波多野澄雄のレビュー一覧
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週刊東洋経済の「読書特集号」で、推薦されていたので読んでみた。
一言で言えば、戦後の日本と東アジア諸国との見解の違いがどのようにして生まれたのか、政治史の視点で丹念に追った本だと思う。新書にしては、中味は濃いと思う。
内容は3部にわかれており、一部のサンフランシスコ講話体制では、先般の扱い、国家補償と戦争賠償、植民地帝国の清算の視点から戦後の体制がどのように成り立ったかをまとめている。二部では、80年代の靖国問題、教科書問題、戦後補償をどのような心情として扱ったかをまとめている。三部では、細川政権から村山談話の問題などの歴史認識を扱っている。
戦争のある歴史認識は非常に難しい問題であり、その原因や人への刑罰・補償、などの形や言葉だけでなく、実際の形(金銭など)での補償などは当事者の認識や両者の歴史や関係が含まれる。事実とは何か、そしてどのようにそれを処理していき、歴史の視点でどのように見るべきなのか、いろいろ考えさせられた。 -
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特別な視点などは無かったけど、1945年に入ってから、何故あれほどソ連を介した工作に拘泥したかが、あらためて理解できた。
それから、ポスト東條に、いわゆる皇道派はじめ陸軍内で傍流となっていた将官を据える構想が、近衛文麿周辺で割と真面目に考えられていたのは、あまり知らなかったことだった。ただ、文中にもあるように、真崎甚三郎は皇道派の大物、二.二六事件の「黒幕」として天皇本人はじめ宮中での忌避感は強かったし、宇垣一成は一般的には皇道派に分類されることはないけど、むきだしの政治性が天皇から極度に嫌悪されているのが、当時からよく知られているので、実現可能性はほとんど無かったでしょう。
なお、些末ながら、まえがきにて、
「二度の『聖断』による終戦は、国内戦場化や政府の崩壊…が避けられたという意味で…」
と述べられているのだけど、沖縄は「国内」じゃないんだ、と思ってしまった。このあたりは、著者本人もさることながら、編集者の注意が足りないのだと思う。他にも本文で、前出が無い人物に肩書きなどが付いていない姓のみの記述がある、つまり、校正不足と思われる箇所がいくつかあって、ここ20年くらいの新書濫造が感じられる。 -
Posted by ブクログ
最初は「失敗の本質」のような戦略面からの日本の失敗を書いたものかと思いましたが、日本という立場だけでなく、アメリカやイギリス、そして中国から見た太平洋戦争と言うのが興味深かったです。
先進的なアメリカでも、海軍や陸軍で利益が異なり、一枚岩てなかったと言うのも始めてしりました。ヨーロッパと太平洋の2面同時に動けるのはアメリカぐらいかもしれませんが。ドイツこそが本丸と言うのも、納得出来ます。
中国もまた終戦間際に、日本からの和平を持ち込まれたりとした話もあったのですね。
今の政治家と、戦中の政治家は、そんなに変わらないのかなと想います。他人事のようですからね。 -
Posted by ブクログ
日韓の国交正常化への議論の流れを丁寧に追う叙述は大変勉強になった。双方のギリギリの妥協と言わばごまかしの産物だと思うと、両国の当時の交渉担当者に頭の下がる思いである。
本書はしきりに、日本の植民地支配は韓国の近代化を助けた側面がある、徴用工の労務環境はさして劣悪だったとは言えない、強制的なものも少なかった、植民地化自体は当時合法であり、世界中でそのような補償を行なった例はない。などという記述が目立つ。
客観的に捉えて、全て事実の要素は含み、著者の言う通り、この問題は白黒で塗り潰せるようなものではないとは思う。
しかし。仮にただ一人でも強制的に劣悪な環境で働かされた人がいたならば、制度自体を美化することはできない。これは、技能実習生問題でも同じことが言える。
さらに、「歴史認識とは何か」で指摘されているように、諸外国もやってたからーなどという主張は、「恥ずべき」行為だと僕は思う。
その点で、これらの主張は少なくとも日本側がすべきものでなく、韓国側の歴史研究の果てにこのような意見が出てくるのであればそれを受け止める、というのが筋であろうと思う。
特に初めの二章の記述に気になるところが多く、喉に骨がつかえたような形になってしまったが、改めて問題の複雑さを認識できた点で、本書は優れていると思う。特に、韓国側の司法判断の意味をこれほどわかりやすく示されたのは初めてで、それだけで本書を読んで良かったとは思う -
Posted by ブクログ
・南京事件
南京陥落前後に生起した日本軍による南京事件は、現在でも活発な議論がなされているが、外務省のウェブサイトの「歴史問題Q&A」では、「非戦闘員の殺害や略奪行為等があった事は否定できないと考えています。しかしながら、被害者の具体的な人数については諸説あり、政府としてどれが正しい数かを認定する事は困難であると考えています」と記されている。以下、事件の概要を示す。
①性格
中国では、その組織性や計画性が強調され、さらに、Iris Changの著書The Rape of Nanking:The Forgotten Holocaust of World War Ⅱ(1997)のタイトルが象徴するように、ホロコーストと並べて論じられることもある。
一方、「日中歴史共同研究報告書」は、「日本軍による捕虜、敗残兵、便衣兵、および一部の市民に対して集団的、個別的な虐殺事件が発生し、強姦、略奪や放火も頻発した」と記述されており、計画性や大規模な組織性は否定されている。
②犠牲者数
日本軍による虐殺行為の犠牲者数は、極東国際軍事裁判における判決では20万人以上(松井司令官に対する判決文では10万人以上)、1947年の南京戦犯裁判軍事法廷では30万人以上とされ、中国の見解は後者の判決に依拠している。一方、「日本報告書」では、「日本側の研究では20万人を上限として、4万人、2万人など様々な推計がなされている」と記述されている。このように犠牲者数に諸説がある背景には、「虐殺」(不法殺害)の定義、対象とする期間、地域(例えば東京裁判では、期間は12月13日の南京陥落から6週間、地域は南京市とその周辺とされている)、埋葬記録や人口統計などの資料に対する検証の相違が存在している。
目下、中国は、日中関係の基礎としての第二次世界大戦での中国の勝利と日本の敗戦との関係性をカイロ宣言に基づいて理解している。中国は戦勝をカイロ宣言とポツダム宣言で理解している、といっていい。それに対して、日本はポツダム宣言とサンフランシスコ講和条約に依拠して敗戦を理解している。これこそが尖閣諸島などの領土問題や歴史認識問題をめぐる日中間の論理立ての根源的矛盾のひとつである。尖閣諸島について、日本がサンフランシスコ講和条約交渉過程でアメリカにより日本領だと認定されたと主張し、中国がカイロ宣言で中華民国に返還されるとされた台湾に尖閣諸島が含まれるとしているのは、その代表的な論点であろう。