佐藤耕士のレビュー一覧
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チェスの元世界チャンピオン、ボビー・フィッシャーの伝記。
チェスの稀有な才能を持ちながら、完璧主義と偶然を嫌う気質が故に、妥協して人生を生きられない彼の不器用さは同情と憐憫を誘うものであった。許されざる人種主義的発言も、元を辿れば彼のトラウマと孤独に根ざすものであり、一概に悪徳な人物と詰ることは出来ない。
注目すべきは、多くの人物と袂を分かちながら、それでも尚彼のために尽力する人物が次々と現れた事であろう。類稀なるチェスの才能と知性は本物であり、求道者としての彼に惹かれる者が多かった事は大いに頷ける。余りにも偶然性で満ち溢れた人生というゲームにおいて、彼の知性は、かえって彼を困難に至らしめたのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
昔、この映画観てめっちゃ良くて、昨年復刊したことを知り早速読む。映像もとても良かったけど小説もよかった。青い空の下、乾いた風の中で正月の伝統行事の凧上げを楽しむ可愛い男の子2人の笑顔や色とりどりの凧の映像が蘇った。
アフガニスタンの首都カブールでの裕福で恵まれた主人公の少年アミールと忠実で純心で優しい使用人の少年ハッサンとの身分の違いこそあれ幸せな日々。ある日ハッサンが3人の悪童による卑怯な暴力の的になるがそれを物陰でみていたアミールは恐怖に身がすくみハッサンを見捨てて逃げ帰る。残酷な事件によって断ち切られる絆、別離、戦争、内戦、2人の間に隠された秘密。大人になってアメリカで平穏に暮らしながらもなお後悔に苛まれるアミールは、タリバンの弾圧下のアフガニスタンでハッサン夫妻が殺されて残された息子のソーラブが窮地にあると知り今度こそ命をかけて彼を救おうと決意する。
幼いながらもいつも身を挺して主人を守る勇敢で忠実なハッサンに対して、目の前で起きている卑劣な暴力に立ち向かえなかったアミールを弱虫の裏切り者と誰が責められよう。良心の呵責に耐えられず家からハッサンと身体の不自由な彼の父親を追い出す画策までするアミールを卑怯者と誰が責められよう。
勇敢で人望の厚い偉大な父親への複雑な思いや出産後すぐに亡くなった母親への愛惜や自分のせいで亡くなったのではないかという罪の意識、身分の違いのあるハッサンを友と呼ぶことへのためらいなど幼いアミールにも心に抱えきれないほどの苦悩があったのだ。
ハッサンの変わらぬ忠誠心と澄んだ瞳と優しさが切なくてたまらない。
文章がとても読みやすく訳も良くて、空の色や土の感触、美味しそうな食事や飲み物、果物などの描写も素晴らしい。豊かで穏やかだったかつてのアフガニスタンに対し、戦争や内戦で荒廃し多くの人々の命が奪われたその後のあまりにも悲惨で過酷な状況が辛い。
そしてまたしても今度はイスラム原理主義タリバン。宗教ってなんなんだろう。人の心を救い、善に導き哀しみを慰めるのが全宗教の教祖の願いなんじゃないの⁈
家族や自身の過去、心に立ち向かい、悪党や狂信者や法の壁にも屈せず良心に従って生きることを選択したアミールの贖罪と勇気の物語は痛々しいほどだが、アミール夫妻の養子となったものの弾圧下の恐怖のために心身を病み話すことが出来なくなったソーラブと彼に寄り添い続けるアミールが、幼い頃にハッサンとしたように凧上げを一緒にする清々しいラストに救われる。 -
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ネタバレ2025/6/10-6/14 大型書店の文庫の棚で何故か惹かれて手に取った。後から、映画化されたベストセラーだと知った。
情景描写が丁寧で、知らないアフガニスタンの文化や人々の考え方、慣習に想像しながら触れることができる。幼少期のアミールとハッサンの生活を通して描かれるアフガンのかつての豊かさや活気については、小さい頃読んだ絵本、せかいいちうつくしいぼくの村を思い出した。
上巻の時点では、アミールは、己の弱さ、醜さ、過ちに対しての贖罪を感じ、恥じながらも目を背けて生きる。
彼は、小さな頃からアイロニーを知っている少年だ。そこには、どれだけハッサンを身近に感じても友人とは感じないという民族間の根深い問題がある。
