斎藤英治のレビュー一覧
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「侍女の物語」について
この物語は、ギレアデ政権の間、バンゴア市と呼ばれていた場所から発掘された、およそ30本のカセットテープに吹き込まれていたものを文章に起こしたものという設定。
語り手の女性は、出産を目的に集められた女性の第1陣のうちの1人。ギレアデ政権は、その後、様々な粛清と内乱を経て崩壊したようですが、まだまだその初期段階にあり、日々の監視が厳しく、違反者は容赦なく処刑されていた時代です。
各個人からその個性を奪い取るには、名前と言葉を取り去るのが効果的なのですね。
単なる出産する道具である侍女たちの名前は「オブ+主人の名」。
この物語を語っているのは「オブフレッド」と呼ばれる女性です。
侍女たちはくる -
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2025年6月のNHK Eテレの「100分de名著」が「侍女の物語」とその続編とされている「誓願」だと聞いて急遽2冊入手。
「侍女の物語」は1990年に「ブリキの太鼓」のフォルカー・シュレンドルフが映画化。
2017年のHuluでのドラマ化では、より原作に忠実で現実の世界がこうしたディストピア小説と見紛う状況もあり話題となった。
物語はキリスト教原理主義者たちのクーデターによって全体主義国家と化した監視社会の中であらゆる自由を奪われ、まさに「産む機械」として名前さえも男性に所有される女性たち「侍女」のひとりが主人公。
彼女の視点によって語られるディストピア世界の現在とそれクーデター以前の過去が -
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架空のディストピア物語。
思想・行動の自由のない社会で特に女性の性と生殖の権利(SRHR)が国家に完全に管理されている。
過去に現実にあっただろう粛清や迫害/人心管理の手法がアレンジされ散りばめられて出てくる。それなのに“これは今の私達の物語だ”と読み始めてすぐ感じた。
今の私達にはもちろん強制も粛清もないが、避妊/中絶の手段も先進国水準では無い事、結婚に際して95%の女性が改姓して“オブフレッド”になっている事、少子化対策という事で子供を産むことを国策として奨励されている事。など類似点がいくつもある。
作中強く印象に残ったのが主人公の預金が凍結され夫の物になる場面だ。信頼し合い仲の良い夫婦で -
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100分de名著で取り上げられたので、再読。
アトウッドの最高傑作の一つ。
私にとっては、「語り手」という、小説の重要な構成要素に注視して読むようになる、きっかけをくれた作品でもある。
けれど、彼女の作品の中では、決して読みやすい方ではない。物語の起伏も(当然、あるけれど)他の作品に比べて、感じにくい。
理由は、作品が語り手である主人公の女性・オブフレッドの視点から語られること。
彼女は「侍女」という、この小説で描かれる「ギレアデ」という架空国家内で最も不自由な身の上にある。「侍女」は、生殖のためだけに生かされている存在。自由に外出することも、他者と言葉を交わすことも許されず、一日の大半を自室 -
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初読は1985年だった。
そのときの衝撃を忘れたことはなく、何度読み返したかわからないほど。
わたしにとっては、最高の作家のひとり。
常に著作を追いかけていて、機会をとらえて人にも何度もおススメしているが、
「世界最高峰のディストピア小説」
というキャッチフレーズにしり込みする人も多く、けっこう寂しい思いをしてきた。
実際、この本は、
重たい
怖い(ホラーではない。未来の絶望への恐怖感)
救いがない(こともない、けど)
ので、再読でも、メンタルがOKなときがいいです。
<あらすじ>
近未来のアメリカが舞台。中世ヨーロッパのような生活に逆戻りした世界では、女性の性と繁殖能力が完全に国家 -
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名作だということは知っていたが、なかなか手をつけられずにいたところにグラフィックノベル版が出たということで読んでみた。
現代でこそ新しく感じられる、感じられてしまう、衝撃に満ちた物語。
コロナが蔓延し、ウクライナとロシアは戦争状態、安倍元首相が銃撃に倒れ、テレビであからさまな情報規制がされる。正しい自由が得られる国なんて、もはやどこにもないのではないかと思えるような2022年の世界で、この作品が持つ意味が重要なものになってきていると思う。
『侍女の物語』という、けして派手ではないタイトルも、これが彼女の物語であるということ、この物語を誰かに託そうとした人間の生き様であることを表しているように -
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ネタバレキリスト教原理主義者によって設立された独裁国家「ギレアデ共和国」を舞台に、子供を産むことだけを強いられる女性「侍女」の過酷な運命を描いたディストピア小説。
希望(現実)と絶望(過去)の狭間で苦悶する心理描写が凄まじかった。特に、p.100のなんでもないホテルの一室を懐かしむシーンや、p.141「わたしは西洋梨の形をした中心物のまわりに凝結した雲にすぎない」という一文は、読んでいてとても辛かった。
自由が奪われても、愛があれば生きていける。でも、自由も愛も奪われてしまったら、なんのために人間は生きるのか。
100年以上後に学会で議論しているラストだが、この物語が後世に残ったということは、オブフレ -
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1985年に刊行されたこの物語の続編が、2019年、34年後に書かれた。
続編の「誓願」を読んでから、やっと感想を書く気になれた。この、絶望的な物語に対して、この一冊だけで何かを言うことができなかった。恐怖であることはもちろんだが、2025年の今、単なるディストピア小説の域を超えた現実味を帯びている。
「人種差別者の不安がギレアデの政権奪取の成功を許す感情的な支えのひとつになった」
あまりにも悲しく、みじめな「女」の独白。
クーデターによりうまれた独裁国家ギレアデの愚民政策により、女は名前を奪われて、書くこと、読むこと、学ぶこと、産む産まないの自由を奪われた。全てが変わってしまった世界 -
Posted by ブクログ
ネタバレディストピアだが、近いうちに現実に起こり得ないとも思えない。
前半は世界観の説明が多く、かなり単調で読むのに時間がかかったが、後半に物語が動き出した!と感じてからはサクサク読めた。
日本では少子化が問題と考えられているが、(あえて「考えられている」という。)少子化対策が極まればこういうことになるのではないかと思ってしまう。
女性の自由を奪うために、仕事と金をまず奪うというのは恐ろしい。
やろうと思えば簡単にできてしまいそうで。
そして、仕事と金を奪われた彼女に対し、ルークが支配的な、安堵のようなものを感じているように思われて恐ろしい。
簡単に、守られるべきもの、裏を返せば支配を受け入れざる