安岡章太郎のレビュー一覧
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慶応大学在学中に結核を患い、戦後、脊椎カリエスを病みながら小説を書き始めた著者が、世間に対する劣弱意識に悩まされた経験をベースに綴った10編から成る短編集。
戦中、戦後を哀しく、無器用に生きた学生の自堕落で屈折した日常をユーモアも盛り込んで描く。
標題作「質屋の女房」は、戦時中、外套を質屋に持って行った学生と質屋の女房との関係を甘酸っぱく余韻を含ませて描いたもので印象に残った。学徒出陣で召集令状が来たその学生にとって一度きりの秘め事が結果的にはなむけとなったのだった。
「ガラスの靴」は猟銃店で夜番をしている「僕」が散弾を届けに行った米軍軍医の屋敷で出会った風変わりなメイド・悦子との間に生じた特別な時間が生々しく描かれている。
この他、兵役で病気になり、月に一度生活費をもらいにいく男の屈折した感情、厳格な母親を怖れ、呪縛を感じながらも反発する男子学生や悪徳仲間と現実逃避に終始する学生たちの姿を描く作品が盛り込まれている。
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Posted by ブクログ
著者自身も小説家であり、また本書の「補遺」に収められた「志賀直哉訪問記」で回想がなされているように、志賀そのひとに直接会った経験もあるということで、おそらく著者の志賀文学体験などを織り込みながら書かれたエッセイのような内容の本ではないかと思って手にとりました。しかしじっさいに読みはじめてみると、思った以上に通常の批評のスタイルにのっとって書かれた本で、志賀のひととなりと作品との関係について立ち入った考察が展開されています。
「あとがき」には、文芸春秋社から出された志賀直哉集に収められる伝記の執筆を依頼されたことがきっかけで、著者が本書を手掛けることになったと記されています。こうした理由もあって、批評的なスタイルが採用されたのかもしれません。
その一方で、「解説」でも指摘されているように、小説家としての著者の立場からの述懐が文章の端々に出ていることも事実です。著者は、戦前の「白樺派」の大家である志賀と、戦後の「第三の新人」のひとりである著者の置かれている文学的立場のちがいを意識しつつ、志賀がどのように小説に取り組んでいたのかを解明しています。著者の議論を通して、ともに「身辺雑記」を記す小説家として、日本の近代以降の文学的風土のなかで小説を書いてきた二人をつないでいるものとへだてているものが浮かびあがってくるように思われます。 -
Posted by ブクログ
1920年に生まれ、ソウルや青森、東京などで幼少期を過ごし、戦争と病を経験しながら「昭和」という時代を歩んできた著者の自伝的作品です。
ジャン・ルノワールの映画『大いなる幻影』が見られなくなってしまった時勢の変化に違和感をおぼえていた少年時代から、理不尽な軍隊生活から思いもかけず帰還し、さらに無気力な学生時代を送りながら、脊椎カリエスのために寝そべって小説を書きつづっていた、遅れてきた青年時代まで、著者の前半生は一見周囲の状況に流されているようにも見えながら、戦争の前後にわたる時流に対して距離をとりつづける態度がつらぬかれていることがわかります。それも、肩ひじを張って抵抗の姿勢を示すのではなく、世の中をながめながらやり過ごそうとするところが著者らしいような気もします。
戦後にかんしては、40歳になってアメリカにわたりそこでの人びとの暮らしをじっさいに目にしての所感のほか、安保反対闘争や連合赤軍事件などについての著者自身の立場が語られています。 -
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よくまとまっているし、アメリカやセクシャルなものについての比喩や表現が巧いと思った。
しかし、そこどまり、というか、それ以上なにか衝撃を受けるようなことはなかった。
今回、処女作の「ガラスの靴」をはじめ、芥川賞受賞作の「悪い仲間」や「陰気な愉しみ」(このへんのタイトルのセンスはさすが!)を読んだので、次は代表作『海辺の光景』へ。
ちなみに、村上春樹が『若い読者のための短編小説案内』というものを書いていて、そこで安岡の「ガラスの靴」を中心に取り上げている部分がある。
ここで村上春樹が指摘している、安岡の比喩についての部分は興味深く、独特な比喩を用いる春樹ならではの感覚も見受けられる。
また、内部と外部の関係や、中心を避ける書き方についての指摘は、確かに安岡に当てはまるが、と同時に、村上春樹自身にもかなりあてはまる。
安岡の作品を読んだ後に、上記の春樹の一冊も見ると、より面白いかと。もちろん、ハルキストにも、そうでない人にとっても。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ話の筋も表現も「うまいなぁ」と、思った。大衆万人向けだなぁとも思った。生活という現実そのものを感じた。
そして、そういうまるまる現実そのものみたいな小説って案外ないよなぁと思った。(ただ私がそういうジャンルの小説を読まないだけかも知れないけど。)
絵でも小説でも美しく描きたくなったり、想像的なモチーフを描きたくなったりしてしまうものだと思うのに、安岡さんの物語にはそれがない。ただ人間が生きている。リアルな人間の生活がありありと在る。
どの短篇の人間も、流れるまま、主張せず、待ち、決定的な場面を避ける。
現実を生きる人間というのは、日常というのは、案外そういうものであると思う。
私が好んで読む本はどちらかというと形而上学的なものが多いから、安岡さんが新しく感じた。
とくに『宿題』という男の子が主人公となる話は強烈だった。終わり方にゾゾゾとした。
『陰気な愉しみ』の筋も主人公の感覚もそう描くのかと感心した。『悪い仲間』良かった。