田村隆一のレビュー一覧
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購入済み
まあまあかな
犯人は明らかですが
登場人物が皆怪しげで、
なにか裏があるのかと
惑わされてしまいます。
最後に、それらの怪しさは一通り解明されて
なるほどとは思うものの
話を複雑にするためだけに作られたエピソードという感じが否めなかった。
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ノン・シリーズ。
雪深いシタフォード村の山荘で行われた降霊会。そこで“降りてきた霊魂”が、山荘の持ち主ではるかふもとの村に住んでいるトリヴェリアン大佐の死を告げます。
そして、その同時刻に予言されたとおり、大佐が本当に殺害されていて・・。
ナラコット警部が捜査にあたり、殺された日に大佐の家を訪問していた大佐の甥・ジェイムズ(ジム)が容疑者として逮捕されてしまいます。
そこで立ち上がったのが、ジムの婚約者・エミリー。
クリスティーのノンシリーズによく登場する、魅力にあふれたアクティブ女子で、新聞記者のチャールズと共に(というか彼を丸め込んで)、真相解明に乗り出します。
シタフォードの村人達から情報を引き出す為、愛想を振りまくエミリーですが、利用価値がないワイアット大尉に対しては塩対応なのが笑えます。
山荘の借主のウィリット母娘も明らかに訳アリですし、他にも色々怪しい人達の人間模様も、謎解きと併せて楽しめます。
で、真相ですが、ラストで一気にというか、あっけなく明かされる感じです。ちょっと殺人の動機が弱いかな、とも思いましたが、積もり積もったものがあったのかもしれないですね。
そして、本書の最大の謎(?)が、美人で頭が良くて魅力的なエミリーが何で、だめんずのジムを選んだのか?だと思いますが、エミリー曰く“あたしが世話を焼かなければ・・”との事でして、まぁそんなものなのですかねー。 -
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ネタバレ霊が伝えた殺人事件!
降霊会でトリヴェリン大佐の殺害が予告される。そして大佐は本当にその時間に殺されていた。友人のバーナビー少佐、トリヴェリン大佐からシタフォード荘を借りたウィリット夫人とその娘ヴァイオレット、大佐の下男エヴァンズ、シタフォード荘の隣人たち、大佐の妹や甥姪。誰が大佐を殺したのか? 逮捕された大佐の甥ジェイムズの無実を信じて、婚約者エミリーは調査を始める。
エミリーの勢いに乗ってぐいぐいと読んでいけた。気の弱いところのあるジェイムズにはできないとの判断、特ダネを狙う新聞記者チャールズ・エンダビーをおだてて転がして協力者にさせる。シタフォード村の住民やジェイムズが泊まっていたスリー・クラウン館の人、また大佐の親戚やその使用人たちに対しては、健気に殊勝に同情を買って情報を引き出す。タペンスや『茶色の服の男』のアン、『七つの時計』のバンドルに通じる「おきゃんな娘」エミリーの冒険がこの作品の魅力。
エミリーの視点、バーナビー少佐の視点、そして捜査するナラコット警部の視点など、様々な視点から語られる事件の経過。犯人の視点ももちろん入っているのだが、謎が解けてから読み返すとそういうことだったのか唸ってしまう。
トミーとタペンスシリーズのタペンスを思い出したが、同時に、これはトミーを選ばないタペンスではないかと感じた。エミリーはチャールズの手を取らない。エミリーは、1人でやっていけるチャールズではなく、終始一貫してジェイムズのために動く。チャールズは利用しただけ。その迷いのない姿勢も気持ちがいい。 -
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ネタバレ世界には冒険と謎だらけ。
特に名探偵は出てこない短編集。謎が提示され、もしくは事件に巻き込まれ、登場人物はどうにかするしかない。クリスティーお得意の国際的陰謀もあれば、強盗も出てくるし、ハッピーエンドもバッドエンドもある。
「リスタデール卿の謎」格安物件に隠された事件とは。オチがまったくファンシーでロマンティック。いい人が報われる話はいい。
「ナイチンゲール荘」長い付き合いの恋人ではなく、激しく恋に落ちた夫を選んだ。けれど夫が死んで、恋人の胸に飛び込む夢を見る——。疑心暗鬼が事件を生む。
「事故」あの女性は過去に殺人を犯したけど無罪になった人だ。引退した元警部は、新たな被害者を出さないために夫妻のところに乗り込んだが——。オチが読めるけど伏線が鮮やかで満足の一編。
「白鳥の歌」ポーラ・ナツォルコッフの代表作はトスカ。ラストンベリーで個人的に開催されるオペラに招かれた彼女は、急遽代役に入ったブレオンを喜んで受け入れる。トスカという題材がぴったりハマってキュッとしまった作品。 -
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ネタバレ老嬢は欺けない。
