石垣賀子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
上下巻の話で、上巻は著者がゴールドマンサックスの金融業界から、シリコンバレーのIT業界への転身。
さらにベンチャー立ち上げ。資本金の獲得からTwitter社に売却までを描く。
Twitterへの売却は会社の身売りというよりも、会社ごとの吸収合併。
著者もCEOな訳なので、当然にTwitter社に転籍するはずなのに、そこを裏切ってFacebook社へ転職。
下巻はFacebookの広告マネージャーと転職してからの、Facebook内の広告の仕組みの杜撰さ、そこを改善するために社内政治に巻き込まれながら奔走する様子が描かれる。
本書は業界の内幕だけでなく、所詮自分自身も「サル山サル」であることを揶揄しての物語が展開さていく。
シリコンバレーのエンジェル投資家とベンチャー企業との関係性。
ほとんどは人脈と言われるが、逆にどうやって人脈を築き、事業をプレゼンし、資金を提供をしてもらうか。
そんな様子もざっくばらんに描かれる。
タイトルの通り、その様子はカオスであって、秩序がある訳では決してない。
サル山の掟は確かにある。しかしそれは統制が取れているものではない。
暗黙のルールを守らないと業界内では決して生きていけないのは確かだ。
だからと言って、おとなしくしていても一歩も前には進まない。
むしろ搾取され、むしり取られて自分が損をするだけだ。
そうならないためにも、時にはハッタリをかまし、騙される前に相手を騙し、違法スレスレのところでヒリヒリと神経をすり減らしながら生き残りをかけて戦い続ける。
読み進めていきながらその様子を想像すると、シリコンバレーとは本当に競争が激しいところだと感じる。
日本のように同質性がある訳ではないので、様々な人種がひしめき文化も異なる人たちの中で、誰を信じて誰を敵と見做すかは、相当に難しい判断だ。
裏切りそして裏切られの世界の中で、まさに生き残るために最も大事な人生の選択は「人を見る目」なのかもしれない。
この物語はシリコンバレーの成功譚ではない。
著者はかなり恵まれた方だとは思うのだが、本書は貧乏人がのし上がって成功したという立身出世物語ではないところが特徴だ。
金銭的にも比較的赤裸々に記載しているが、ベンチャーの売却による利益やFacebookのギャラや持ち株を含めても数億円の収入にはなっているようだが、これもシリコンバレーでは大成功とは言えないようだ。
本書を読むと日本との物価の違いも相当に感じる。
サンフランシスコに家族が住める一軒家を買うならば、2~3億円はかかる。
そもそもの生活コストが相当に高いのだ。子供がいれば、子供の大学までの学費で日本の何倍なのか。
(冗談でなく10倍くらい違うのではないだろうか)
サンフランシスコ、そしてシリコンバレーだからという特徴かもしれないが、日本が相当に暮らしやすく、世界的に見ても生活コストが相当安いということを改めて感じてしまった。
下巻のFacebook編は主に社内政治の話なので、ここは日本のサラリーマンとしても共感できる点はあるのかもしれない。
どこの世界でも上司と部下の関係性は似たようなものかもしれない。
カリスマCEOと何も持たない部下を比べたら、どちらを向いて仕事をするのかは明白だ。
Facebookという企業でも縦割の弊害は記載されている。
それも当然だ。
人種も様々で、隣の人間も敵か味方か分からない状態で、組織を超えて仲良くなろうなんて思わない。
関わらない方が得と思うのか。
外側にも味方を作った方が得と思うのか。
つまりはすべてが個人の損得勘定で判断されていくということなのだ。
組織全体の得とか、会社全体の得とか、さらに言うと「徳」という目線では決して判断されないということなのだ。
人間の本性はなかなか変わらない。
今でもシリコンバレーの狂宴は続いているはずだ。
その狂宴が世界のスタンダードになっていくのかは分からないが、いずれにしても楽に生きていけることではなさそうだ。
これからの世界を生きていくには、覚悟が必要というなのだろう。
生き残りたければそうするしかない。
(2021/5/15) -
Posted by ブクログ
以前、某経営者の人(名前忘れた…)が自分の子供が中学生になったら、
この本を読むように勧めていると仰っていて、気になっていた本。
この度、アップデート版が発売されたとのことで、読んでみました。
タイトルの「フィッシュ!」とはアメリカの魚市場がピチピチに活性化した事例をもとに、
企業や組織を活性化させる秘訣について解説した本。
前半部分は、その魚市場で働く人が実際に出てきて、
陰気な組織を活性化させるべく、色々コンサルするというストーリー。
