沢村浩輔のデビュー作を含む短編集。大学生と佐倉と高瀬の二人が探偵役として活躍する7つの短編からなる短編集だが,エピローグで7つの作品の全てに伏線を散らばめていた意外な真相が明かになるという仕掛けが取り込まれている。
個別の作品の所感は以下のとおり
夜の床屋
表題作。佐倉と高瀬が晩秋の山中で道に迷ったところから始まる。ようやく見つけた無人駅で夜を明かそうと待合室で休んでいると,シャッターをおろしていた床屋が,夜の11時頃から営業を始めている。店の主人に,こんな時間から店を開けている理由を聞いたところ,既に店は閉めているが,常連のために,予約がある時間だけ店を開けてるという。翌日,目が覚めてから冷静に考えると,店の主人の説明と店の様子に矛盾を感じる。記者にその話をすると,店の主人と店員は,誘拐犯人だったという真相が分かる。謎は非常に魅力的だが,真相はやや平凡。店員の女性がかなり強めの香水をしていたことが,全体を通した謎の伏線になっている。
空飛ぶ絨毯
佐倉は,イタリアに留学することになった友人,八木美紀から2か月以上前の体験について聞く。彼女の家に泥棒が入り,絨毯だけを持って行ったというのだ。更に,彼女が小学生のときに霧の濃い夜に会っていた少年の話を聞く。なぜ,泥棒は絨毯だけを盗んだのか。真相は,昔会っていた少年がストーカーみたいになって,八木美紀に危害を加えるために家に忍び込んでいたというもの。後藤という友人がそのことに気付き,不慮の事故でストーカーを殺害してしまい,血痕が残っていた絨毯だけを盗んだというもの。最後のオチは,ストーカーは生きていたというもの。このストーカーが生きていたことや,霧の濃い夜に何かが海から上がってくるという噂が,全体を通じた謎の伏線となっている。
ドッペルゲンガーを捜しにいこう
佐倉は,小学生の少年からドッペルゲンガー捜しに誘われる。佐倉は小学生の少年達と一緒に,ドッペルゲンガーが潜んでいるという街はずれの廃工場に足を踏み入れる。果たして,ドッペルゲンガー捜しは小学生達のいたずらなのか。それとも何か隠された目的があるのか。真相は,小学生のうち一人が,離婚し,離れて住む父と会いたいからこのような騒ぎを起こしたというもの。廃工場の存在が,全体を通じた謎の伏線となっている。
葡萄荘のミラージュ Ⅰ・Ⅱ
初代当主の恩人又はその後継者に譲り渡すまで,外観,内装から調度品まで一切手を加えてはならないという遺言が存在する洋館「葡萄荘」にまつわる話。佐倉と高瀬は,友人から葡萄荘の宝捜しに誘われる。しかし,友人は佐倉と高瀬が到着する前に,姿を消し,ヨーロッパへ渡ってしまっていた。佐倉と高瀬は宝捜しに成功し,ミラージュという香水を見つける。友人は,レシピをもってヨーロッパに渡ったのではないかと推理する。
後日,友人から連絡があり,パーカー博士という人物に会い「眠り姫がなぜ目覚めたのかを教えてください」と伝えてほしいという。佐倉はパーカー博士に会い,質問をした。すると,パーカー博士は,友人から送付された写真に写っていた女性こそ,残された宝だとい言い,「『眠り姫』を売る男」という小説を読むように勧める。
全体を通じた謎のつなぎになる作品。作中作の『眠り姫』を売る男につながる。
『眠り姫』を売る男
スコットランドの深い森にある監獄の新入り住人である元美術商のクィンは,共同経営者を殺され,自らも殺し屋に命を狙われていたため,自分が共同経営者を殺したと偽り,監獄に逃げ込んできた。やがて,監獄で殺人事件が起こる。被害者は,死に際に,「女がいた」と言い残したが,監獄に女が出入りした形跡はない。謎の女は,警戒厳重な監獄でどのようにして不可能殺人を遂行したのか。真相は,謎の女は人魚であり,霧に紛れて現れ,殺人を行ったというSF・幻想小説的なものである。クィンは,眠っている人魚を売買する美術商だった。
エピローグ
この小説は人魚が実在する世界の話だった。人魚は,人間と共存するために消臭剤を作り,それをミラージュという香水にして売りにだし,ローランド(=囚人ダン)と手を組んだ。しかし,それをよしとしない人魚によってローランドは海に沈められる。ローランドのため残された財産は「眠り姫」として眠っていた人魚だった。しかし,人魚はなぜ突如目覚めたのか。パーカー博士が出した結論は「おそらく,男の人魚が死に絶えたからだ。男に出会う可能性がないのなら,もう「眠り姫」でいる理由もない」と語る。佐倉の妄想は広がり,パーカー博士は,人魚の肉を食べ,不老状態になったパットでないかと推測する。八木美紀を待ち続けた男も人魚の肉を食べたので,死ななかったのでは…?廃工場は,人魚由来の成分が必要だったので,急に閉鎖されたのでは…?夜の床屋には人魚がいたのでは…?あのとき嗅いだ香水の匂いはミラージュの匂いでは…?佐倉が自分の妄想の真偽を確認するために,ミラージュの匂いを嗅ごうとしたところでエピローグは終わる。
個々の作品の出來は,中の中程度。謎は魅力的だが真相が平凡。作品全体の雰囲気はよい。全体を通じた謎が人魚の存在というのは意外性十分。しかし,伏線は見事というよりこじつけっぽく感じてしまった。雰囲気がよく,嫌いな作品ではない。★3で。