寄宿学校で共に過ごしたルースに頼まれて、ミス・マープルはルースの妹であり同じく旧友のキャリィを訪ねる。彼女は未成年犯罪者の更生教育にその身を捧げる夫と共に少年院を営む彼女の屋敷を訪ねた。そこにはセロコールド夫妻の他に、キャリィの娘ミルドレッド、キャリィの養女の娘ジーナ、その夫ウォルター、キャリィの二番目の夫の息子アレックスとスティーヴン、キャリィの付き添い人ミス・ベルエヴァー、使用人エドガー、精神医学者のマヴェリック博士、そして施設に入っている少年たちがいた。突然訪ねてきたキャリィの最初の夫の息子クリスチャンの用件はなんだったのか。エドガーは頭がおかしいのか。ミス・セロコールドは命を狙われているのか。ミス・マープルの推理は——。
嫌な予感がするというルースを否定しないミス・マープル。悪意を認識しないキャリィは何を見ているのか。心配したキャリィは殺されず、死ぬのはクリスチャンであり、トリックに気づいたアレックスであり、誰かを見たと吹聴した少年である。頭がおかしいような描写をされたエドガーは、実は演技であった。不満を抱いていたウウォルターと、アレックスやスティーヴンといい感じに見えたジーナは、依を戻してアメリカに帰る。美しい養女ピパとの扱いに差をつけられていたと感じている実の娘ミルドレッドの隠されていた愛情。すべてキャリィには最初から見えていた。決して惑わされないキャリィ。その本質が学校の頃から変わっていないことを思い返すミス・マープルに、思わず彼女たちの女学生時代のエピソードがあれば、それもまた面白かったであろうと夢想する。
罪を犯した少年を教育するという発想から、善と悪について。悪は生来のものなのか、悪は遺伝するのか。少年たちの更生を望んでいたルイスは、その少年たちが生きる新天地を得るために不正な手段でお金を稼ごうとした。そして殺人まで犯した。しかし彼は共犯者に選んだエドガー(おそらく息子)を救うために命を捨てたのだ。キャリィのことばにあるように「とびぬけた善人になれることのできる人間は、やっぱり極悪人にもなれる」のである。これは面白いことばだ。他の作品で、犯人はとても人間的ということばもあった。善人だけである人もいなければ、極悪人だけである人もいない。では、罪を犯すのは何のせいなのか。環境のせいなのか。
ルイスの夢であり、キャリィの語るところによると、罪を繰り返してしまう一部の成長しない性質をもつ者にとって、現代社会は複雑すぎるのである。だから、流刑者がより単純な新世界で新しいスタートをきるのはある意味で道理なのだと。思わずケーキの切れない少年たちの話を思い浮かべた。ルイスとキャリィが想定している少年たちとは、彼らなのだろうか。この物語が出版された1952年から70年あまり経ち、罪を犯す少年への見方は前に進んでいるのか、足踏みなのか、違う方向へ舵を切ったのか。考えさせるテーマである。 -
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ネタバレアガサは予想が全然当たらない印象があったけれど、初めて犯人どころか動機や証拠に対する行動など全部当たった!嬉しい……!!
ちょっと紹介文、「ねじれた家に住む性格のねじれた人達」って誇張しすぎてて、そこに惹かれて読み始めたから共感できる至極真っ当な人が多くて残念。あと、ねじれた家やお祖父さんの顔など、あんまり想像できなくて登場人物がマープルシリーズより生き生きしてない印象はある。残念……。
解説者の言う通り、他人の生活を覗き見るのは楽しくて堪らない……!でも、あの二人は私も犯人だと思っていなかったから捕まった時は「こんなにわかりやすいのに!?なぜ!?主人公自分でヒントまで言ってるのに!?」ってなって、その辺は中だるみしちゃってた気がする。
訳は確かに直訳的すぎるところはある。でも、逆にこういうの好き。「ばあやの状態は?」「死んだわ」だなんて、全然深刻じゃない雰囲気が笑けて面白いから好き。さすがに良い訳だとまでは思わないけれど……。 -
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ミス・マープルもの。
旧友・ルースから、彼女の妹・キャリイの家の様子を見てきてほしいと頼まれた、ミス・マープル。訪れたその邸は、敷地内に民間の少年院のような施設があり、本宅の方もキャリイの親族やら居候やら、複雑な関係の老若男女が共に暮らしている状況です。
そんな中、妄想癖のある青年が、キャリイの夫・ルイスに襲いかかるというハプニングと同時に別の人物が実際に殺されてしまうという事件が勃発します。さらに、キャリイの命も狙われているかも?と、いう疑惑まで出てきて・・。
まるで魔術のトリックのような事件の真相に、ミス・マープルの人間観察力を絡めた推理が冴えわたります。
ミステリとしての構成もさることながら、人間ドラマとしても興味深い展開となっているのが、流石クリスティーですね。 -
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前半1/3くらいまでは和訳にやや違和感があった。
