ローラン・ビネのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
フィレンツェで起きた画家殺人事件。
ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂の壁画。裸体を描くのが卑猥だとして、後から別の画家によって布の部分が描き足された。そんな時代の話。
書簡体歴史ミステリということで、本書はすべて個人的な手紙のやり取りからなる。読者は登場人物たちが交わすすべての手紙を見ることができ、神の視点から少しずつ情報を得ていく。
文書のやり取りで話が進んでいくからこそ、同じものを見て違う感想を抱くのとは逆に、同じ感想を抱いているのに、実は違うものを見ていたという行き違いが生まれるのが面白かった。
宗教観や画家としての信条によって、同じ言葉や出来事に異なる意味を見出してしまう。その思い込みが、すれ違いを生むのも興味深い。
「遠近法以上に確実なものはなく、本質的なもの、永遠なものはない」
写真の技術などもなかった時代。遠近法を発明することで、神と対等であるかのように現実を創造できる。「地上の無限」。
芸術家の苦悩や狂気、権力者たちの思惑。
過去に書かれたはずの手紙の中に生々しく残る痕跡を辿っていく、刺激的な読書体験だった。 -
Posted by ブクログ
★5 16世紀中葉のフィレンツェ、なぜ画家は殺害されてしまったのか? 全て手紙のやり取りだけで物語が進行する書簡体小説
■あらすじ
16世紀中葉のフィレンツェ、サン・ロレンツォ聖堂のフレスコ画の前で、画家が殺害される事件が発生。さらに彼のアトリエには、フィレンツェ公コジモの長女であるマリアを模した猥褻な絵が残されていた。
コジモは信頼している側近のヴァザーリに事件の解明を依頼、彼は関係者に書簡をおくり助言を求めるのであった…
■きっと読みたくなるレビュー
★5 全て手紙のやり取りだけで物語が進行する書簡体小説。ルネサンス期のイタリアはフィレンツェを舞台にしており、現実にあった出来事を背景に描かれた歴史ミステリーでもあります。
最初の目次と人物表だけで強烈です、いきなり引かないように。安心してください、メインの登場人物はそれほど多くありませんし、関係性も比較的シンプルでわかりやすいです。正直自分も理解できるか自信がなかったんですが、ちゃんと読み切ることができましたよ、むしろ熱中しちゃいましたね~
人物については、とりあえず以下の人たちを理解しましょう。
依頼人:コジモ
└妻:エレオノーラ、娘:マリア
探偵役:ヴァザーリ、ボルギーニ
被害者:ポントルモ
政敵:メディシス、ピエロ
その次は被害者の近くにいる画家、彫刻家で、いわゆるメインの容疑者です。ま、厳密に理解しようとしなくても大丈夫です。
画家、彫刻家たち:ミケランジェロ、チェッリーニ、アーニョロ、サンドロ、ナルディーニ、マルコ
まず本書の何がスゴイって、やっぱり書簡体形式でストーリーが展開するところですよね。ひたすらAさんからBさんへの手紙として、その内容が綴られてゆくのです。
手紙は1対1のやり取りなので、当事者にしか言えない内容だったり、本音だったり、はたまた騙したりと、その人の感情や思惑の密度が濃いのよ。人間性の本質がにじみ出てる感じで、興味深いんだけど独特の気持ち悪さが伝わってくる。
しかしそんな手紙のやり取りを読み続けていくと、ちゃーんとミステリー小説として生き生きと躍動していくんすよ。本作メインの謎であるポントルモの殺害犯は誰なのか、その動機は? さらにポントルモは何故マリアを模した猥褻な画を書いたのか。
この時代でなくとも、現代でも同じようなことがあって、なんつーか歴史は繰り返すよなーと思わざるを得ない。もう極端なことするの、やめませんかと言いたい。
そして本作は歴史小説としても学びが多いです、イタリアの歴史などまったく存じ上げずでした。さらには本作のタイトル『遠近法』ですよね。これは絵画技法のことではなく、きっと中世の変わりゆくヨーロッパ史を暗喩したものなのでしょう。
■ぜっさん推しポイント
ひたすら手紙のやり取りを読んでいく小説なんですが、特に俗っぽくて面白かったやり取りがあります。フィレンツェ公コジモと妻エレオノーラ、そして政敵であるフランス王妃メディシスとコジモの娘マリアとの関係性ですね。
おまえら公爵なのに、内容がとにかく俗っぽいっところが愛せます。なんかもう現代で言うところの、他人のLINEのメッセージを覗きみてる感覚に近かったなー。 -
Posted by ブクログ
