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代表作『知られぬ日本の面影』を新編集する待望の第2弾。「鎌倉・江ノ島詣で」「八重垣神社」「美保関にて」「二つの珍しい祭日」ほか、日本に対するハーンの想いと細緻な眼差しを感じる新訳十編。
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Posted by ブクログ
ドラマ「ばけばけ」が大変面白くて、小泉八雲さんに興味をもちました。 旅の紀行文であるが、そのなかに物語があったり、日本人や日本の情景が美しく、情緒たっぷりに表現されていて、その文章に魅了された。近代化していく明治の時代を憂いていたという。 巻末にはセツ夫人の「思い出の記」も掲載されている。愛情に...続きを読む溢れ、妻や子供を愛する、とても素敵な人であった。
明治時代の中国地方の風俗とかがエッセイみたいに記録してあって、外国の人が見た日本だから、日本人なら当たり前だったから書かなかったところが書かれていて記録として面白い。日本人が他の外国の記録を読んでるみたいな気持ちにすらなる。一方で確かにこれは日本人だなぁという行動が記載されていて、ちょっと誇らしくな...続きを読むったり、この頃からこうなんだなと不思議に思ったり情緒が忙しい。
(上巻と同じ内容です) 2012.8記。 突然ですがやっぱり地元の夏祭り・盆踊りというのはよいものです。なぜか振付を熟知しているおばちゃん、よくわからない役割を与えられてねじり鉢巻きで周囲ににらみを利かせているおっさん・・・ 私が小学生(30年前、1980年前後)のころから変わらない風景だが、思...続きを読むえばこのおっさんおばちゃんも30年前はせいぜい30代。つまり1980年代にはそこそこ「盆踊りだせー」とか言っていた世代ではないのだろうか?2030年ごろには僕も地元の公園辺りで「自治会」のテントの下で東京音頭の音量を調節したりしているのだろうか?日頃は都心に電車で働きに出てしまう僕だが、そうやって将来どこであれ地域の行事の継承役の一角を担えるならそれは嬉しいことだ・・・こういう廃れそうで廃れない日本の季節の風物詩を大事にしたいと思う今日この頃。 さて、ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が描写した(おそらくは19世紀末の)出雲における盆踊りの様子は、日本人が読んでもめまいがするほどに美しい。 以下、少し長いが引用です。 「かつてのお寺であった本堂の陰から、踊り子たちが列をなして月の光を浴びながら出てきて、ぴたりと立ち止まった。(中略)・・・すると、太鼓がもうひとつ、ドンと鳴ったのを合図に、さあ、いよいよ盆踊りの始まりである。それは、筆舌に尽くしがたい、想像を絶した、何か夢幻の世界にいるような踊りであった・・・(中略)こうして、いつも無数の白い手が、何か呪文でも紡ぎだしているかのように、掌を上へ下へと向けながら、輪の外側と内側に交互にしなやかに波打っているのである。それに合わせて、妖精の羽根のような袖が、同時にほのかに空中に浮き上がり、本物の翼のような影を落としている。(中略)・・・空を巡る月の下、踊りの輪の真ん中に立っている私は、魔法の輪の中にいるような錯覚を覚えていた。まさにこれは、魔法としかいいようがない。私は、魔法にかけられているのである。幽霊のような手の振り、リズミカルな足の動き、なかでも、美しい袖の軽やかなはためきに、私はすっかり魅了されてしまっていた。幻影のように、音も立たない、なめらかな袖の揺れは、あたかも熱帯地方の大きなコウモリが飛んでいるかのようである。いや、夢だとしても、こんな夢はこれまで見たことがない。」(ラフカディオ・ハーン「日本の面影」(池田雅之訳))
前作『新編 日本の面影』に収録されなかった10編のエッセイと、奥様である小泉節子氏が八雲との思い出を語る『思い出の記』を収録。 八雲のエッセイはもちろん、『思い出の記』を是非読みたかったので手頃な文庫に纏まっているのはありがたい。 俗に言うヘルン語でやり取りする夫妻の会話は、文章だけでも微笑ましく...続きを読む、二人の絆を感じる。
