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【和辻哲郎文化賞受賞作】「エセー」刊行後、ミシェルは持病に苦しみながらも国外に旅立ち、見聞を広めていく。精神は未知のもの、新奇なものに触れさらに昂揚した。再びモンテーニュの城館へ帰着するや、推薦されてボルドー市長となる。国情不安定、ペストの流行といった困難を極める中、人間的英知はいっそうの高まりをみた。偉大な思想家の魂を跡づける長編、ここに完結。
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Posted by ブクログ
堀田善衛の独特の心地よい語り口に導かれて、ミシェル・モンテーニュの生涯をゆっくりと辿ってきたこの長編も、ついに最終巻。 ラテン語を母語として育ったミシェルにとって、ローマへの17か月にわたる旅は、コスモポリタン的自己を再確認するものでもあったが、フランスに帰国した彼を待ち受けていたのは、ボルドー市長...続きを読む就任の辞令であった。政治的状況に背を向けるのではなく、関わることを否定はしない。しかし絶対的な基準で自己と他者を縛ることを避けようとする中庸の姿勢は、ここでも変わらない。いったん職を引き受けたからには必要な労苦は惜しまないが、それは「臨時の貸付」なのだという。宗教戦争やペストの流行のためにボルドー市政の仕事は決して楽なものではなかったようだが、市民の支持も得て2期をつとめたミシェルは、「爪の幅ほども私から逸れず、自分から自分を奪わないで、自分を他人にあたえることができた」と言い、市長職にいる間に大した功績を残さなかったと評されて「結構なことだ。多くの人がやりすぎるときに、わたしは無為を咎められるのだから」などと書いている。 しかしフランスを覆う政治的暴力の中で、しばしば懐疑主義と呼ばれる<絶対的な判断をもたない私>という自己への平明なまなざしを保つがゆえに、カトリックを奉じる現王室とプロテスタント派の首領にして次期国王となるナヴァール公アンリの両方から篤い信頼を得ていたミシェルが、それゆえになお困難な政治的使命を担うことになるのは、まさにこれ以降の晩年期のことであり、そしてここにきて、語り手の堀田善衛は、彼をミシェルでなく「モンテーニュ」と呼ぶようになるのである。 「城館の人」であることを捨て、誘拐や投獄という命の危険に身をさらしてまで遂行しようとした両派の和解は、ついに彼の生前に達成されることはなかった。そのことが失望をもたらさなかったわけではないだろう。にもかかわらず、堀田善衛氏の紹介による『エセ―』の断片から伝わってくるのは、何よりも、自らの正しさを信じて疑わない人びとの底なしの愚かさ残酷さを直視しながらもなお失われることのない、自身の身体と生そして世界への真っ直ぐで善良なまなざしなのである。 「私は、神が私に授与し給うままの人生を愛し耕す」「私は…不機嫌で気難しくなった理性をなだめて、それを受け入れさせる。私がいくらか平静な状態にあって、なんらかの快楽にくすぐられるときには、それを感覚にばかりすり取らせておかないで、精神にも仲間入りをさせる。精神をそこに深入りさせるためではなく、楽しませるためである。そこで自分を見失わせるためではなく、自分を見出させるためである。そして精神に、幸せな状態にある自分の姿を眺めさせ、その幸福を考察させ、尊重させ、増幅させようとする。」 まさにニーチェが評するごとく、「人の心を晴れやかにする本物の明朗さ」がここにある。最後に、読書家としてはいささか奇妙かもしれないが、もっとも気に入った言葉を引用して終わりにしたい。 「話し合うということは、人生の他のどんな行為よりも楽しいものだと思う。だから私は、もしもいま、どちらかを選ばねばならなくなったら、耳や舌を失うよりは目を失う方に賛成するだろうと思う。」
エセーを読んで断片的には理解できても(そしてまたその断片がまた一々興味深いのだが)モンテーニュという人のトータルな把握に困難を覚えた一読者として、本書は単に有用であるというよりも、なくてはならない副読本だ。 特に最終巻である本書で扱う晩年に至っての思想形成こそエセーをエセーたらしめている精髄だという...続きを読むのが著者の立場であり、モンテーニュ自身の生涯に対する詳細な検証に裏付けられている。
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