波多野澄雄のレビュー一覧

  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    ”まえがき”より
    「大東亜戦争」は「日米戦争」、「日英戦争」、「日中戦争」、「日ソ戦争」という、四つの戦場の「複合戦争」であった。

    なるほど!


    映画”日本のいちばん長い日”ではブレずに終戦に向かう鈴木貫太郎が描かれていたと思うが、実際のところは色々と紆余曲折があったんだなあ、と。

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    2025年09月26日
  • 決定版 日中戦争(新潮新書)

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     日本の行動を見ると、遅れた戦争をしているとつくづく思う。まるで第一次世界大戦時のドイツの劣化コピー。
     第一次世界大戦時のドイツも皇帝・軍部・政府・議会・各州各地域に権力が分散していた。第一次の時に敗戦したことが権力集中を可能にし、皮肉にもヒトラーの台頭につながったといえる。
     第一次の敗戦を経験していない日本には権力集中など土台無理な話。元老たちが世を去って逝くにしたがって、中心は失われていった。そのため本の帯にあるように「ズルズル」現場に引きずられながら、いたずらに拡大に拡大を重ねた。

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    2019年01月28日
  • 国家と歴史 戦後日本の歴史問題

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    筑波大学人文社会科学研究科教授(日本政治外交史)の波多野澄雄(1947-)による、戦争犠牲者への国家賠償を中心とした戦後日本国家の歴史観の検証。

    【構成】
     序章 戦争検証の挫折
    第1部 サンフランシスコ講和体制
     第1章 東京裁判と戦犯釈放
      1 東京裁判 遠ざかる日中戦争
      2 講和と戦犯釈放問題
     第2章 「戦争犠牲者」とは誰か-「国家補償」と戦争賠償
      1 援護立法と「国家補償」
      2 戦争賠償への意識-冷戦下の東南アジア賠償
     第3章 「植民地帝国」の清算-請求権と国籍放棄
      1 特殊な取引-在外私有財産と賠償請求
      2 国籍放棄の非情
    第2部 1980年代-「公平」と

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    2012年03月20日
  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    1941年12月8日に,ハワイの真珠湾に奇襲攻撃をかけて沸き立った日本国民だったが,翌年1942年6月6日には,ハワイのそばのミッドウェー海戦で大敗北を期した。
    この後,アメリカの優勢は揺るぎないものとなっていく。

    前線がどんどんと後退し,本土に迫っていくるにも関わらず,なお打って出ようと作戦を立てたりする指導部。

    この内閣の変遷を見ても,戦前・戦中・戦後と,指導部の指導性のなさがよくわかる。

    東条英樹内閣 1941.10.18~1944.7. (2年9ヶ月) 戦争内閣
    小磯国昭内閣 1944.7.22~1945.4. (8ヶ月ちょっと) 捷号作戦
    鈴木貫太郎内閣 1945.4.7~19

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    2026年01月08日
  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    和平工作から昭和天皇の「聖断」まで、とのサブタイトル。和平工作の稚拙さというか強力に和平工作を行う必然性をなんとなく感じていない中でのソ連ルートやスウェーデン、ヴァチカンルート検討の本気度の薄さ、根拠のない一撃和平論を信じたがった天皇を含めた日本の指導者たちの悠長さ現実感のなさが終戦を遅らせたのは間違いないだろう。
    原爆投下やソ連参戦を「国体」を護持した形での終戦に持ち込むことができる「天佑」と受け止めたという米内をはじめとした指導者たちの気持ちはすべての戦争犠牲者からはかけ離れていたにちがいない。本土決戦の実現を待ち望んでいた国民がいたのかどうかはよくわからないがそれも戦争指導の教育の結果で

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    2025年12月21日
  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    終戦の決断はなぜ1945年までかかったのか?
    サイパンが陥落した時に戦争の継続を諦めることはできなかったのか。せめてあと半年早ければ、とずっと思っている。
    歴史の後出しジャンケンと分かってはいるけど、そう思う。なのでこの手合いの書籍は無条件で手に取ってしまう。そして読む度にがっかりする。いかに帝国憲法下とはいえ、国民のことを考えていた人間は政府と軍にはいなかったんだね。皇室と自らの組織だけが大切だったわけだ。

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    2025年11月23日
  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    ネタバレ

