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Posted by ブクログ
高校生のとき、現代文の参考書で読んだことをなぜかずっと覚えていた本。会社の研修で、これからは量子(目に見えないものの時代)という話をきいて思い出して読んでみた〜
身分制が崩壊することで技術についてマニュアルが求められるようになり、客観性を謳う科学が登場したこと。科学は再現性のある事物しか扱えず、繰り返さないこと(例えば『私』についてなど)は説明できないこと。そこに物足りなさや不安を覚えた人が、ニーズを満たすためにオカルトやカルト宗教を使うようになった〜みたいなストーリーはとても分かりやすかった。
第4章の前半で、科学は繰り返ししか扱えない、という記述を読みながら、そうか私の人生なんて全くもって再現性のないことだよな〜と思っていたら、まさしくそのような議論に進んで嬉しかった。たとえば、花を育てるとして「この花は無事に育つだろうか、花びらは何枚ついてるだろうか...」なんて考えないけど、私が自分の人生について思い悩むのはこれと大して変わらないことなのかもな〜なんて。
自分を自分たらしめているのは、数々の幸福な、愛しい、悲しい、悔しい、辛いなどの個人的な経験たちだけれども、それらは本文に書かれていた「きわめて特別な体験」ということなのかもなあなんて思った
第6章以降の議論は(いい意味で)発散しているように感じたというか、こんな方向にもってくのか!と驚いた。養老さんの解説もおもしろい。お二人の著書をもっと読んでみたくなった。
Posted by ブクログ
『構造主義科学論の冒険』(講談社学術文庫)や『科学はどこまでいくのか』(ちくま文庫)につづく、著者の科学論が開陳されている本です。
本書では、著者の「構造主義科学論」にもとづいて、同一性を記述することが科学という営みの本質であるという考えが語られるとともに、そうした科学という営みを歴史的ないし社会的な観点から考察して、オカルトとの関係についての議論が展開されています。
科学はオカルトを起源としながらも、オカルトとは異なり客観性を担保しうることで正統な知として社会に承認されるようになったことや、そうした正統な知としての科学によってすくいとることのできない領域に心霊主義などのオカルトが流行する理由が求められること、さらに現代のカルト宗教が、科学によってあつかうことのできない「かけがえのない私」についての問いかけにこたえを求める人びとを引き寄せているけれども、その教義が正統な知である科学のグロテスクな反復になっていることなどが、比較的自由なスタイルで論じられています。
現代社会における科学のありかたについてわかりやすく解説している本ですが、ややテーマが拡散している印象もあります。
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