山と溪谷社のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
すごい厚さの本でしたが、文章が視覚に訴えかけてくる大自然の模様や羆の強靭さに圧倒されながら、あっという間に読み終えました。
全部実話というのがまた恐ろしい。
羆は食糧を獲得すること、厳冬を越えること、怪我を負っても自分の舌だけが手当の方法という点でも、厳しく過酷な大自然の中をからだひとつで生きている。はなから人間が太刀打ちできる相手ではないんだなということを身につまされたような読書体験でした。
戸川幸夫さんの『羆風』は三毛別人喰い羆事件の羆側の思いを代弁しているかのような切り口で描かれており、“人間には人間のルールがあり、羆には羆のルールがある“という表現が今の熊被害を見た時にも、そういうことかと妙に納得させられるものでした。
マタギの文化を知り、怖さだけでなく羆や大自然に対する畏敬の念がより強くなりました。
読んで良かった一冊です。
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Posted by ブクログ
「「すべて実話。戦慄!」、まさしく戦慄の連続で、一気に読んでしまった! 自然環境がどんどん変わっていく中、こういった内容の本は必読の書だと思う。
〈本から〉
大自然は、そのどちらの言い分も取り上げようとはしない。大自然には、大自然にだけに通ずる法律がある。その法律に触れさえしなければ、どんな侵略も、どんな殺戮も無罪なのだ。
傷つくということが、どんな意味を持っているのか、人間は野獣の百分の一も理解していない。
(略)
傷つくことはそのまま死と結びついている。手当も介抱もすべてが自分でしなければいけない。傷の手当はただ柔らかい舌で舐めるということだた。鉛の玉が肉体のどこかに喰い込んだとしても、それを摘出する術はなかった。肉体が異物と闘うだけだ。闘いに勝てば即ち生きることであり、敗れれば死なのである。
ヒグマはとても執着心が強く、このようにひとたび取得したものは、問答無用でヒグマの所有物であり、これを奪い返す行為は、危険極まりない無謀な挑戦です。
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Posted by ブクログ
学生の頃、大雪山の赤岳で、監視員のバイトをやった。高原温泉、赤岳、旭岳、黒岳石室の4箇所に監視員が居て、高山植物や天然記念物の蝶等を守った。どの場所にも大学生がバイト。それぞれ違う大学のしかし固定された大学の山岳部やワンゲルから派遣された者。だから先輩達から受け継ぎ、後輩たちにバトンを渡す。私が居た赤岳は、料理人が居て、風呂もあり、畳と布団で寝られ快適。しかし、毎日随分な距離登山して監視場所に行かないといけない。利点は、足腰鍛える鍛錬となった事。そして、毎日大自然を満喫。それとバイト代を使う場所がないので、お金が貯まる。休み無く働くが、雨だと人が来ないので、小屋でのんびり。トランシーバー、腕章、ホイッスル、そして弁当を入れたザック。トランシーバーでは、4箇所の監視員から色々な情報が飛び交う。石室から遭難者の白骨死体発見の伝等々。高山植物の盗掘は、自然を破壊かつ、結構な金額の罰金、金額は、現場検証があり、その面積等で決まるらしい。かつ新聞にも掲載されるので、社会的信用失墜等。逃げた人を追いかけて捕まえた事もある。赤岳監視員は、私以外に2人居て、その方達は、営林署を退職された方。その方が現役時代は、冬期石室迄スキーで行き、雪下ろしをして小屋が潰れるのを防ぐとか。石室からの景色は、絶景。バイトではなく、登山者として何度か訪れた。いつも泊まる事なく、通過場所だった。北海道の山小屋は、雪の為、営業出来る日が短い為か有人である場合が少ない。私が居た赤岳銀泉台の山小屋は、もう無い。新しく小屋があるが、それは、登山者の為の泊まれる小屋ではない。
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日々、仕事に忙殺され、理不尽な目に遭い何のために働いているんだろう・・と仕事に疲れてしまった時に、ふと山の雑誌に掲載されていたので買って読んでみた。なんと心が洗われる思いのした事か。心がすーと癒された事か。
山を自然を人をこよなく愛し、人生を山に捧げた山小屋の小屋版の方々。人が大勢押し寄せるアルプスの小屋もあるし数日に一度のみという地方も様々。共通しているのは自然に対する畏敬の念や謙虚な心と山に来た人を暖かく迎えてくれる心。自然の事を気遣いどうしたらエコにできるか、設備をどう維持していくか、おいしい料理をどうするか、冬の間どうメンテナンスするか。いろいろ思い悩む様子などが簡潔にエッセイとしてまとまっている。
読んでいて気持ちがとてもほっこりしてくる。
まるで山小屋に泊まりに行って暖炉に温まりながらゆっくりとした時間の中で小屋主の若い頃の思い出話や昔話を聞き入っているような、そんな気持ちにさせてくれる。
コロナが明けたら是非、ここに書いてある山小屋の小屋主に会いに訪れてみたいと感じる一冊だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ昨年秋の「御嶽山噴火」にまつわる証言を『様々な方向』から集めた一冊。
『様々な方向から』と強調したのは、いい意味でも悪い意味でも。地学的な目線から見れば「規模の割には多くの目撃者と被害者のいた自然災害」ですがその割にはその災害の詳細は語られない。一方、にわか登山家の端くれとしてその「語りたくない気持ち」も少なからず理解できる。
