川本三郎のレビュー一覧

  • 向田邦子と昭和の東京

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    20120630 向田邦子の原点。こじつけの様な所もあるがうなづける。以外に歳だったこともわかった。読み方も変わるかも知れない。

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    2012年06月30日
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    ネタバレ

    内容紹介
    ベトナム戦争、全共闘運動、そして連合赤軍事件……。騒乱の60年代末、若きジャーナリストとして著者が体験した、青春の蹉跌を描く伝説の回想録、待望の復刊。2011年、妻夫木 聡&松山 ケンイチ出演で映画化
    内容(「BOOK」データベースより)
    全共闘、ベトナム戦争、CCR、そして連合赤軍事件…。「政治の季節」のただなかで、悩み、翻弄されてゆく、ひとりの若きジャーナリスト。伝説の回想録待望の復刊。

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    2012年03月21日
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    全共闘の時代、ジャーナリストとしてのモラルと市民の義務の中で揺れる筆者。

    映画が期待外れだったので、原作は途中で挫折するかと思いきや、ページをめくるたびにどんどん引き込まれていった。

    やっぱ映画を見るなら原作を読む前だね。

    全共闘時代に流行したフォークソングやアメリカン・ニューシネマが紹介されるので、当時の文化を知るのにも好都合。
    (2012.1.14)

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    2012年01月23日
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     兄は、職業上のモラルが重要なことはわかるが、今度の事件の場合、その政治グループは、君がジャーナリストのモラルを持ち出してでも守らなければならないことをしているのか、自分にはただの殺人事件にしか見えないが、といった。
     それから兄は、私の顔を見てゆっくりといった。「だって君、人がひとり死んでいるんだよ。何の罪もない人間が殺されたんだよ」
    (略)兄は最後に「あの事件はなんだかとてもいやな事件だ。信条の違いはあっても、安田講堂事件やベトナム反戦運動、三里塚の農民たちの空港建設反対は、いやな感じはしない。しかしあの事件はなんだかいやな気分がする」といった。(p178-p179)

    この兄の言葉は、映画では巧みに違う脚本に書き換えられているが、重要な言葉であった。

    私は今年の6月、山下監督の「マイ・バック・ページ」という映画を見て、最初は川本三郎をモデルとする妻夫木が全共闘運動に全面的に寄り添っており、それを映画でも追認しているというふうに捉え、反発した。しかしながら、今は違うと思う。

    映画はこの本の中にある一つのエピソード、高校生モデルの保倉幸恵との本の少しの「触れ合い」を大幅に膨らませたものになっていた。その視点は、その保倉に「あの事件はなんだかいやな気分がする」と語らせたことで、明確である。私は映画の「視点」を支持する。

    そしてこの本の中にあるように、
    「わたしはきちんと泣ける男の人が好き」(p41)
    と、保倉に言わせている。
    これが見事に効いていた。
    映画では、「きちんと」かどうかは観客に委ねられているが、妻夫木は最後に男泣きをするのである。
    今年100本以上映画を見たが、邦画のベストワンはこの映画になると思う。

    一方、本を読んでわかったことは、川本三郎は結局この朝霞自衛官殺害事件だけは「間違った方向」であったことは認めているが、全共闘事件全般は、ぜんぜん間違っていないと思っているということだった。

    69年から70年にかけて日本の反体制運動は次第に過激になっていった。爆弾闘争も始まっていた。70年の3月には赤軍派による日航機よど号ハイジャック事件がおこっていた。今にして思うと、こういう過激な行動への傾斜は"世界のあらゆるところで戦争が起きているというのに自分たちだけが安全地帯に居て平和に暮らしているのには耐えられない"という、うしろめたさに衝き上げられた焦燥感が生んだものではなかっただろうか。"彼等は生きるか死ぬかの危機に直面している。それなのに自分は平和の中に居る"。この負い目を断ち切るには自ら過激な行動にタイピングするしかない……。(p106-p107)

