高槻成紀のレビュー一覧
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タヌキと言うと人をたぶらかす、カチカチ山でウサギに一泡ふかされるといったイメージがある。しかしそれは人間が作り出したイメージで、もしタヌキが人なら、「そういうのを印象操作と言うんですよ」、「レッテル張りはやめてください」とどこかの誰かのように言いたくなるだろうなあ。
タヌキはポンポコポンと腹包みをたたいたり、ドロンと化けたりはしない。タヌキのおっとりしたイメージについて、ふっくらした体形からそのように思われていると著者は述べている。秋になるとおいしい果実類をたくさん食べるのでタヌキ山関に変身する。
タヌキが食べているものをフンから調査すると、植物の種子、葉、昆虫が多いという結果が出ている。そして、輪ゴム、ゴム手袋の一部と言った人工物も冬を中心に目につくとある。タヌキにとっては身の回りに存在しないものだけに、区別がつかないのも無理はない。きっと人間に化かされた気分だろう。
タヌキに関するQ&Aでは様々な質問が出ている。タヌキはタヌキ寝入りをするのかという質問に対して、タヌキは捕まると動かなくなることがよくあるそうだ。
タヌキ学ってあるんですか?どの学部に行けば学べますか?という質問に対して、タヌキ学という独立したものはなく、あるとすれば野生動物学という名の研究室を勧めている。インターネット等で良く調べた方がいいと述べている。
モクモク羊としては、大学よりも実社会に行けば「タヌキ学」を勉強することが出来ると思う。特に霞が関や永田町の何とか党本部や秘書はお勧めか。のらりくらりと答弁をはぐらかせて何とか庁の長官になったり、「このハ○~」で一世を風靡したり、一癖も二癖もある「タヌキ」が多く生息している世界なので「タヌキウォッチング」に最適なところだ。 -
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いわゆる「里山」と言われる場所が職場でもあり、シカは日常的に見る動物。
シカの害は耳に入ってくるものの、断片的だった。
シカが森林の遷移にどのように影響するかをしっかりまとめてくれて分かりやすい。
森林の高齢化
希少植物の減少
土壌の流出
シカが大きく影響していることがわかる。
それに付随して、
例えば、シカの反芻の仕組みだったり、シカに強い植物、シカから物理的、化学的に防御している植物などの紹介、シカの1年の過ごし方、出産など、シカ周辺についても詳しくなれる。
シカが増えている原因は何なのか?
温暖化?オオカミの絶滅?狩猟圧の低下?さまざまな説をあげつつ、そのどれにも原因をもとめていない。
最終的に「農村の活力低下」をあげて、我々のライフスタイルの見直しを迫る。
後半は少しお説教めいていて、すっと入って来にくかったが、私にとって身近な「シカ」について詳しく知る事ができた本だった。 -
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人間による環境改変によって絶滅する生物の数は増える一方、という中で環境と動物の生態の関わり合いを論じる。「ジュニア新書」とはいえ食物連鎖の延長のような話にはとどまらない。
絶滅しかかった野鳥を守るには、卵を襲うネズミの駆除は不可避。オオカミもおらずハンター人口も減っている日本で「シカの命を奪うのはかわいそう」という運動が続くと森林が全滅してしまう(この愛護運動は「バンビ症候群」といって世界中で見られるらしい)。一方で野生のゾウによる被害の甚大なスリランカの農村で、個体数調整を考えた著者に現地の人々は「ゾウを殺すなんてとんでもない」と答える。ゾウは神聖な動物なのだ。
野生動物の保護はそれぞれの地域の人間の価値観と無縁ではいられない。
動物が好きで好きでしかたなくて学者になってしまうほどの人だからこそ、専門家としていろいろなことと折り合いをつけていかないといけないのだな、ということがわかる。 -
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古本で購入。
生物の保全には生態の保全が必要、つまりその生物を取り巻く環境の保全こそが重要。
そこで力を発揮するのが、「保全生態学」。
本書はこの保全生態学の基本について丁寧に書かれてます。