『ばけばけ』も終わりに近づいてきましたが、今ごろやっと『日本の面影』2巻目です。 英語原本は2巻本、700ページあるそうで、全27編のうち、10編を収録。 解説によると全訳ではなく抜粋らしく、翻訳も訳者いわく「私の解釈、読み方の提示(ダイナミック・トランスレーション)」とのことで、大胆に現代語訳さ...続きを読むれているようです。元々が明治の英文だからなあ。 鎌倉、江ノ島、横浜、美穂関、日御碕、隠岐島、八重垣神社などの紀行文、狐信仰、お正月と節分、幽霊とお化けなど日本文化についての考察など。 約130年前の日本なので、鎌倉や江ノ島と言っても現在の姿とはかなり異なる。 円覚寺、建長寺など行ったことがある場所も、大仏や建築を見る視点がそもそも違う。 軽く読める旅エッセイではなく、学術研究のようなところがあるので、だいぶ読みやすくなっているものの、原文はさらに難しかったのではと思う。 狐信仰が中国に由来するとか、しめ縄が『古事記』の天の岩戸に起源があるとか、日本人でも知らなかったよ。 「幽霊とお化け」に出てくる「甲斐の国、身延村」にある「日蓮宗のお寺の参道沿い」に幽霊が「小ぢんまりとした食べもの屋」を出したという話が気になりました。このお寺って身延山久遠寺だよね。 そして、巻末付録におまけのように小泉セツ『思い出の記』が収録されているんですが、これが感動的な名文。 文章として意味がわかりにくいところや拙いところがあるので聞き書きなのかなと思いますが、50ページに満たない短い文章の中に『ばけばけ』が半年かけて描いてきたものが全部つまっている。 というか『ばけばけ』に原作があるとしたら、『思い出の記』がメインテーマなのでしょう。 主題歌『笑ったり転んだり』は、あえて脚本を読まないで『思い出の記』だけ読んで書かれた曲だというのも納得。 「一国」(頑固の意味?)で変わり者でもあったヘルンさんのことを語るセツから溢れる愛、ヘルンさんがセツや日本に捧げた優しい眼差し、「尊い」とはこういうことかという二人の関係。 『ばけばけ』の描き方には賛否両論あるようですが、私的にはあと一年くらいただスキップしたり、散歩したり、探偵ごっこやってくれてもいいよと思うくらい楽しませてもらいました。 『ばけばけ』東京編は『思い出の記』の雰囲気をかなり忠実に再現していると思われるので、残り数話が楽しみです。 (174ページ) 西田さんは、明治三十年三月十五日に亡くなられました。亡くなった後までも「今日途中で、西田さんの後姿見ました、私の車急がせました、あの人、西田さんそっくりでした」などと話した事があります。似ていたのでなつかしかったと言っていました。早稲田大学に参りました時、高田さんが、どこか西田さんに似ていると言って、大層喜んでいました。 (190ページ) 交際を致しませんのも、偏人のようであったのも、皆美しいとか面白いとかいう事を余り大切に致し過ぎる程に好みますからでした。このために、独りで泣いたり怒ったり喜んだりして全く気ちがいのようにも時々見えたのです。 (191ページ) それでも箪笥を開ける音で、わたしの考えこわしました、などと申しますから、引出し一つ開けるにも、そうっと静かに音のしないようにしていました。こんな時には私はいつもあの美しいシャボン玉をこわさぬようにと思いました。 以下、引用。 30 大仏様の美しさ、気高さ、この上ない安らかさは、それを生み出した日本人のより高い精神的生活を反映している。大仏様の縮れ毛や仏教上の象徴的な印が示しているように、インドの仏像からの影響は見られるものの、その技法は日本的なものである。 42 この島には、弁天様の物語もある。弁天様は美の神、愛の化身、雄弁の女神でもある。「海の女神」と呼ばれているのも、ゆえなきことではない。海こそは、古の時代からの最も卓越した「語り手」なのだ。海は、永遠の詩人、波の韻律でもって、世界を揺り動かす神秘に満ちた讃歌の「歌い手」なのではなかろうか。その海の妙なる調べは、いかなる人間といえども、これを真似ることはできないであろう。 