茨木のり子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
感受性とは何か。
感受性は子どもの頃から養うことができるが、大人になっても育むことは充分に可能だ。厳しい言葉の中にも優しさと愛情を感じられる詩である。
感受性の性質は人によって十人十色だ。みんな違う感受性を持っており、それらは年齢関係なく体験を通して成長できると私は思うのだ。
本著が示唆している通り、自分の感受性を大切にし、守り、育むことを強調している。私も同意見だ。感受性は可能性の塊だ。
殺伐とした現代において、自分の感受性が弱っていると気がついたら、それは休むサインであり、質の良い刺激を補充(美術や本、音楽等)を自分の中で表現し吸収し感受性のアンテナを広げて自分が見ている世界の感度を上げることだと私は思うのだ。
強く優しい愛のある良作品である。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ茨木さんの詩集2冊目。
前回の詩集と若干ダブっている。
好きな詩は2作品。
『知命』:
「知命」とは「五十にして天命を知る」(論語)から五十歳の称らしい。
小包の紐のほどき方やこんがらかった糸の束をなんとかしてよ、と人から言われ鋏で切ったら、と言っても了解しないので、もそもそと手伝う。
「ある日/卒然と悟られる/もしかしたら/たぶんそう/沢山のやさしい手が添えられたのだ/一人で処理してきたと思っている/わたくしの幾つかの結節点にも/今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで」
これまで何事も一人でしてきた、とおごっていてはいけない。
周りの誰かのやさしい手がさりげなく差し伸べられたに違いないのだから。
五十歳を目前に控えた私にはドキッとする詩だった。
『倚りかからず』:
楽して誰かに、他の何かに安易に頼っていてはいけない。
つい神頼みしたくはなるけれどね。
「じぶんの耳目/じぶんの二本足のみで立っていて/なに不都合のことやある/倚りかかるとすれば/それは/椅子の背もたれだけ」
気の抜けたご時勢に物差しで背中を叩く音が聞こえてくるような詩、とは解説の方も巧い。
私も頼るのなら椅子の背もたれくらいにしておきたい、けれどなかなかね…。