    こういうふうに一連の事件を曖昧に「擁護」している。「過激な行動」を「焦燥感」という「個人の問題」に摩り替えているところが、特徴である。

    川本三郎は朝霞事件で自らの証拠隠滅の罪を認めた直後に起きた浅間山荘事件については、「事件のことを話すのもいやだった。自分の事件のことも、連合赤軍のこともすべて忘れてしまいたかった」と思考停止の状態になっていることを告白している。おそらくこの本を書くまで15年ずっと思考停止だったのだろう。

    だからその15年後に、全学連議長の山本義隆や京都の滝田修を評価しているのである。

    私は79年に大学に入った。いわば、10年遅れた世代、しらけ世代全盛のときに人生で最も重要な選択を迫られた世代である。だからこそ、私は彼らに詰め寄る「資格」があると思っている。

    あなたたちが「全共闘運動とはなんだったのか」真に「総括」しなかったから、(もちろん力不足だったことは否定しないが)私はついに「活動家」になることができなかった。活動をするにはほとんど孤立無援に陥った。「あなたたち」とは誰か。その責任の「一端」は全共闘にだけではなく、そのシンパとして周辺に居た川本三郎たち、あなたたちの未だにこのようなことを言っているところにもあるのだ、と。

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    2011年12月06日
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    記者の気持ちはわかる、同じ立場なら間違いなく私も足を掬われただろう。けれどやっぱ軽率だったと思う。人を信用し過ぎ。興奮状態だったんだろうな。私も同じタイプの人間だから冷静な判断をしないと…と自戒でいっぱいです。日常生活で犯罪に染まることはないけども。

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    2011年08月07日
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    ノンフィクションの読み物としては興味深かったが、引き込まれるような文章力は感じなかった。自分は団塊の世代の子供世代だが、60年代のことは「団塊の世代が語らない青春時代」として、直接関係者や肉親などから聞くことがないので、各事件が繋がらない年表にはなっても、包括的なイメージは持てなかった。

    その「語らない理由」、「命を懸けた青春」、「無言で働く父親たち」をなんとなく理解できた気がした。

    いい時代なんかじゃなかった。死があり無数の敗北があった。だが、かけがえのない“われらの時代”だった。だれもが他者のことを考えようとした。ベトナム反戦は真剣だったが、平和で安全な地域にいることの後ろめたさが拭えず過激な衝動に身を投じた人達がいた。時に同志であったはずのその人達は、人を傷付け、犯罪者となっていった。

    大きな正義と矛盾のなかで恵まれた環境にいることが、自分と他人を傷付ける原因になっていた。

    そんな世代が自分たちを産み、育てたとはじめて実感した。

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    2011年07月08日
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    実は「マイ・バック・ページ」は妻夫木聡&松山ケンイチ出演でちょうど映画化されている。
    映画も先日観てみたのだが、この原作本の幾つかの章をエピソードとして散りばめながらストーリーを展開。
    そして映画の幹となるのは、「逮捕まで」という章になっている。

    全体を通しての「どんより感」・・・これは60年代には仕方の無いことか。
    川本三郎氏は「週刊朝日」の記者であるが、映画では「週刊東都」という設定になっている。
    この時代のジャーナリストというのは、ホントに命かけて果敢に取り組んでいたのだろうな・・。
    原作本自体は、ドラマティックという感じでなく、川本氏の全くの回想録。
    そして回想録だからこそ、話せる本当の事実がある。

    「実は大変なことがたくさんあった。あんなことがあって、結局オレはこうなったんだ」
    端的に言えば、こんな感じの本である。←強引にまとめすぎ。

    原作本を先に読んでいる人は、「あの本をこういう形でまとめたのか」と思うだろう。
    しかし映画を観た後に、原作本を読んでも・・おそらくあまり感動は無いだろうね。
    (川本氏の本がつまらないということでは、決してありません。)

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    2011年07月02日
  • 向田邦子と昭和の東京

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    「言葉」「食」「父」「家族」などの視点から、向田邦子作品を読み解く中で、高度成長とともに日本が失ったものを、改めて確認する一冊。もしもお元気ならば、今年八十歳とのこと。当たり前のことなのかもしれないけれど、びっくりしました。

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    2012年07月08日