Posted by ブクログ
2014年08月26日
冒頭───
大阪難波、淀屋デパートに着いたのは十時五分前だった。タクシーを降りて新館に向かう。玄関前には七、八人の女性客が並んでいた。待っているはずの美術部長の姿が見あたらない。
「どうしたんや、伊谷は。おらんやないか」
腕の時計に眼をやって、いらだたしげに室生がいう。
「おかしいですね。十分前に...続きを読むは新館の前にいるというたんですけど」
大村は室生のそばを離れた。小走りで『虹の街』のほうへ行く。カフェテリアの向かいにもう一カ所、淀屋の入り口があったが、そこにも伊谷はいなかった。
黒川博行の作品は特徴がいくつかある。
一、常に関西が舞台である
二、主人公と連れ添う相方が存在し、二人を中心に話が展開する
三、相方との関西弁での会話が絶妙、或いは相方への秘めた心理描写が面白い
四、可愛い女性が良いキャラを演じている
私がこれまで読んだ作品は全てこれに当てはまった。
この四つが絡まり合って、とにかく読んでいて楽しい。
この作品は美術界の内幕、芸術院会員になるための派閥争いや贈収賄などの裏抗争を描いている。
といっても、これがそのまま現実のことではないだろうが。
でも、清廉潔白に見える芸術分野が、権威や権力を勝ち取るために、裏では金や生臭い争いにまみれているという、いかにもありそうな話になっている。
ここまで過激ではないかもしれないが、これに近い状況がないとは言えないのだろう。
私の知りあい(というにはおこがましいが、年齢がかなり上の方なので)が、天下の東京G大の学長に就任したとき、派閥の戦いがあったという噂を耳にした。
この話のように実弾までは飛び交ってないだろうが。
それでも、この作品内での魑魅魍魎が跋扈するどろどろした抗争は、政治家なども絡まって妙に現実感がある。
最後の落ちも、ある程度予想されたこととはいえ、見事だ。
黒川博行の筆の達者さと言うべきか。
ラストの大村の呟き、
「おれは絵描きやな」
「おれは絵描きやろ」
「絵描きは絵を描かんとあかん」
という台詞は、絵描きは名誉や権力を得るための政治屋ではなく、純粋に絵を描くことにのみ研鑽すべきだという警鐘なのだろう。