その中で、あえて語って下さる人からの証言を、記憶の風化しないうちに記録した。それは非常に価値のあることで、そこで語られていることにどこか統一性というか方向性に欠けることもある意味では利点だとも言える。「こうしておけばよかった」という結論がなかった、少なくとも半年やそこらで正解が見いだせるほど簡単な災害ではなかった、それを間接的に証明する一冊だと思う。
この統一感のない一冊を「サバイバーズ・ギルト」に関する項で締めくくったのは、非常に興味深かった。以下、その項からの引用を以て、このレビューを締めくくります。
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死者への罪の意識を抱くというのは、極めて人間的で健全な精神の働きによるものだと思うんです。自分自身との関わりのなかで亡くなった人を悼む気持ちは誰でも持つものです。あのとき、こうしていればと悔やむ気持ちもあるでしょう。それが時間とともにゆっくりと薄れていくのが自然なのではないでしょうか。ギルト=罪という言葉は、ネガティブなイメージがありますが、私はサバイバーズ・ギルトは一種の哀悼の感情なのだと思っています。
-----以上、p.233より引用----- -
Posted by ブクログ
ネタバレタイトル通り。感情的になることなく、淡々と起こったことを記録している第一章「ドキュメント 御嶽山の十日間」から始まり、「七つの証言」「科学的考察」「救助現場からの報告」の四章で構成されていて、読みごたえあり。何かと言うと犯人探しやスケープゴートを探しがちな報道とは違い、まさに知りたいことをまとめてくれた本だった。生死を分けたのは「運」なんだなー。誰に降りかかるかはわからない。科学的考察の「防災学から考える」で平山教授が書いていた「登山者には登る山の歴史を紐解いてみることをお勧めしたい」はすべての防災に繋がる言葉だなと読み終えてしみじみ感じた。最後にサバイバーズ・ギルトについての対処法まで掲載されていて、感心した。
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Posted by ブクログ
「天災は忘れた頃にやって来る」とはよく言ったもの。しかしここ数年、忘れない、傷が癒えないうちに大規模災害が立て続けに起きている印象がある。東日本大震災以降、神経過敏になっているのだろうか。
御嶽山の噴火災害、実は少し前から火山性微動が観測されていたのだが、それを結果的に兆候と捉えることができなかった。東日本大震災の時も、本震の数日前から津波注意報を含む海底地震が頻発していた。もっとも、自然の世界で規定外の数値が観測されても、それが前兆なのか収束するのかは非常にシビアな判断を求められる。折しも観光シーズン、山への立ち入りを制限し、結果何も起きなかったら観光地としての打撃は大きい。
噴石を浴びて重傷を負った女性の話が胸を打つ。重篤な状況を自ら悟ったのか、声をかけた近くの人に助けを借り、自宅の母親の下へ電話、語った言葉は「お母さんごめんね、今までありがとう-」その後、女性は意識を失ってしまったという。心の傷は、残されたご遺族はもちろん、生き残った方々にも残ってしまう。 -
Posted by ブクログ
昨年9月27日に起こった戦後最大の火山噴火災害となった御嶽山の噴火。それから3ヵ月以内に、このような貴重な記録が出版されたことに、大いなる敬意を抱く。
本書の構成は以下のとおり。
①発災後の事象や対応の時系列(いわゆるクロノロ)
②被災者の体験談
③科学的解説
④救助現場からの声
このうち①や②(や④)がメインと考えてよく、大変に意義深い。災害対応に携わりうる者としても、大変に意義深く、是非よく読んで考察すべき。
どういう対応があり得るのか(あったのか)、どんな危険があり、何が生死を分けたのか、といったことが生々しく(そして①ではとても淡々と)語られ、これらを感じ取ることで糧に出来る部分が大きい。
(③だけはやや冗長かつ中途半端で、不完全燃焼も否めないが、あるていど、一般論を学べるのは、一種の休憩的でもあるか。ないよりはあってもよいかも、というぐらいの付け加え) -
Posted by ブクログ
すべて実話。ノンフィクションもしくは実話をもとにしたフィクションだそうなのですが、ジャンルとしては間違いなくホラーと言っていいでしょう。怖い。リアルに怖い。熊って単なる動物じゃなく、ほぼ怪物だもんなあ。今まで読んだ本で「シャトゥーン」がとんでもなく怖かった記憶がありますが、あれに劣らない恐ろしさです。
熊による被害というと三毛別の事件が有名ですが、それ以外にもこんなにあるんだ、と驚きました。そして昨今でも起こっていることだし、むしろ熊が人間を恐れなくなっているという事態は近頃の方が多い気がします。そういう意味でこれは何よりも恐ろしい一冊。さらに昔は人間と熊とが対等であり、お互いその間に明確なルールがあったような印象に思えますが、そんなもの存在しませんよね近頃は。どちらが悪いのか、そもそも善悪のようなものが存在するのか、それもわかりません。昨今の熊は災厄のようなものとして捉えられている気がするので、そういう意味でもますますこれはホラーかと。
澤村伊智さんの巻末随筆も必読。こういう実話系は澤村さんとは相いれないような気がしていましたが(実際最初は猛烈な反発を覚えている澤村さんの姿に笑ってしまいました)、熊=怪物ホラーとして捉えれば、これは素晴らしい人選だったのかも。