あれど、我々が色々な国と良好な関係を維持できるのは、皇室や宮内庁・外務省などの報道されない尽力あればこそと痛感しました。

    外交には歴史がつきもの。オバマ大統領、ミッテラン大統領、イギリス王室との関わりなどが書かれていますが、特にインドネシアでの戦争捕虜の取り扱いから、オランダとの外交修復にこれほど紆余曲折があったということは初めて知りました。「皇室は日本にとって最高の外交資産」というのは全くそのとおりと頷けます。

    一方、宮中晩餐会など「誰に対しても最高のものを」というポリシーを掲げ、国のために力を尽くされている様子はもっと国民に知られても良いと思いました。チコちゃん的で恐縮ですが、今こそ全てのニッポン国民に問いたい一冊です。

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    2021年07月12日
  • 知られざる皇室外交

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    ご皇室が実現してきた外交が確かにある とかくお人柄に終始しがちな国内の天皇陛下のご公務。昭和天皇〜平成天皇が政治や外交を排除しつつも人として世界の王室や政治家を魅了した結果、確かに政治を動かし日本の地位向上にお務めされてきた実績を、晩餐会や慰霊祭を中心に関係者に取材し書き綴った力作です。

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    2025年12月15日
  • 皇室はなぜ世界で尊敬されるのか(新潮新書)

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    学生時代は「皇室不要」に近い考え方だった。
    特に皇居からは撤退すべきだと、これは今でも。

    この本は皇室を海外からの視点で描いてる点が
    とても興味深い、少なくとも以前の私には無かった
    考え方である。

    「君臨すれども統治せず」をどう外交に活かすか。
    その辺を考えながら読むととても面白い。

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    2020年04月10日
  • 知られざる皇室外交

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    皇室は日本及び日本国の象徴と憲法で規定されている。その象徴天皇が外国訪問をしたり、外国の元首を歓迎したりする姿がテレビで報道されているのを見て、今まではその行為が何の意味を持ってるかを全く分かってなかった。むしろ、天皇は必要な存在なのか?とも思ってしまっていた。
    そんな中で、元号が令和となり、時代が変わることを感じて、その機会に皇室のことを知りたいと思った。愛読するちきりんさんのブログでこの本が紹介されていたので読んだ。
    こんなに世界の中でも大きな存在で、今の日本に良い意味で大きな役割を果たしていて、日本だけでなく世界のことも親身になって考えておられる姿に感動した。これからの皇室への見方か変わる一冊。

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    2020年01月18日
  • 知られざる皇室外交

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    元号も変わったしということで、ちきりんがおススメしていていつ読もうかと思っていた本を読みました。
    天皇陛下や皇室というのが日本人である我々にとってはある種当たり前のものになっている一方で、万世一系であることからも諸外国から大変な経緯を表せられる存在であり、諸外国との関係に大きな役割を果たしていることがよくわかりました。このタイミングで読んで良かった。必読書と言うのも納得。
    皇室、とりわけ天皇となる立場の方は、いつぐらいからご自身の立場を理解し、ふるまいを考えるようになるのだろう。諸外国から見たときのご自身の立場は。戦争への責任、それに対する感情。ご自身が日本人を代表する存在として。考えれば考えるほど気が遠くなる。
    そして食事の場面も様々。ワインが世界共通の飲み物ということが本書で強く感じられた。宗教上の理由なら飲まないだろうけど、お酒の弱い天皇陛下だったらどうするんだろうと、不謹慎ながら考えてしまった(笑) 同じ作者が書く「ワインと外交」も気になるな。

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    2019年05月30日
  • 知られざる皇室外交

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    ネタバレ

    皇族、特に天皇皇后の諸外国首脳との交流、外国訪問が、どれだけ日本全体が外国に与える印象を好ましいものにして来たかを、実例によって説く。
    ・誰に対しても平等にもてなすこと
    ・庶民と真近に接すること
    ・戦後日本への悪印象を保っていた国々の多くの人の印象を塗り替えたこと
    ・諸王室との交流を長く続けていること
    ・慰霊の旅を続けていること
    日本の庶民が知らされていなかったことの多さにも、呆れるけれど。

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    2018年02月22日
  • 知られざる皇室外交