今どんな問題が起きているか、絶滅とは、保全生態学とは、その実践とは、生物に対する価値観とは…
そういったテーマごとに多くの具体例で話をしてくれるので、とてもわかりやすい。
設定されてる読者層が中学生くらい(たぶん)のジュニア新書らしいつくり。
語りかける文体なので、非常にとっつきやすいです。
ただこの「ジュニア新書」、侮るなかれ。
読んだことのある人はわかると思うけど、「どこが『ジュニア』だ」と感じさせるしっかりした内容の本が多い。
本書もそのひとつ。
ウニや貝を食べて漁業被害をもたらすラッコを駆除したら漁獲高が減った。
サケの遡上による海・川・山のつながり。
オオカミをめぐる自然観・動物観の変化。
こういう内容はそれなりに知識を得てきた大人でも知らない、おもしろくて興味深いことだと思う。
大人にこそオススメ。
本書には、筆者の野生動物への愛と尊敬が満ちている。
「どうにかこの想いを知ってもらいたい」という熱のあるいい本。
筆者は動物を好きになってもらいたいと言う。
それは「かわいいから好き」だというのではなく、理解してほしいということ。
人間にとってどんな生物であるかは関係ない、その存在自体に価値があるし尊ぶべきだ、というわけですな。 -
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「野生動物を守ろう」とか「生物多様性を守ろう」とかよく聞く中で、ちゃんと整理されたモノを知りたくなり、手に取った書籍である。
書き味は子供向けに書いている部分があるが、保全生態学の概要について整理して記載されており、納得しながら読むことが出来た。
全体のメッセージとしては、野生動物との共存を考えたときに、ただ単に「守ろう」だけでは意味がなく、その生態や生育環境とのバランスを見る必要があること、その研究が一番大事だという風に感じた。(君も研究者にならないか的な匂いを感じた。)
その他著者自身の研究体験を交えながら説明しており、楽しく読むことが出来た。 -
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「生態学」という、「生物と環境の関係を解明する学問」(p.18)で、生物をミクロに捉えるのではなく「生物どうし、あるいは生物と環境の関係を総合的にとらえる」(同)学問が専門の著者が、「故郷」の歌詞を読み解きながら、その歌詞に表現されている「里山」とはいかなる場所か、なぜ里山は破壊されたか、という話題を中心に語ったもの。まさに「学際的研究」という言葉が相応しいような、特に後半は社会的、歴史的な構造の変化についての考察がなされている。
「故郷」の歌は、訳があって数年前に合唱をすることがあり、ピアノの伴奏の練習をやったり、いずれこれを英訳して歌う授業ができないかとか、そんなことを考えていて、たまたま古本屋で見つけて、読んでみた。「うさぎ追いし」「小鮒釣りし」「山は青き」「水は清き」とは、それぞれどういう状態か、現在はどうなったのか、なぜ変化したのか、ということを考えると、単純に「環境破壊が進みました〜」ということ以上の、むしろそれによって理解が浅いままになっている部分について知ることができて、思った以上に興味を持って読めた。
以下、特に印象的だったところのメモ。まず重要なのは「里山」とは何か、ということ。言葉は知っていても、それが何なのかを全く知らなかった。むしろ普遍的に昔の日本にあったものなのに、これを何か知らなかったというのは、なんか不思議な感じだった。里山は「全体として人の影響を受けながら植生遷移を阻止する集約的な植生管理がされている環境」(p.50)で、つまり人によって管理維持されている、という部分がポイント。その管理が外されると、「すさまじいとも形容される植物の繁茂と、野生動物の跋扈」(p.175)ということがすぐに起こるのは日本の気候のせい、ということも理解できた。「市街地ー里山ー奥山」という「模式図」がp.45に書いてあって、今ちょっと都心を離れたところでは、断片的に、模式図の中の「社寺林」とか「屋敷林」とか「雑木林」を見ていたのか、ということが分かった。その里山にはいくつか特徴があるが、その中でも「モザイク構造」というのが面白かった。異なる群落が接していて、「それ自体が新たな意味をもち、群落の足し算ではなく、かけ算のように多様性を高める」(p.54)という実態が面白い。