    1944年~1945年8月終戦までに至る日本の和平工作。軍人や政治家たちは国民のことを本当に考えていたのか?と思ってしまう。国体護持にこだわりすぎていた。昭和天皇の聖断が無ければ終戦は遅かったかもしれない。しかし、もっと早く終戦を決断できれば世界唯一の被爆国になっていなかったかもしれないし、ソ連による北方領土の不法占拠も無かったかもしれない。そして更に終戦が遅ければ、北海道はソ連の領土となっていかもしれないと思うと・・・私はこの世にいなかったもしれない。

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    2025年10月07日
  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    1945年に太平洋戦争が終結したが、和平工作はそれ以前から水面下で行われた。重光葵、近衛文麿、広田弘毅など多くの指導者が他国との交渉に当たったが、目立った成果はなかった。最終的にソ連を仲介した和平工作を決断し、結局日ソ中立条約は破られて満州国に侵攻した。では昭和天皇を含めて指導者がなぜ中国、スイス、スウェーデン、ヴァチカンでなく、ソ連との和平工作に賛同したかというと、日本に対する無条件降伏を改める力を持つ中立国がソ連しかなかったためである。

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    2025年09月07日
  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    複合戦争であったという観点は、確かに今まで考えたことはなかった。対米が中心という固定観念があったのは、戦後の占領のイメージが強いからだな。
     それゆえ仕方が無いのだが、時間軸に沿っていないから、話があちこちになっていく感じがしてしまう。もちろん、それは欠点とは言えないのだが。

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    2025年08月18日
  • 決定版 日中戦争(新潮新書)

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    有識者5人により日中戦争について書かれた本。3部10章から成り、5人で各章を担当している。特に、戸部先生と庄司氏の内容が素晴らしく、勉強になった。

    「(日中専門家による共同研究)太平洋戦争の勃発によって中国は、世界大の「反ファシズム統一戦線」の重要局面である中国戦線を一手に担い、日本軍を消耗させたがゆえに、連合国の「世界反ファシズム戦争」の勝利も実現した、という第二次世界大戦像は動かしがたいことを確認することになった。中国以外の連合国が抗日戦争の勝利に貢献したという側面が入る余地は少ないのである。以上のような傾向は、現在の習近平政権になって、さらに強まりつつある」p5
    「(リットン報告書)報

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    2022年05月08日
  • 決定版 大東亜戦争(上)(新潮新書)

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    冒頭が太平洋戦争ではなく大東亜戦争というのでイデオロギー色の強いものかと思えばさにあらず。太平洋という米軍相手のものではなく、英米中ソとのそれぞれにある程度独立したものが重なった複合戦争で広域で行われたことと、戦争目的が開戦時の自存自衛から大東亜新秩序建設に変容していったことを主な理由としている。

    その前提の下、各章は別々の著者の下、オムニバス的に展開されるが、英米の戦争指導を概観した2章、中国国民党・共産党の戦争観や指導方針についての3章、財政金融面からの6章が、自分にとっては大東亜戦争を見る新たな視点として、特に面白かった。

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    2022年04月10日
  • 決定版 大東亜戦争(下)(新潮新書)

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    特に第7章戦争指導体制、第9章戦争終結、第11章賠償問題が勉強になる。個人的には下巻の方が面白かった。
    ・日本は統帥権を実務レベルで調整する仕組みを最後まで持たず、大本営会議は報告の場に過ぎなかった。これは、デモクラシーのイギリスが戦時独裁を許容したこととの対比で興味深い。
    ・日米間に存在した信頼関係のためポツダム宣言を受諾することができた。

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    2022年01月10日
  • 決定版 大東亜戦争(下)(新潮新書)

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    上巻に続いて、下巻では大東亜戦争や太平洋戦争と言う名前付けや、戦後の皇族のアジア諸国に対する慰霊の旅や戦争終結に向けての動きなどが書かれています。
    大本営と言う存在が上手く機能せず、軍部が勝手に動いて、中国での戦争の場を広めていく。政治家である民が軍をコントロールしないといけないが、それが出来ない国は滅びていく。

    今回印象的だったのが、外交の大切さではないかと思いました。長い目で見て、譲るべき所は譲り、機が熟したら、果敢に攻める。しかし、軍隊は短期的な視点でしか見れない、目の前の利益を手に入れないといけないから、譲ることはないという。人の本能の様なものかもしれませんが、戦争ほど非効率的なもの