そんなに簡単に組織は変わるのか?と疑いたくはなりますが、
エッセンスがぎゅっと詰まった良い本に仕上がっています。
「でもぼくらはすごいことに気づいたんだ。仕事そのものは選べなくても、どんなふうに仕事をするかは自分で選べることに。」
どこかの自己啓発書に出てきそうな文言ですが、結構いいこと言ってますよね。
自分も仕事が辛いとき、この言葉を思い出そうと思います。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本はインドのムンバイにあるアンナワディと言うスラムの中のノンフィクションである。私はこの手のノンフィクションは好きなのだが、それは心の奥底に「いつか自分もこうなるかも知れない」という不安があるからだ。とは言え、この本に描かれていることが、東京の山谷、横浜の寿町、大阪の釜ヶ崎で展開されているとは思えない。本が無臭で良かったと思わざるを得ないほど、取材時は物凄い異臭の中を筆者は取材していた筈である。アンナワディのようなところが日本にあるとは、あまり思えない。日本人が死ぬまでに全く知らずにいる環境のように思う。
我々日本人にとってはある意味極限状態にあると思われるムンバイのスラムであるが、そこでの徹底的にきれい事を排した世界が描かれていた。とにかく誰かを踏みつけてでも今をひたすら生きるし、生きる希望を見失うと殺鼠剤を飲んで自殺してしまうと言う情景も書かれている。筆者があとがきで、「インドは輪廻転生と人口の多さから、命の重みが小さいと思われがちであるが、そうでは無く、一人一人が死を極めて重いものと受け止めている」と言うように書いていた。死を選ばざるを得ないほど、一人の人間にとって環境が過酷すぎると言う様が描かれていた訳で、従って人の死に軽重など無いと言うことである。
死を選んだ人間が絶望せざるを得ないほど、ムンバイのスラムは過酷だ。隣に住んでいる片足の無い、昼間から男を連れ込んでいる人妻がいた。この人妻と主人公の家族はしょっちゅうケンカをしているが、ある日我慢の沸点を超えた人妻が、ケンカをした主人公のお母さんに復讐するため、自らガソリンをかぶって自分の体に火をつけて悶絶し、病院に担ぎ込まれた。人妻は火をつけたのはこの主人公のお母さんが悪いと言うのを警察に訴える。だからなんだとなりそうだが、全然悪くないお母さんが賄賂を警察はじめ色々払わないがために、家族のほぼ全員が阿鼻叫喚も恐ろしい拘置所で殴る蹴るの暴行を受ける取り調べを受けるという世界だ。正義はどこにあるのか。因みに火を付けた片足の女は、病院でろくな処置も受けずに死んでしまう。明らかに不衛生な環境で感染症によって死んだのに、全然違う、病院としては手の施しようのない死因で処理される、と言うものである。
私は実際にものを見ていないし、これが真実であるかどうかを判断出来る立場には、究極的にはいない。でも、輪廻転生とか、人口が多いとか、そう言う部外者である自分が分かりやすいような理由によって日々の出来事が起きている、そう言う単純な世界では無いことは分かる。
テストで模範解答を書くことで正解が貰える、そう言う世界が虚構であることを痛感する。まあ、だからといってテスト勉強しなくて良いという訳じゃ無い。 -
Posted by ブクログ
当たり前ですが速くなりません。
銀色のように見える本ですが、銀の弾丸にはなりえません。
スクラムのいいところを得たいと思って読んだものの、
ちょっと言いすぎなんじゃないと思うところが多く・・・。
その一方で書かれていることは正しいのだろうと思うところもあったのはあった・・・。
実際にスクラムをやるとなると、この本ではできません。
(以下抜粋。○:完全抜粋、●:簡略抜粋)
○1968年に『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌に掲載された、
二人の日本人経営学者、野中郁次郎と竹内弘高の論文だった。
タイトルは「新たな新製品開発競争(The New New Product Development Game)」といった。
(P.50)
●会計事務所の業務や戦艦用のソフトウェア開発、IBMのIT関連まである、
3800のプロジェクを分析した結果、
仕事の遅いチームが同じ仕事をするのにかかった時間は、仕事の速いチームの2000倍。(P.62)
○遅くまで働くのはコミットメントのしるしじゃない、うまくいっていないことの表れなんだ。(P.132)
●プロダクトーなーに必要な要素(P.230-232)
1.仕事の領域に精通していること
2.決定権を行使できること
3.すべきこと、その理由をチームに説明できること
4.作ったものの価値をきちんとして説明できること(週40ポイント使って、xx円の利益になるとか)