川口葉子のレビュー一覧
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『京都カフェ散歩ー喫茶都市をめぐる』(川口葉子、2009年、祥伝社黄金文庫)
「京都は街自体が一軒の巨大なカフェだ」ではじまる本書は、魅力的な京都のカフェをあますところなく紹介している。
古参のイノダ・コーヒから、新しいカフェまで。紹介されているカフェは市内の中心地が多いですね。
本書を読んでいて以外な発見だったのが、「カフェはそのような心配(いちげんさんお断りの京都の独自の不文律)のない唯一の場所。そこではいちげんさんも常連客も、心やすらかにコーヒー一杯分のおもてなしを受けられる」ということ。
本書はカラー刷りで、店内の写真も豊富です。さらにマップまでついている親切さがいいですね。それならばと、本書を片手にふらっとカフェ巡りをしてみてはいかがでしょうか。
(2009年10月23日) -
Posted by ブクログ
13年前に「東京の喫茶店 琥珀色のしずく77滴」という本を出版してから13年。
時間もかなり経ったので、新たに取材を行いそして前回紹介できなかった店も多数加えている。
喫茶店と言っても、それぞれの店には個性がある。
以前から気になっていた店として「皇琲亭」(コーヒーてい)がある。
池袋東口にドーンと店を構えているヤマダ電機のすぐ近くにある。
1983年に開店。
柱や梁(はり)に秋田県の古民家の廃材を使い、寄木細工の床に椅子。
写真で見ると落ち着いた雰囲気がして、とても池袋にある店とは思えない。
ここでぜひ味わいたいのが「アンブル ドゥ レーヌ」と著者は述べている。
深煎りのコーヒー豆をじっくりネルドリップしてコクの豊かなアイスコーヒーをつくり、カクテルグラスに注ぎ入れて、生クリームを浮かべます。
一度行って見たくなったなあ。
浅草にある「銀座ブラジル」は元祖ロースカツサンドで人気を博す老舗喫茶店。
きつね色のトーストに二枚重ねのロースカツと千切りキャベツを挟んだ、うっとり見惚れるような断面をもつ一皿が運ばれますと著者は感想を述べている。
注文を受けてから揚げるカツなので、出来立ての美味しいカツサンド。
写真を見ると頭の中にロースカツサンドがぐるぐる巡ってくる。
そんな銀座ブラジルは、1984年創業。
もともとブラジル産コーヒー輸入を手掛けていた店主の梶富美子(かじとみこ)さんの祖父が銀座に1号店を構え、1963年に浅草店をオープンした。
今では浅草店のみだが、店の名前に痕跡が残っている。
この他にも行ってみたい喫茶店がたくさんあるなあ。 -
Posted by ブクログ
喫茶店ごとに個性がある。喫茶店の店主にも個性があり、今回の本では、喫茶店の店主の言葉と店の紹介をしている。
著者は20年ぐらい全国のカフェや喫茶店を取材して本にしてきた。それだけにカフェや喫茶店に対する思いはマリアナ海溝並に深い。
カフェは空港に似ているかもしれない。
出国するとき、イミグレーションカウンターを通過すると、もうどこの国でもない、自分がどこにも所属していないという不思議な感覚になる。
中村岳・中村美雪 「テールベルトとカノムパン」店主
ABOUT | カノムパンNET SHOP (stores.jp)
鎌倉にあるパン屋&カフェで、「シンプルで旨いパンと心うるおう時間をも止めて遠方からもファンが訪れている」お店だ。
よく雑貨の買い付けなどで空港を利用するので、そこから上の言葉が出てきた。
カフェを空港に似ているとはなかなか出てこないなあ。面白い視点だ。
10人のうちひとりでも「この味でなければ」と思っていただけたら。
伊吹憲治「伊吹珈琲店」店主
伊吹珈琲店 (ibuki-coffee.com)
「99人があきれても1人が笑えば俺の勝ちだ」という江頭2:50の言葉が頭の中をよぎった。と言ってもあの人みたいに過激な芸風ならぬ味で勝負している訳ではない。
大阪の台所として有名な黒門市場にある「日本一来いコーヒー」を自負している。
創業者の伊吹貞夫さんは「丸福珈琲店」の看板を掲げていた。千日前そして、黒門市場にも店を構えている。
店名を変えたのは1990年からだ。
それぞれの店のこだわりが詰まった1冊となっている。 -
Posted by ブクログ
ちょっと心も身体もしんどい時に、気が向いて読んだ一冊です。京都や神戸などの古い洋館は、私にとって懐かしく、良いもの。
毎日曜日、朝のコーヒーを珈琲屋さんへ飲みに行っていた祖父の面影を追っているのでしょうか。
よくまとまった、女性が好きそうな文章で、ほっと息をつかせてくれるのがいいですね。読み始めはそんなに、出色の出来ではないと思って読んでいたのに。
続けてページを捲っていると、不思議。肩の力が抜けて、美味しいコーヒーが飲みたくなる。
一杯目はアイスで喉を潤して。
二杯目はホットで
お店ご自慢のカップを愛でながら。
そう思わせてくれる。
中でもわざわざ東京から訪れてみたいのは『喫茶ソワレ』。美しいゼリーポンチに一目惚れ。これにどんな珈琲を?