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    2021年10月27日
  • 「徴用工」問題とは何か 朝鮮人労務動員の実態と日韓対立

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    要点がよく整理されており分かりやすい。また日本、韓国どちらかに寄りすぎることもなく理性的に解説してくれている。この問題の入門書としては最適。

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    2021年02月13日
  • 決定版 日中戦争(新潮新書)

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    日中戦争は、本当によくわからないものだったので、一つの理解の筋を得られたように思った。はじめてしまったら、なかなか終われない。なんでとそうだが、難しい。終結の難しさ。御前会議での陸軍の頑固さは何かと思っていたが、中国での戦いを考えると、確かに理解出来る面がある。目の前の相手に、全く負けていないのに、降伏せざるを得ない。それは出来ないなぁ、と。でも、全体を見渡すと、降伏せざるを得ない。

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    2019年03月01日
  • 決定版 日中戦争(新潮新書)

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    229頁2行目で、
    カイロ会談当時、「中華民国国民政府主席」であったはずの蒋介石の肩書きは「総統」と書かれる。
    専門者にとっては、とんでもないミスではないか...

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    2018年12月19日
  • 国家と歴史 戦後日本の歴史問題

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    太平洋戦争が終わってもうすぐ70年が経つというのに、いつまでたっても出てくる戦争の話題。何で今も中国人や韓国人が訴訟を起こしてるの?歴史教科書問題ってよく騒いでるけど何でそんなに騒ぐの?という戦後生まれの方々に是非オススメ。
    戦後史をずっと研究していた著者様(大学教授)なので、非常に言葉を選んで中立的に書いているなあという印象を受けた。ここに書いてある歴史問題の経緯は、日本国民のどれくらいが知っているのかなと思った。

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    2014年03月30日
  • 国家と歴史 戦後日本の歴史問題

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    週刊東洋経済の「読書特集号」で、推薦されていたので読んでみた。

    一言で言えば、戦後の日本と東アジア諸国との見解の違いがどのようにして生まれたのか、政治史の視点で丹念に追った本だと思う。新書にしては、中味は濃いと思う。

    内容は3部にわかれており、一部のサンフランシスコ講話体制では、先般の扱い、国家補償と戦争賠償、植民地帝国の清算の視点から戦後の体制がどのように成り立ったかをまとめている。二部では、80年代の靖国問題、教科書問題、戦後補償をどのような心情として扱ったかをまとめている。三部では、細川政権から村山談話の問題などの歴史認識を扱っている。

    戦争のある歴史認識は非常に難しい問題であり、

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    2012年09月15日
  • 国家と歴史 戦後日本の歴史問題

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    【読書その5】久しぶりに今の職場に直結の本。著者は筑波大の波多野澄雄氏。慰安婦問題に対処するアジア女性基金の資料調査、村山内閣のアジア歴史資料センターの設立準備と運営、安倍内閣の日中歴史共同研究、政権交代後の日米「密約」問題に関する有識者委員会の委員、そして今の職場の関係では九段の昭和館の有識者会議など、政府の数多くの委員を歴任している。東京裁判、靖国問題、歴史教育問題、従軍慰安婦問題等を取り上げ、政府のこれまでの戦争検証のスタンスを論じている。岩波新書の「遺族と戦後」と同様に戦後問題の背景等を学ぶ良著だと思う。

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    2012年01月17日
  • 日本終戦史1944-1945 和平工作から昭和天皇の「聖断」まで

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    特別な視点などは無かったけど、1945年に入ってから、何故あれほどソ連を介した工作に拘泥したかが、あらためて理解できた。
    それから、ポスト東條に、いわゆる皇道派はじめ陸軍内で傍流となっていた将官を据える構想が、近衛文麿周辺で割と真面目に考えられていたのは、あまり知らなかったことだった。ただ、文中にもあるように、真崎甚三郎は皇道派の大物、二.二六事件の「黒幕」として天皇本人はじめ宮中での忌避感は強かったし、宇垣一成は一般的には皇道派に分類されることはないけど、むきだしの政治性が天皇から極度に嫌悪されているのが、当時からよく知られているので、実現可能性はほとんど無かったでしょう。
    なお、些末ながら

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    2025年12月07日