Posted by ブクログ
2022年12月31日
フランス語では小説をRomanと言う。壮大な夢を見させてくれるロマン。それは小説という表現形態が持つエネルギーのことであり、作者から読者へと伝わる広大な夢の世界でもあると思う。例え現実を基にした作品と言えども、作者がそれを夢やロマンという形で言葉にし、文章にするとき、完成されたものとしての小説=ロ...続きを読むマンを読む人の心は、その作品に呼応した心の化学反応のようなものを少なからず見せるものなのだろう。
小説の持つ力をあなどるべきではない。そんなことを感じさせるのが最近ぼくが集中して向き合っている原田マハの作品である。この作家、実は彼女のどの作品からも、何故か心に共鳴する言葉たちが感じ取られる。読者の心の中でいくたびも再生されてゆく物語の持つ力。読んでいる間も読後もおのずと立ち昇る夢のような世界。言葉と、人々の心の美しさとを、何もなかった虚空に蘇らせて満たしてしまう力。
いつの時代にも地球は住み心地の良いものとは言い難く、欲望・悪意・戦争・悲惨等々に満ち溢れている。時代により、国により、それは雑多な人間の業の集合体のような巨大な罪までをも想像させられる。でも小説はそれらの世界から人間やその物語を思いのままに切り取る力を持っている。大法螺であれ、儚い夢であれ、それを、その時代を選択した作者の世界観や物語力に、ぼくら読者は身を委ねることができる。それがイコール現実でないとしても、我々の生きる時間に間接的にであれ確かな力を与えてくれることがある。
本書は、世界横断飛行という夢というかたちで壮大なロマンを提供してくれるスケールの大きな歴史冒険小説である。我らが主人公は、実在した女性飛行士アメリア・イヤハートを基に、新たにフィクショナル・キャラクターとして創り上げられている。夢と心と人間的魅力とを、作者は作品の主人公であるエイミー・イーグルウィングという架空の女性に、限りなく真実に近いかたちで託しているように思う。
原田マハがなぜこの題材に出会ったのかは、作品のご本人のあとがきに詳しい。毎日新聞社の社用機「ニッポン」という飛行機が、かつて太平洋戦争直前に初の世界一周を成し遂げたこと。その事実が戦後GHQによって隠蔽されていたこと。このニッポン号のことを小説に書いてほしいと、飛行機マニアの作者の知人に提案されたばかりか、その知人がニッポン号快挙の70周年企画として毎日新聞社との渡りをつけるなど諸々の手配もされた裏話等々である。いわばデビュー後、間もない原田マハという作家が、時代と社会のニーズに応え、このような夢と冒険に満ち満ちた作品を書く運命となったということである。史実に基づく題材だから相当な下調べ期間を要したことだろう。巻末の参考文献や資料、実際のニッポン号と乗組員の1930年代の写真なども生々しい。相当な準備なしに書ける小説ではなかった、ということである。
作品前半は、世界一周チャレンジ中に消息を絶ったエイミーの冒険を主軸に描く。彼女を取り巻く世界緊張のシチュエーション下で、エイミーの淡い恋の気配、飛行仲間たちとの連帯、さらに米軍部のスパイ活動が彼女のフライトに謎めいた気配と緊張感をもたらすという、素晴らしい描写に盛り上がる。
対する後半部は、主編とも言うべき史実に基づくニッポン号の冒険譚である。この冒険飛行に関わってゆくニッポン号乗員7人のそれぞれの個性や役割はもちろん、飛行そのもののスリリングな描写、世界に影を落とし始めた第二次世界大戦のきな臭い空気など、スケール感のある小説世界に息を飲むことになる。
準備にも執筆にも相当の時間をかけたであろうこの作品の重さ、大空を舞台に広がる夢の大きさ、登場する男女たちの個性や友情やロマンスなど、第一級のスケールと高いエンターテインメント性を感じさせる傑作であり、文字通りの労作と言える。物語と歴史的事実を重ね合わせて、多面的に読むことができる歴史冒険小説である。また、現代を見る鏡としての役割も果たしているようにぼくは思う。この作品が描いた大戦直前という時代と、現在の世界に漂いつつある緊張感がどことなく共通しているようにも思えるところから、今、多くの方に手に取って頂きたい作品である。