純粋だけれど、醜さ、妬みもある人間特有の複雑な心情が描写されている。彼がそういうことに敏感だからこそ、より残酷な態度に駆り立てたようにも思う。
情勢に翻弄され、父子はアメリカへの移住を余儀なくされながら、結局は存在の大きすぎる偉大な父の期待から大きく反れることはなく、社会的な幸せを手にいれている主人公。好きな人とも結ばれ、幸せを感じることにいつもどこか後ろめたさを感じている。
偉大な父、ババの存在はアミールにとっては頼りであり重荷であっただろうが、ババの言葉にはしばしばその通りだと感じる部分もある。
パシュトゥール人の民族性、男女で置かれる状況がどれ程違うか、生きる環境でどれほど考え方や身の振る舞いが変わるか、考えさせられた。 -
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伝説的なチェスの天才、ボビーフィッシャーの生涯。グランドマスターになったりロシアのマスターたちとの戦いのあたりまでは、才能ある主人公の痛快な活躍劇として楽しめる。基礎の基も知らないのに、フィッシャーのような全能感を感じておもむろにpcでチェスゲームを立ち上げてみたりさえする。
そこからの転落人生は、それまでヒーローだった彼を応援しながら読んでいた人にとってはページをめくるのも億劫なくらいに、彼が世間から疎まれていく様が描かれ続ける。再上昇はほぼないと言ってもいい。そしてそのままのたれ死ぬのである。人の不幸が好きなある種の人たちにとっては前半のそれよりも遥かに読み応えがあるに違いない。
一粒で二度楽しめる、そんな感じ。 -
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チェスの天才、ボビー・フィッシャーの評伝。最高にエキサイティング。
フィッシャーのろくでもない人格や冷戦時代のポリティクス(米ソのチェス対決はそのまま代理戦争だった)の多面性の描写も秀逸だが、これを読んで改めて痛感したのは、「チェスは高度な心理戦だ」というごく当たり前の事実。我々日本人はとくに「世紀の決戦」に侍精神を求めがちだ。が、世界レベルの修羅場では、冷笑的なしぐさで相手をいらだたせ、対戦に応じて戦略的に引き分けを選択して強敵との戦いのために体力を温存する。あらゆる手練手管が動員される。有利な局面で勝利を予感し、ピンチで動転し、それが思いもよらぬ一手(多くの場合は過ち)を導くことになる。
フィッシャーは、(彼の被害妄想的な断定も含めて)ソ連チームのあらゆる「妨害工作」にたった一人で立ち向かい、勝った。そして、20年を経て再度宿敵スパスキーと対決するとき、彼には賞金の額から会場の設営、チェスの駒のサイズに至るまであらゆるわがままを通させるだけの商業的価値がついていた。卑怯だ、ずるいと騒いでも既存の秩序は結局びくともしない。勝利し、自分でルールを変えさせる。ビジネスにも通じるような、過酷だが、ある意味フェアとも言えるリアルな「戦い」の描写に読んでいて鳥肌が立った。
天才にして不遇。末尾の解説で棋士の羽生善治氏が極めて的を射た言い方で触れているように、フィッシャーはモーツァルトに似ている。彼自身は幸せではなかったかもしれないが、彼の残した棋譜は語り継がれる。「音楽を深く勉強しなくてもモーツァルトの素晴らしさを理解できるように、フィッシャーのチェスもルールが解ればその力強い指しまわしに魅了されるはずです」(P.521)。 -
Posted by ブクログ
早熟の天才だが、人生はまったく幸せとは言えなかった。反ユダヤ的な宗教観をもち、さらにはアメリカやソ連に狙われているという妄想も持ってしまった。お金にも執着し、そのことでいろいろと損をしている。結局世界チャンピォンになった29歳までが絶頂で、そこからはチェスのキャリアもあまりつめなかったように思える。ただ、チェスでの圧倒的な才能、自分が最強という自信や、チェスに関する姿勢、異常なまでの勉強量、そういったもの魅了される。それ以外は全くかわいそうな人としか言いようがない。彼の忌み嫌うゲーリーカスパロフは人生もそつなくこなし、チェスでも彼より多くの業績を積むことができたと思う。