明るい、暗い、という場所がモザイク状にある、というのは確かに放っておいてもこうはならないだろう、と分かる。そして、人口減少によるそういった里山の荒廃、宅地化、というストーリーは「平成狸合戦」というジブリの映画を思い出したが、そこで「なぜキツネではなくタヌキなのか」というのも面白い。「キツネはストレスに弱い」(p.69)というのが理由らしい。「戦前まではタヌキとキツネは対のように人里にいる哺乳類とみなされていた」(同)らしい。その荒廃した水田に「せめてもとコスモスを植えて『村おこし』などと言っているが、そんなことで村に本当の意味での活気がとり戻せるだろうか。農村は農作物を産み出す共同体であり、農地はまぎれもない生産の場である。コスモスを見せる一種の観光は生産ではなく、農業とは異質のものである。コスモスが華やいでいればいるほど、その景色は憂いを帯びて見える」(p.65)というコメントが、真実なのだろうけど、割と辛辣な感じがする。同じように「今私たちが目にするのは、人もおらず、魚もカエルもいない寂寞たる空間であり、それは直線的な水路と、平坦で無機質な『田んぼ』という名の米工場である」(p.103)も同じ。あとは日本ではない、オセアニアの話。ヨーロッパ的な、自然を征服するという自然観のもと、「徹底的な破壊と、浅知恵に基づく外国からの動植物の導入」(p.114)により、動物の絶滅の記録はトップらしい。今では「外来生物」が問題であることは常識だが、日本でも、箱根の芦ノ湖にオオクチバスが放流されたのは、「当時は外来生物が問題を起こすという考えはなかったから、有用な魚であれば広まったほうがよいという程度の考えで放流が試みられた」(p.112)ということらしい。確かに今の常識も当時とは違う、ということは念頭に置かないといけない。林業のところで、「林業と『家』」(pp.130-1)のところは印象的だった。確かに木が育つのは人間の何世代分かになる、ということと、家を継ぐ、ということが一致する、という話。「たとえば『我が家は経済的には豊かではないが、周りから信頼されてきたのだから、お前もうちの恥になるようなことはするな』と育てられた。いたずらっ子は悪いことをして叱られても悪態をついて逃げることはあったが、『どこの子だ!』と言われるとシュンとなった。自分が叱られるのはしかたがなくても、家が悪く言われることは耐えられない」(p.131)という、この感覚は確かにいかにも昭和的で、その「家」の感覚と「林業」が一致する、ということ。逆に言えば、今の時代にそんな「家」の感覚はないから、いかに林業は特殊な産業なのか、という感じがする。というよりそういう林業はもうなくなってしまって、戦争の時代には禿山だらけになり、植林が急がれたが、その真実にあたるこの記述も辛辣。「山は今も青い。『故郷』が作られた時代の山も青かった。だが、それは広葉樹を主体とした森林であった。(略)戦後に非常な努力によって植林をして山は緑をとり戻した。だが、その山は針葉樹の人工林で、日本中の森林の四割ほどがこの人工林に変わった。(略)遠目に見る青い様子も違いがないように見えるが、その林に入ると真っ暗で、細い木は立ち枯れたり、倒れたりしたまま放置されている。『山は青き故郷』の『青』の実体は大きく違ってしまった」(p.144)というのは、ちょっとショッキングだった。
後の3分の2くらいは、東日本大震災によってさらに明らかとなる里山の崩壊や人間の身勝手さ、みたいな話の部分は胸を打つものの、「あの時代はよかったと懐古的にいうつもりはない」(p.187)と言いつつ、やっぱり全体的にはノスタルジックな記述が続いていて、ちょっと辟易してしまった。「人はもともと土着的に生きているものであり、そうであるから土地ごとに違う景色と違う価値観があるべきものなのに、自分の価値観と違うものを否定し、ひとつの価値観を押しつけることを『グローバリズム』と呼んで推し進めてきたこと、そのことのまちがいが現代社会の閉塞感とつながっているのではないか」(p.188)という考察が『「里」という思想』という本の著者が言っているらしい。なんか簡単な現代文の問題とかになりそうな文だな、とか思って、理系以外の分野にも踏み込んで考察しようとしていることが分かる。