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     本書は各国外交についてその儀礼的側面から(特に食事会のメニューによって)読み解いてきた著者による、両陛下の軌跡を手繰った新書である。
     2016年10月に刊行された本書は、古くは今上の陛下の皇太子時代(戦後)から10年代に至るまで両陛下が切り開いてきた日本と各国の関係を詳らかにするものであり、そうした意味で(過去へと話が飛ぶなどして)やや錯雑とした構成も目立つ。
     しかし、退位を示唆したメッセージが巷間の話題となった2016年のことを思えば、ここでの刊行は非常に意義あるものであり、必携と称してもいいほどの内容だったと言っていいだろう。
     内容的には示唆に富み、その指摘は鋭く、長らく外交の現場を歩いてきた著者の経験に基づく記述も少なくない。一冊の新書としても内容の濃い良書である。

     タイムリーという意味も踏まえれば、やはり星五つと評価すべきだろうと判断した。
     ただ、そうでなくとも内容面でもそれに遜色ないものである。若年の身には知らぬ話題も少なくなく、勉強させていただいた思いである。

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    2017年03月02日
  • ワインと外交

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    『エリゼ宮の食卓』の著者の本。相変わらず料理からワインにまで隠喩的に散りばめられた政治的メッセージに関する著者の解釈が面白い

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    2009年10月04日
  • ワインと外交

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    饗宴外交というけど、首脳会談や訪問など表の舞台の裏でも大変なお金と労力と気がつかわれる世界だと認識(笑)。ある意味見栄の張り合いか。ワインの選び方にもその国の気風が出るのが面白い。
    でもまあ旧共産圏ではもてなされたくないな。やっぱ嫌い(笑)。

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    2009年10月04日
  • 知られざる皇室外交

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    天皇陛下をはじめとする皇族の方々に、個人的に(たとえば、追っかけのように思い入れるような)思い入れはあまりなく、昭和が終わったときには、皇居に記帳に行った(気がする)ということくらいしか覚えていないのに、平成から令和にかけて、「おだやかで、世間や世界とうまくバランスを取っている」という印象を持つようになっていて、それをおそらくしっかりと意図をもって作ってきたのだなというのが細かく解説されていた。

    外交は、どう読んでも大変そうでしかなく、事前の外務省・宮内庁含めた根回しはもちろん、何を語り、何を語らないかの準備、そしておそらくは瞬時の判断も含めて、バランスを取り続けてきたことに心の底から敬意しかない。

    多分、この本の主旨からは大きく外れるけれども、随所に晩餐会のメニューが書かれているので、正直読んでいてお腹がすく。
    (それだけ、皇室外交のメインが晩餐会なんだということだろうけど)
    あとは、晩餐会のメニューが、肉料理と魚料理があるいわゆるフルコースではなく、3品程度というのはちょっと意外だった。

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    2026年08月17日
  • 教養として学んでおきたい日本の皇室

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    ネタバレ

    ▪️やはり主題は皇位の継にある。

    後継が危ぶまれる中、
    A案:皇位継承者を「女性」「女系」まで広げる。女性宮家の創設。
    B案:旧宮家の皇族復帰。
    が対策として挙げられる。

    Aの課題として、女性皇族の人権問題があるのが興味深かった。
    結婚したら皇室を離れることを前提に育った女性皇族は、法律が変わると、急に宮家を創設しなければいけない立場になる。

    仏大統領と皇族との間で交わされたこんな会話がある。

    仏「私は本を読んで暮らしたい。しかし大統領になってはそれはできません。やっと1年終わったばかりで、任期はあと6年ある。かごの鳥で我慢しなければなりません。」
    皇「それでは終生、かごの鳥でいなければならない私はどうしたらいいのでしょうか。」

    眞子様の結婚時、相手のことでスキャンダルとなってしまった。
    でもそこまでして、結婚(皇族からの離脱)を踏み切る理由があると感じた。
    眞子様は小室さんに全てを賭けたのだろう。逆に、小室さんのようにある意味パワフルな男でないと、鳥籠からプリンセスを解放できないとも言える。

    A案の反対意見は根強い。
    20世紀初頭、100あった君主国は現在は28まで減っている。
    英国フィリップ殿下の言葉。
    「欧州の君主制の多くが、その中核の熱心な支持者たちによって滅ぼされた。彼らは反動的で、何の変革を行わず、ただ体制を維持しようとする連中だった」