英語を文頭から文末までそのまま訳した感じ。
やっぱり原文のままで読めた方が楽しいんだろあなぁなんて考えながら、とりあえず読み進めたら後半からすごく面白かった。
映画はまだ観てない。
一番オススメしたいポイントは、なんと言っても一緒に推理していける事。
伏線もしっかりはられている。よく、(本当によく)考えたら分かるように。推理小説が好きな人の、欲しがってる部分を埋めてくれる感じ。
読み進めていく中で感じる違和感は、やはり必ず重要な部分なのだと再認識。
1940年代に書かれたなんて信じられない。あまりにも色褪せない。
1940年に生きようと2020年に生きようと有能な人は有能なんだと改めて思った。
探偵ポジションとして君臨していた主人公はポンコツだった。言われた言葉で毎回綺麗に惑わされていた
以降、記録ネタバレ
犯人→ジョセフィン 探偵ごっこしていた少女
動機→あまりにも子供らしい理由
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20台半ばごろ、つまり30年以上前に読んでいる。
その三十余年前は、一人旅の山陰本線の車内で、タムラさんのように堺港から隠岐に渡ろうか、出雲に行こうか考えていたりもした。
僕の記憶では、タムラさんが鎌倉の自宅か散歩中にふと思い立って、西脇順三郎の詩集だけを手にして、旅に出る場面があったはずなのだが。
タムラさんは何処に行っても、酒が欠かせないし、その文章は軽々して柔らかい。この文章を丸谷才一が名文とした「文章読本」も読んだことある。確かにクダケテいるのに何とも品がある。
最近、タムラさんのエッセイを本屋で見ることが少なくなった。復刻して欲しいとおもう。 -
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ナス屋敷で屋外パーティが開かれ、余興に殺人犯探しゲームが行われる。筋立ては小説家のオリヴァ。ポアロは賞金渡し役にと呼び寄せられる。ところが犯人役の少女が本当に殺されてしまう。そしてナス屋敷の主人の妻、ボート小屋の老人までも殺される。
書かれたのは1956年で、お屋敷が売られてユースホステルになっている、とか、ユースホステルの客が皆外国人で北欧とかイタリアとかでしかもショートパンツ姿、などという当時の状況が興味深い。そして古くからあるナス屋敷の女主人は息子二人が戦死して相続税で家を失ったが、新しく買った人の好意で庭さきの番小屋に住んでいる、という設定。戦後の社会の変化を取り込んだ作品。
これはドラマの記憶がわりと残っていて、読んでいてもそのパーティの情景とか、ヒッチハイクの少女とかボート小屋とか、占い小屋、なによりオリヴァの衣装が頭の隅にあった。が、犯人はまったく覚えていなかった。実は○○は△だった、ということがあったようだったかな、とおぼろげな印象はあったのだが。 -
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「荒地派」と呼ばれる現代詩の一大潮流を築き上げた詩人、田村隆一が日本各地を酒(特にウイスキー)を片手に巡り歩く旅行記。
私が最も好きな作曲家の一人が武満徹であるのだが、彼の「My way of Life」という作品では、田村隆一の「私の生活作法」というエッセイがテクストとして利用されている。
その中で特に次の一節が記憶に残っている。
”「時が過ぎるのではない 人が過ぎるのだ」
とぼくは書いたことがあったっけ
その過ぎてゆく人を何人も見た
ぼくも
やがては過ぎて行くだろう”
このテクストからも明らかな通り、田村隆一の文章は平易な言葉で綴られている。本書では旅行記、という性質もあるのかもしれないが、気の置けない仲間たちと日本各地を歩く楽しさに満ち溢れている。今となっては一部の特別車両でしか楽しめない食堂車における痛飲の描写が多いのも、昭和の良き時代を想起させる。 -
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田舎屋敷の園遊会で、おなじみの女性作家オリヴァが企画した犯人探しゲームで実際に起きる殺人事件。冒頭の事件のエピソードから興味深く、いかにも怪しげな人物配置、捜査の課程で判明していく様々な謎や人物間の心理的な関係など、とても引き込まれる内容の作品。
ポアロが事件を防止することができず、真相もなかなか見通せずに、ジグソーパズルに興じながら、焦燥に駆られる場面が印象的だ。
複雑でひねりのある真相。オリヴァの企画した犯人探しゲームの中に真相が暗示されているのが何とも面白い。数々の「なぜ?」に答える真相だが、素直には納得しがたい。真相説明で過去のある出来事が明らかになるのだが、そんなことが実際に起こりうるのかと疑問に感じてしまう。また、ハティの失踪に関する真相だが、読者のための演出にすぎず、こんな面倒くさいことをわざわざする必要があるとは到底思えない。
物語としては4点、真相は2点というところか。