68 まだ年端もいかない女の子たちが、縫物、織物、編物、刺繍などの手ほどきを受ける年齢になると、自分が生まれて初めて拵えたものを、この宝寿寺に持参し、「見目うるわしく」して「祈りを捧げる者を見守り給う」この心やさしい観音様にお供えするのである。 87 しかし、庶民の信仰と教義とが一致しているような国が、どこにあるだろうか。神学者や聖職者たちは、教えや教理を編み出しては、広めている。ところが、善良な人間というものは、自分たちの心にかなった神様を作り出すことにこだわるものである。そうしてみずからが作りあげた神こそが、崇敬に足る神様といえるのである。 100 恥ずかしがりやの学生が、自分の心の秘密を私の母国語である英語で竹の上に刻んでいるのだ。書いた当人は一西洋人がそれを見るなどとは夢にも思わなかったであろう。”I wish You, Haru!” (ハルと結ばれんことを!)。この同じ文句を一度だけでなく、四度も五度も竹に彫り込んであるのだ。しかし、どれにも前置詞のforが抜け落ちている。 107 神の家来である狐に対する信仰が、神そのものに対する信仰にとって代わってしまったのである。 110 狐信仰は、元々、中国に由来するものだが、日本に伝わってからまず神道の信仰と奇妙な具合に混ざりあい、次に仏教の呪法などの観念によってさらに変質し、信仰の幅も広がっていった。しかし一般の民衆にとっては、おそらくただ単に狐が恐かったためにお参りするようになったというのが妥当な見方であろう。農民たちはいまだに怖いものを崇めているのだから。 113 古代の神道の神話では、「食物の神の霊」についてはきわめて明解だが、狐についてはまったく触れていない。ところが出雲の農民たちは、ヨーロッパのカトリック諸国の農民と同様、自分たちで神話を作り上げてしまう。稲荷を悪い神として信仰するのか、それとも善い神として拝むのかと尋ねられれば、農民たちは稲荷は善い神なので、稲荷狐も善良だと答えるに違いない。 118 意匠の意味が最も明白な図柄──西洋の骨董屋にとっては、非常になじみのある動植物の生態を描いた見事な作品──のもつ道徳的な意味あいは、一般の西洋人には少しも理解されていない。例えば、安価な宿屋の襖絵に描かれている一筆書きのごくありふれた図柄──海老、松の芽ぶいた枝、渦巻く水の中をよたよたと泳ぐ亀、つがいの鶴、竹の若い小枝など──を取りあげてみるとよく分る。 121 西洋人には、竹のもつ象徴的な意味の謎について、理解するのはむずかしかろう。その意味の謎は、一種の日本語の語呂合せに象徴されているからである。「節(せつ)」と発音する漢字には、二つの意味があり、一つは竹の「ふし」を意味し、もう一つは、「徳」「貞節」「忠誠」を意味する。それゆえ、竹は「幸運」の象徴として用いられているのだ。日本の女の子によく「節」という名前がつけられていることに気づくであろう。それはちょうどイギリスの女の子に「フェイス」(誠実)とか「ファデリア」(貞節)とか「コンスタンス」(忠誠)という名前をつけるのとよく似ている。 122 まずはじめにこの注連縄の起源は、神代の時代の太陽神、天照大神の天の岩戸隠れの神話まで遡ることができる。今さら説明の必要もないであろうが、『古事記』によれば、天照大神はお隠れになった天の岩戸から誘い出されたが、再び戻らないようにと、ある神が岩戸の入口を塞ぎ、縄の網を張りめぐらした。それが注連縄の起源だといわれている。 126 しかし、鬼がなぜひいらぎの葉や鰯の頭をこわがるのか、誰もそのわけを知らないようだ。この不思議な慣習の起源についても、庶民の間ではまったく忘れ去られてしまっている。上流階級の家庭でも、こうした風習は残ってはいるが、今日のイギリス人にヤドリ木やツタの魔力を信じている者がいないのと同様に、この節分の迷信を信じている日本人はいない。 150 毎度おなじみの見せ物の中でも、今夜は蛇を帯のように体に巻きつけた蛇使いの女が出ていないのが、残念だった。おそらく、もう季節が蛇には寒すぎるためであろう。 157 その少し先では、一人の男が、人間の女の顔を持つ二匹の蛇に呑み込まれている。