『歴史が判断を下してから時が経った出来事を、こうしてあとから振り返ってみると、当時のことにはすべて意味があり、鳥の飛翔さえ確かな予言になっていたと思えてくる。しかしながら、刻々と過ぎゆく現在の真実〟というのは、もちろんあとから想像するよりずっと熱く、騒々しく、生々しいものではあるけれど、多くの場合"過去の真実"よりも、時には"未来の真実"よりも不確かな様相を呈するものだ』―『第三部 アタワルパ年代記/1 コンドルの落下』
ローラン・ビネの小説を読むのは、これで三冊目。訳者あとがきにも紹介のある通り、この作家の最大の特徴は歴史的事実と虚構の巧みな綯い交ぜにある。一作目の「HHhH―プラハ、1942年」ではナチスによるユダヤ人大量虐殺の首謀者とされるラインハルト・ハイドリヒ暗殺事件を取り上げ、続く「言語の七番目の機能」ではロラン・バルトの事故死を題材に、各々史実を織り交ぜた物語を巧みに描いていた。
一作目は、歴史的事実に完全に則した、いわば歴史小説であって、実在の人物たちの視点に立った話が暗殺事件に至るまでの時間の流れに沿って記される。暗殺の瞬間までの攻防によって緊張感が徐々に高まる展開の小説だった。二作目は、実際には事故死であったロラン・バルトの死に秘せられた理由があると想像を膨らませた空想小説で、実在の哲学者たちを数々登場させながら、ひょっとしたら高名な学者たちの間にそういう会話があったのかも知れないと思わせるような逸話を(実際の出来事の裏側で)描きつつ、その死の謎に迫る推理小説のような展開の緊張感を強いる小説だった。
面白いと思うのは、一作目よりも二作目の方が歴史的事実とは異なる空想が拡がり、三作目となる本書ではその空想の部分が更に膨らみ、スペイン人によるインカ帝国征服を逆転させ、新大陸の民族によるヨーロッパ支配という大胆な歴史反転小説へと、変化の度合が進んでいること。尚且つ、そこに実際の歴史的な事実や登場人物たちを散りばめ、歴史上の出来事というコインの裏表の偶然を逆転させた逸話でもう一つの在り得た正史を語るという構成は、中々に興奮を強いる構図だ。
但し、本の構成そのものが年表にある記載あるいは年代記風の文章と残された手紙あるいは手記の抜粋の混合で、かつ比較的短い章の連なりという形式故に、これまでの作品ほどの緊張感は読んでいても生まれない。読み始めて直ぐに、これは本当にあのローラン・ビネの小説なのかと思ってしまう程の緩さがあるのだが、前作同様に丹念な下調べによる歴史的事実の取り込み(とは言え、それを言わば裏返して提示するのだが)はやはりこの作家ならではの特徴だろうと思う。世界史に疎い自分は、各章末にある訳者による註を随時読みながら本文を読み進めて、なるほどと何度も思わされた。
読みようによっては、この本は反語的西欧文明批判と解釈できないこともないけれど、恐らくそれが本書の主題ではないような気がする。むしろ、歴史の偶然性あるいは可能性に対する思考実験に娯楽性を足し合わせた作品として読んだ方が面白いと思う。そんなローラン・ビネの思考実験の結果は、残念ながら現代にまで続くサーガとしては描かれないのではあるけれど、祖国を追われたインカの皇帝の年代記である第三部の展開、そして後日談的な第四部へと続く展開は、読むものを先へ先へと誘うことは間違いと思う。そして最後に、セルバンテスが新大陸でどんな物語を描き、エル・グレコがどんな絵画を残したのだろうかという余韻を残して本は閉じられる。 -
Posted by ブクログ
終盤のある章の終わりでしばらく放心状態になって動けなくなり、物語の最後の1文で泣き出しそうになった。
すごかった……暫定今月の1位。この著者の別の本も絶対読む。最近読んだミア・カンキマキさんの「眠れない夜に思う〜」と同じように史実に著者の考えや生活が挟み込まれる形式だが、当たり前だがそういうエッセイみたいなのとは全くもって別物。事実だけでも読み応えがある上に、ちゃんと全体が「小説を書くこととは何か」という作品になっている。事実のちょっと手前に著者がいて、その著者と一緒に事実を目撃している感じ。書いているうちにその事実と一体化していく作者を見守る読者になる。いや、、すごかった。
なぜ私たちはナチスを題材にした本や映画にこうも惹かれるのだろう。 -
Posted by ブクログ
20年前、彼らはヒロシマとナガサキを知っていた。
読み始めてすぐに一旦停止。
内容が内容なだけに、歴史の勉強のやり直し。
そうしてから読んでも、読むのに時間がかかった。
時系列で話が進まないし、作者の感情も入りすぎているように思う。読みにくい。
本当にこういった作品は好きじゃない!!