京都の店は敷居が高く、私が行ってもそんなに良い対応をしてもらえないかもなので、本の中の旅だけでも、十分満足。
そういう意味では、良い本で、悪い。
きゅんとなる、楽しい本でした。
アクセスの紹介は簡単に書かれていたので。詳細は是非別の本などでお店を調べて下さい。 -
Posted by ブクログ
咳喘息だと診断されちゃった。お茶の水の大学病院でのことだ。
異様な乾燥状態の続く東京では、ひと月以上も苦しい咳が続くこの病が密かに流行っているのだという。帰り途に加湿器を買った。
新宿三丁目のビックロに初めて足を踏み入れた。
加湿器の売り場は6階だったが、家電量販店とユニクロとがコラボした売り場が物珍しくてきょろきょろしまくった。3足980円のいつもの靴下を6階に行く前に「ついで買い」。レジで、「会員様ですか?」と問われスマホの赤いアイコンを見せると、「会員様ですね」と、5%引いてくれた。
加湿器は1万円。キャンペーン中とのことで、ビックカメラのポイントではなくて特典は全てJALのマイルに加算してもらった。通常の5倍、500マイルもついた。
こう書くと、最先端の商業施設を使い倒しているみたいだ。事実はかなり違う。実は私は、配管がむき出しになった天井や、エスカレーターの手すりの、いささかレトロなえんじ色を見て、「ああ、ここは」と想い至っていた。
70年代の終わりの年の4月、上京初日の私は「ここ」で電気シェーバーとヘアドライヤーを買った。当時ここは三越新宿店の家電売り場だった。
今の人には信じられないだろうが、その頃デパートで家電品を買うのは普通のことだった。家具もカメラも当然衣類もなんでもデパートで買った。クレジットも分割もない、全て現金で買った。しかも全て定価だった。
凋落はすぐ始まる。まず家電とカメラ販売の主流はヨドバシみたいな量販店に変わった。ついで家具は大塚家具みたいな大型専門店にとって代わられ、それこそ三越の新宿南館は大塚家具の新宿店に変わった。最後は、衣類。最早洋服を買うところとして百貨店に期待する人はほとんどいない。だから、「ここ」にビックカメラとユニクロが入っているというのは、百貨店の栄枯盛衰を象徴しすぎている。
ところでこの『東京カフェ散歩』である。
たかがカフェのガイドブックと甘くみたら大間違いだ。いま見ている現在の東京、過去の東京、文学作品の中の東京、個人的な記憶の中の東京、それら全てが「層」となっている街の透視図をカフェという「点」を軸に描いた都市文化論であり、街の歴史だし、さまざまな人の物語でさえあるただものではない一冊なのだ。
「田舎から出てきたばかりの僕」みたいな感傷をきっかけに、昔と今の「新宿」、「百貨店」、「自分」を考察してしまったのは、実はこの本を病院の待合室で読んでいたからだったかもしれない。
正直に言うとこれよりも、3年目に読んだ『京都カフェ散歩』の方がずっとよかった気もする。ただ、京都と京都のカフェを偏狂的なまでに愛する私の濃すぎる色眼鏡なのだろうけれど、「東京には碌なカフェがない。だいたい東京のカフェはどこも喧しすぎる。京都のカフェで喧しいのも東京からきた観光客だ」と、八つ当たり気味に言いたくなる。
「こないだ六本木でさあ」とか大声で叫ぶように話すのが聞こえてくると、同じ東京から来た観光客であることが恥ずかしくていたたまれなくなる。
標準語と称する東京弁の尖がった発音と、京ことばの柔らかい発音とイントネーションの違いからくるものであろうと、一応冷静に弁護してあげなければいけないかもしれないが、六本木の「ぽ」と「ぎ」の下品なとげとげしさと比べちゃうと、「先斗町」の「ぽ」の柔らかでつややかな響きの違いはどうしようもない。
それからもうひとつ。3年前の『京都』のほうがいいと思えるものがある。
『京都』の挿絵写真では、人物やインテリアの1点にのみくっきりピントが合っていて、あとの背景は美しくぼやけて暗闇に溶け込んでいた。京都の町とカフェと人を映すのに似つかわしい写し方だった。ところが、『東京』の方は、筆者の使っている撮影機材が格段に高性能なのだ。画面の隅々までくっきり明瞭に写りすぎているのだ。
あえて、余韻を引かぬ最新のデジタル機材を用いた意図が作者にあったのだろうか。
過去を断ち切るのに躊躇いのない街。人の営みよりもビジネスが大手を振る街。それが東京だ。
だが、そんなわが街東京の「層」を無理やり透視するのにカフェを覗き穴にしてみる。その筆者の志向には私も共感する。
例えばこんな部分もあった。予備校生時代から馴染みの喫茶店が神保町にある。その隣のカフェが、かつて文学者や編集者が集う名店だったことをこの本で初めて知った。かつての馴染み客の名前の中に、思潮社の創設者の名を見つけて、私は小さく鳥肌を立てる。
あるポルトガルの詩人の詩集を今読み耽っている私は、こんな酔狂な詩人に注目した思潮社なる出版社はたいしたもんだ、そう思っていた。
カフェはたかがカフェじゃない。立派な「穴」なのだ。