二匹は白と青の蛇で、白蛇はかつてのその男の本妻、青蛇の方は愛人ということであった。 169 二人は、だれにも気づかれることなく、町をあとにしました。それから甲斐の国、身延村へ向かいました。そこには日蓮宗の有名な寺があります。 やがて二人は、お寺へ続く参道沿いに、小ぢんまりとした食べもの屋を出しました。 174 西田さんは、明治三十年三月十五日に亡くなられました。亡くなった後までも「今日途中で、西田さんの後姿見ました、私の車急がせました、あの人、西田さんそっくりでした」などと話した事があります。似ていたのでなつかしかったと言っていました。早稲田大学に参りました時、高田さんが、どこか西田さんに似ていると言って、大層喜んでいました。 182 熊本で始めて夜、二人で散歩致しました時の事を今も思い出します。ある晩ヘルンは散歩から帰りまして「大層面白いところを見つけました。明晩散歩致しましょう」との事です。月のない夜でした。宅を二人で出まして、寂しい路を歩きまして、山の庵に参りますと、この上だと言うのです。草の茫々生えた小笹などの足にさわる小径を上りますと、墓場でした。薄暗い星明かりに沢山の墓がまばらに立っているのが見えます。淋しいところだと思いました。するとヘルンは「あなた、あの蛙の声聞いて下さい」と言うのです。 190 交際を致しませんのも、偏人のようであったのも、皆美しいとか面白いとかいう事を余り大切に致し過ぎる程に好みますからでした。このために、独りで泣いたり怒ったり喜んだりして全く気ちがいのようにも時々見えたのです。 191 それでも箪笥を開ける音で、わたしの考えこわしました、などと申しますから、引出し一つ開けるにも、そうっと静かに音のしないようにしていました。こんな時には私はいつもあの美しいシャボン玉をこわさぬようにと思いました。 193 「アラッ、血が」あれを何度も何度もくりかえさせました。どんな風をして言ったでしょう。その声はどんなでしょう。履物の音は何とあなたに響きますか。その夜はどんなでしたろう、私はこう思います、あなたはどうです、などと本に全くない事まで、いろいろと相談致します。二人の様子を外から見ましたら、全く発狂者のようでしたろうと思われます。 『怪談』の初めにある芳一の話は大層ヘルンの気に入った話でございます。なかなか苦心致しまして、もとは短い物であったのをあんなに致しました。「門を開け」と武士が呼ぶところでも「門を開け」では強味がないと言うので、いろいろ考えて「開門」と致しました。 196 「パパ、カムダウン、サッパー、イズ、レディ」と三人の子供が上り段のところから、声を揃えて案内するのが例でした。いつも「オールラィト、スウィートボーイズ」と言って、嬉しそうに、少し踊るような風で参りますのでございます。 205 方角では西が一番好きで書斎を西向きにせよと申した位です。夕焼けがすると大喜びでした。これを見つけますと、直に私や子供を大急ぎで呼ぶのでございます。いつも急いで参るのですが、それでもよく「一分遅れました、夕焼け少し駄目となりました。なんぼ気の毒」などと申しました。子供等と一緒に「夕焼け小やけ、明日、天気になーれ」と歌ったり、または歌わせたり致しました。 207 私はよく朝顔の事を思い出します。だんだん秋も末になりまして、青い葉が少しずつ黄ばんで、最早ただ末の方に一輪心細げに咲いていたのです。ある朝それを見ました時に「おお、あなた」と言うのです。「美しい勇気と、如何に正直の心」だと言うので、ひどく誉めていました。枯れようとする最後まで、こう美しく咲いているのが感心だ。誉めてやれ、と申すのでございます。 209 活発な婦人よりも優しい淑かな女が好きでした。眼なども西洋人のように上向きでなく、下向きに見ているのを好みました。観音様とか、地蔵様とかあのような眼が好きでございました。私どもが写真をとろうとする時も、少し下を向いて写せと申しましたが、自分のも、そのようになっているのが多いのでございます。