    ▪️象徴天皇とは何か。「存在論」と「機能論」。

    存在論は天皇は存在し祭祀を行うだけで充分という意見。
    対して機能論は、公務をすることで国民の賛同を得て、期待に沿う在り方が必要と言う意見。

    天皇が公的行為をするほど本来の権威が失われてしまい「国民並み」になってしまうという、存在論(右派)の視点が新鮮に感じた。翻っては、自分の中に、天皇には「機能」があることを感じた。

    外交的に言えば、
    「皇室は日本にとっての最高の外交資産」と言う観点も面白かった。

    大統領と違い、任期がない皇室にとって、それは他の国の皇室と家族ぐるみの長期的な付き合いとなるからだ。


    ▪️慰霊の非対称

    両陛下が外国に行くと、必ず行う慰霊の儀式。
    しかし外国の元首が日本に来たときは、この儀式を行わない。行えない。
    日本にはその手の施設が、A級戦犯が祀られている靖国神社しかないから。

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    2024年01月20日
  • ワインと外交

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    作者の「饗宴外交」がとても面白かったため手に取った。
    堅苦しいイメージのある外交を、誰にも身近な食を通じた面白いエピソードにして書いてあり「饗宴外交」と同じくとても面白かった。
    これだけ技術や文明が発達した現代社会においても、結局物事を動かすには人間の根元的な欲求である食欲に訴えかけるのが効果的な場面もあるのだなと改めて思った。
    個人的にはフランスとドイツの関係性が印象的だった。彼等こそソフトパワーとしての饗宴を効果的に活用して外交を動かしているんだな~という感じ。

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    2024年01月06日
  • 皇室はなぜ世界で尊敬されるのか(新潮新書)

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    自分が読みたいものを読んだ気がする

    実は尊敬する人のかなり上位に先の天皇皇后両陛下、現在の上皇上皇后両陛下がランクインしているワタクシです

    本作は主にその上皇上皇后両陛下の天皇皇后時代のことが書かれています(他にも高円宮妃久子様や今上天皇についても)

    象徴天皇としてのご自身の役割について常に真摯に考え、国民の苦難に常に寄り添う姿に日本国民であることに誇りを感じさせる存在なんですよね

    まぁ象徴天皇制そのものについてはいろんなご意見があると思うし、あって良いと思うのですが、上皇上皇后両陛下の人間性の素晴らしさについては異論を認める気は全くありません

    著者の西川恵さんは元毎日新聞の記者で元東宮侍従長だった山下さんとも近しい人なので公平性という点で疑問の余地が全くないわけでもないが、全体的に気持ちのいい内容でした
    うんうん、そうだよね、そうだよねって感じ

    良き一冊でした

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    2023年12月11日
  • 知られざる皇室外交

    Posted by ブクログ

    皇室外交とは?今まで考えたことがなかった。天皇陛下が海外に行くという事がどれだけ価値があることなのかを知ることができた。政治利用というより、海外との親善に対する効果という考え方が正しいと思う。

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    2022年11月20日
  • 知られざる皇室外交

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    序盤はお料理とワインが美味しそうだなーくらいにしか感じていなかったが、読み進めるに連れて上皇の平和への強いお気持ちと行動をしり感謝しかない。

    オランダやフィリピンとの国交融和へのご尽力、仏ヴァレリーさんとのエピソードから知る美智子様のお人柄、サイパン、パラオ、フィリピンで続けられている慰霊の旅の裏にある上皇の想い…我々が知らないことも多く、この本を読めて良かった。

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    2022年02月25日
  • 教養として学んでおきたい日本の皇室

    Posted by ブクログ

    日本の皇室のいとなみ、各国首脳や王家との交際、男系女系?、玉串料?など、ニュースでは聞いたことあるけれど。これなんだっけ、なにが問題なんだっけ?
    と思ったことのある方に。
    知ってて得することはなさそうだが、この一冊で知的好奇心を少し満たせたり、恥をかく機会は減らせそう。
    あと、あまり紙面は割かれてないが武家社会時代って教科書では朝廷に触れられてないので、当時の衰退模様も一興。

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    2021年10月29日