ということで、「このまま適切な対策がとらなければ、奥山動物と里山にあった『堤防が決壊』する危険がある。それは『ウサギ追いし』に歌われたなつかしい風物が失われたというのどかな話ではなく、伝統的農村社会の崩壊という様相を呈しつつある」(p.77)とあるが、クマに悩まされる2025年、著者はこの状況をどう考察するだろうか、と思った。(26/11/13) -
Posted by ブクログ
非常に評価しづらい。人々が動物たちとどう接し、彼らそれぞれにどういう印象を持つように至ったのか。そして社会情勢の変遷によりどのような変化が生まれたのか。そして今後人々はどのように動物たちと接していくべきなのかをまとめた一冊。文章は(やや価値観が古いな、と思う部分は散見されるものの)読みやすく、紹介される事例も面白い。なのだが結論がどっちつかずの玉虫色で、「結局何が言いたいの?」が正直わかりづらい。もちろん、動物倫理なんて簡単に答えを出せる問題ではなく、「これはこう」なんて断言してしまったら必ずどこかの方面でカドが立つのはわかるのだが、やはり一冊の本としてはなんらかはっきりとした結論を提示してほしいかな、と思った。
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野生動物(自然環境)をどのようして守るか、という側面について重点的に書かれた本でした。
昨今話題になった「ペット」についての部分は冒頭の一生だけでしたし、そこで語られる内容は(その次の章の「家畜」の在り方についての章も含めて)他の本でも語られている情報も少なくなく、特別に新しい視点が提供される、という事はありません。
とはいえ、岩波ジュニア新書という媒体で、中高生にとって読みやすい語り口で説明がされているので、動物倫理について考えてみたいという生徒にとっては良いきっかけになると思います。
巻末の読書案内も(若干、本書の読者として想定されているであろう中高生にとっては難解な本もあるようには思いましたが)基本的な書籍をカバーしているように思います。
身近なペットや家畜から始まって、自然環境・野生動物・災害から地球全体まで視野を広げてゆく著者の語りは、野生動物を50年にわたり観察してきた筆者だからこそのものだと思います。 -
Posted by ブクログ
ヒトが独擅場と自負する知能は狩猟する獣に共通する。遊牧は文明の原点で、定住化=農業開始は能力退化。人類は“自己家畜化”することで“繁栄”してきたが、ハンターではなくドンキーになることでもあった。農業はリスク低減に見えたが気候条件などで大きく成果に上下がでるし、水路確保などで広域代表権力の誕生も促した。採集捕食者とのバトル開始でもあった/著者の専門はシカ。遺体の腐敗はヒトに共通する、鎌倉、~桃山時代、江戸時代初期までよほどの貴人でなければ葬儀はせず“河原に置き捨て”だったらしい。葬儀と埋葬をするのはヒトだけ。「ヒトの肉の味」をケダモノに知らせないためか?
クジラが海岸に打ち上げられても、食肉にせず大金をつかって焼却処分したように。 -
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誠文堂新光社のこのシリーズは文章の量と図版の量のバランスがとても良く、読みやすい。
タヌキはキツネと並んで、日本人にとって特別な動物であり、三鷹辺りの住宅街でも生息しているらしいから、野生哺乳類の中では一番身近な動物かもしれない。(鼠はもっと都心でも生息しているけど、あれは野生とは言わないよね。)
この本で一番感銘を受けたのは、震災の後タヌキが戻ってきて植生が豊かになったというところ。そして愚かな人間がせっかくタヌキたちが作り出したものを引っこ抜いて防潮堤を作ってしまうところ。
こういう人間の愚かさにはいつもガッカリさせられる。自然界で生きるものたちはこんなことは決してしない。
タヌキが暮らせるような自然があるところが、人間も心地よく暮らせる気がする。
いい本だけど、ちょっと欲張りすぎて調査不足になってしまったところも。
狼のお腹に石を詰めて井戸に投げるのは、「赤ずきん」ではなく、「オオカミと七匹の子やぎ」だし、タヌキとアナグマの味については千松信也の本に詳しいが、肛門腺の処理を誤るとどんな肉も臭くて食えないということは、狩猟系の本には必ず書いてあることで、タヌキの肉が不味い理由にはならない。
まあ、著者は生態を研究する学者だから仕方ないけど、専門でないことを書くなら、ちゃんと調べてからにして欲しい。