この本の後半は 小泉セツの「思い出の記」がつけられている ヘルンと呼んでいたのでしょうか 夫のことを妻の目でしっかり見ている感じが 微笑ましい セツさん自身はどんな気持ちで 結婚に至ったのか 詳しくはわかりかねるけれど なんだか 心から慕っている様子が 伺える 朝ドラのように大変なことが たくさんあ...続きを読むったでしょうに よく支え続けたと思う 朝ドラもいよいよ熊本へ 旅立ちそうです
・気持ちの準備ができている時は、ゆったりと入ってくる。 ・紀行文はそんな時にいい。 ・雑司ヶ谷を訪れてもいい。
目次 ・弘法大師の書 ・鎌倉・江ノ島詣で ・盆市 ・美保関にて ・日御碕(ひのみさき)にて ・八重垣神社 ・狐 ・二つの珍しい祭日 ・伯耆(ほうき)から隠岐(おき)へ ・幽霊とお化け ・思い出の記…小泉節子 種本である『知られぬ日本の面影』は、日本のことを知らぬ外国向けに書かれたものなので、一つ一...続きを読むつのものや行為の文化的・宗教的背景などを丁寧に説明しているのだけれど、先に出た『日本の面影』の収録から漏れたこちらの作品は、説明の丁寧さよりも、子どものような素直な好奇心で持って眺めているハーンの眼差しが強く感じられた。 日本文化の中のワビサビを尊び、枯れたものの中にもののあはれを感じているはずのハーンは「幽霊とお化け」の中でこう書いている。 ”しかし、もしも私が聖者になれたとしても、野にわび住まいしないよう用心するだろう。日本の化けものを見たことがあるが、とても好きにはなれないからである。” こう書いた後に、前の晩に氏神様の集まりに集まってきて化けものを見に行った話を続ける。 要は神社の祭りに出ている見世物小屋をめぐったのである。 もちろん見世物小屋と承知して入っていても、いちいち悲鳴を上げたり跳び退ったり、案内の日本人もハーンもなかなか忙しい。 ”「さっき見た化けもののことだけど、みんな本当に信じているのかね」 「少なくとも、都会の人はもう信じちゃいません。でも田舎の人は違います。私も、仏様だって、神様だって信じてます。殺された人間が仇をうったり、汚名をそそぐために生き返って来るなどという話を信じている人が、まだたくさんいるかもしれません。でも、昔信じていたことを今もそっくりそのまま、信じているとは限りませんよ、先生」” 神様や仏さまを信じることと、迷信を信じることは違うということ。 けれどもその迷信の由来となった出来事を否定するのではなく、当事者たちの気持を受け入れること。 多分日本人はずっとそうやって、先祖をまつったり、神話と自分たちを繋げて生きてきたのだろう。 ハーンが日本人に感じてくれる親愛の気持は、こういう部分なんだろうと思う。 違いを認めない偏狭なキリスト教を嫌い、たいていのものを受け入れて呑み込む日本の文化を愛したハーン。 ある華族のご隠居様で、万事昔風を好み西洋風の大嫌いな人の話を聞いて「そのような人、私の一番の友達」と喜ぶハーン。 「私西洋くさくないです」と会いに行きたがるハーンに奥さんが「あなた西洋くさくないでしょう。しかし、あなたの鼻」と言う。 「あ、どうしよう、私のこの鼻。しかしよく思うて下さい。私この小泉八雲、日本人よりも本当の日本を愛するです」 日本人が捨てようとしていた日本らしさの中に、多くの光を当ててくれてありがとう、 小泉節子が書いた「思い出の記」の中の夫婦の会話がことのほか良い。 「ママさん私この寺にすわる、むずかしいでしょうか」 「あなた、坊さんでないですから、むずかしいですね」 「私坊さん、なんぼ、仕合せですね。坊さんになるさえもよきです」 「あなた、坊さんになる、面白い坊さんでしょう。眼の大きい、鼻の高い、よい坊さんです」 「同じ時、あなた比丘尼となりましょう。一雄小さい坊主です。如何に可愛いでしょう。毎日経を読むと墓を弔いするで、よろこぶの生きるです」 「あなた、ほかの世、坊さんと生れて下さい」 「ああ、私願うです」 何故奥さんまでカタコトなのか。(笑) けれど、なるべく同じ言語で気持ちを伝えあおうとする二人の間にある距離感、空気感、思いやりが、とてもとてもよきです。
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