だけど・・・。
その時の情勢が目に浮かぶ・・・。
昔の話なのに(1世紀も経っていない。途中で作者が言っていた)その場の臨場感がそのまま伝わる。
20年前のボクはプラハの街を歩いたのに、そういった歴史を一切知らなかった。
言いたいことは、天に星、地に石コロの数ほどあるけれど・・・
ボクは、この英雄達の名を決して忘れない!!
-
Posted by ブクログ
HHhH、言語の7番目の機能の著者ローラン・ビネによる歴史改編小説。インカ帝国がヨーロッパを逆に征服していたらという歴史ifもの。章ごとに記述方法がことなる年代記風の作品で、第1章をアイスランド人によるアメリカ大陸進出を読んだときは不慣れな歴史をベースにしていることもあり、つらいかと思ったけれど、コロンブスが登場する第2勝ぐらいから興に乗り始め、インカ帝国がヨーロッパに進出する第3章はめっぽう面白い。歴史的な知識がある方が楽しめるのは間違いなく、自分も完全に楽しめた自信はない。第4章はオマケみたいなものだけれど、セルバンテスとグレコ、モンテスキューの対話はモンテスキューの思想家としての面目躍如という感じ。セルバンテスがモンテスキュー夫人に恋するくだりはドン・キホーテそのもの。
他の作品も読みたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「HHhH」の著者の新刊と言うことしか知らないまま読んでみた。大帝国インカが寡兵の探検隊に滅ぼされた理由とされる「銃・病原体・鉄」をヨーロッパによる征服以前からインカ帝国が手にしていたらどうなっていたか、ある種の架空戦記モノ。
インカから漂着してヨーロッパを制圧したアタワルパの物語が中心でおまけみたいにその前後談かあるんやけど、やはりカール5世やフランソワ1世、ヤコブ・フッガーやロレンツォ・メディチといったヨーロッパ史のオールスターみたいな中で異物たるアタワルパが大暴れするところがええよね、と思いつつも、おまけでええからその後の近世、近現代史も読みたいと思ったり。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ中世ヨーロッパを舞台とした書簡ミステリ。
サン・ロレンツォ聖堂の壁画を製作中のヤコポ・ダ・ポントルモがかの壁画の前で殺された。
時のフィレンツェの公、コジモ・デ・メディチは側近のヴァザーリに犯人調査を命ずる。
この時代の背景となる芸術家達の世の中での地位や政治との関わりに不慣れなまま、大袈裟で回りくどい言い回しがこれでもかと飛び交う多対多の書簡のやりとりに投げ込まれ、序盤は混乱の方が強い。
こいつ誰だっけ?あの面々とどういう関係?あれ、さっきは何か別のこと言ってなかった?
ぶつ切りにされた一方通行の思いのたれ流しというこの形式でこそより強く感じる人間関係の多面性。
次第に登場人物達の立場や陣営、思惑とその交錯ぶりが見えてきて、その分野に明るくないなりにも中々興味深い物語が見えてくる。
殺されたポントルモが残していたミケランジェロの下絵を基にしたヴィーナスとキューピッドの絵。
一糸纏わぬ姿はこの時代のすう勢としては、ただでさえ嫌厭される代物だが、その顔はコジモ公の娘マリアにすげ変えられており、もはや猥褻画扱い。
この絵画の入手を巡っても、ああでもないこうでもないと右往左往するんだけれど、それと並列に語られるのが国対国同士の戦。
現代で言うアイコラ的なことに当事者にとっては心痛むのは分かるけど、絵描きが描いた一枚の絵と風評文だけで権威の転覆が狙えるっていう気風が悪意の出処もそうだけど、ゴシップをある意味待ち望んでいる大衆の浅はかさ推して知るべしのところがいつの世も変わらぬ人間性を感じてげんなり。
書簡の中で殺人事件のあっと驚くようなツイストや解決があることを期待しまっていたが残念ながらその色は弱め。
でもポントルモを始めとして殆どの人物や大きな時代の流れが史実だということに気付いてから、歴史の隙間をたぐい稀な想像で広げた物語と思えば、また違った楽しみ方をすべし物語ということで納得。
終盤ちょっとややこしめな芸術論的なものが混じり混んできて素人には辛いところもあったけど、最終信がポントルモ自身の書であり、これがまたぐっと視野を広げる効果を持っていて締まりとしては良かった。