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Posted by ブクログ
オウム真理教は、自分が大学のときに上京して初めて一人暮らしをした杉並区永福町が、彼らが立候補した選挙区になっていたので、毎日駅前で「しょ~こ~、しょ~こ~、あ・さ・は・ら・しょうこ~」という歌を聞き、なぜか今もって理由がわからない象のかぶり物をした若者たちが井の頭線永福町の駅前でチラシを配っているのを見ていた。
その後の1994年3月、就職前の卒業旅行で乗り継ぎ地のモスクワ空港で成田への帰国便を待っているときに、やたらと白衣の日本人が目についた。時折ヘッドギアをつけている人が混じっているのを見て、ロシアでは何か変な医療旅行が流行ってるのかと思っていたら、乗り込んだアエロフロートの飛行機のビジネスクラスのシートの一角を、さっき見た白衣の日本人が占めており、その中に麻原彰晃の姿を認めたことで合点がいった。成田空港でトイレに行くのもお付きのものがぞろぞろとついて回るのを見てすごいなあと思う一方、滑稽な人たちだなと思っていた。
彼らが、その一年後、あんな大事件を起こすとは思わなかった。
上の件は、飲み会で散々ネタにした後、裁判の行方も気にせず、日本が忘却するのと同じように、自分の中でも忘却するに任せていた。
その後、村上春樹が上梓した『アンダーグラウンド』と『約束された場所で』を読み、オウムのことを思い出したが、やはり深くその意味を考えることがなかった。著者がいう「忘却」に、自分も同調している側のひとりであった。最近になるまで映画『A』や『A2』の存在も知らず、もちろんこの『A3』という本もその存在自体が目に入っていなかった。麻原彰晃と同じ飛行機に乗って、そのことをネタにして自慢げに話していたのにも関わらず。
オウム事件と同じくらい、オウム裁判には注目が集まるべきだったと思う。
森達也がオウムに出会ったのはある意味では我々にとって幸運だったのかもしれない。
来年の2015年は、あの年から20年になる。
Posted by ブクログ
p.26
こんな事情を背景にモザイクは濫用され、やがて視聴者も馴れ始めた。つまり、例外の常態化だ。
p.93
かつて今も死刑を決めた判決文の多くには、「死刑を求めざるをえない」との常套句が、とても頻繁に使われている。つまり死刑は「突出した刑罰である」との前提が存在していた。実際に他の刑罰のすべてが教育刑であることを考えれば、死刑はきわめて例外的な刑罰だ。でも光市母子殺害事件において最高裁が出した「死刑を求めない理由はない」との二重否定が意味することは、まずは「死刑ありき」という前提だ。例外が例外ではなくなった。
p.249
強引な施設誘致の背景には、とにかくオウムの痕跡を消し去りたいとする地元の要望が大きく働いていた。跡地のままならば以前の記憶が滞留する。だから新しい何かで更新したい。
p.323
なぜオウムが不特定多数を殺戮しようとしたのか、その理由がどうしてもわからない。だからこそ不安と恐怖が疼き続ける。善悪二分化が進行する。これに対抗するために集団化が進み、見えない悪の可視化を求め、過剰なセキュリティ社会が出現し(現在の日本の監視カメラ数はイギリスを抜いて世界一位と推測されている)、厳罰化が進行した。
p.326
アーレントが(君が絞首されねばならぬとした)「その唯一の理由」としたことは、「多くの人の殺害に関与したから」ではなく、ましてや(最近の日本の裁判官が判決理由で述べるような)「残虐このうえく」とか「あまりに身勝手すぎ」とか「更生の可能性もなく」でもなく、ナチスという政治体系の指示に従ったことである。(アイヒマン)
裁かれるべきはアイヒマンの特異性ではなく、優秀な中間官吏としてのアイヒマンの凡庸さなのだ。
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