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1995年1月17日未明、阪神・淡路大震災が発生した。
神戸市内の高校から都内の大学に進学し、東京で働いていた青年は、早朝の電話に愕然とする。
かけてきたのは高校時代の友人で、故郷が巨大地震に見舞われたという。
慌ててテレビをつけると、画面には信じられない光景が映し出されていた。
被災地となった地元には、高齢の祖父母を含む家族や友人が住んでいる。
彼は、故郷・神戸に向かうことを決意した。
鉄道は途中までしか通じておらず、最後は水や食料を背負って十数キロを歩くことになる。
山本周五郎賞を受賞した作家が自らの体験をもとに、震災から30年を経て発表する初の現代小説。
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Posted by ブクログ
作者自身の体験に基づいた、ノンフィクショクションに近い小説になっている。舞台は阪神淡路大震災。(この)「作品を書いたのは、震災に見舞われた神戸市の出身だからに他ならない。東京で暮らしていた主人公が帰郷し、家族を親戚のところに避難させるという大筋は私じしんの体験にもとづいている。」あとがきより。
さらっと読めますが、主人公や家族の心情と神戸市の被災の絡みが、丁寧に書かれており、想像を超えた想いに至ります。実際私が、そういう立場に置かれたら、何ができるのか、そういった災害に遭遇しなければ、やはりわからないでしょう。てすが、この本で、その追体験が出来るような錯覚になりました。まあ、本当になった場合はやはり想像し難いかと思われますが。
Posted by ブクログ
著者が自らの体験をもとに書いた小説です。阪神・淡路大震災発生の一報を受けた圭介の一週間が描かれていました。
こんなときでも両親の身勝手さを感じたこと、祖父に謝れなかったこと、そしてこの場から離れられることに圭介の揺れる思いを感じました。
友人とのやり取りも、努めて普通な感じでいたことが、余計にお互いを思う気持ちを表していたように思いました。
地元だけど、今住んでいないことが許されないことのように感じてしまうことは、震災が与えた大きな傷の一つのように思いました。
あのときから30年経ったけれども、私自身は経験していないからこそ、いつまでも忘れないことが必要なことだと思っています。どれだけ大変な一週間だったのか、そして著者の強い思いを感じることができた貴重な読書でした。
Posted by ブクログ
僕も震災後1週間はたっていただろうか、いくらかの水や食料を背負って親戚が暮らす西宮北口まで阪急電車に乗ってでかけた。この小説には一切書かれていなかったけれど、尼崎を過ぎた頃から車窓から見える景色が次第に尋常ならざるものに変わっていった。同じ車両に乗り合わせた人たちと重い重いため息がシンクロしたのを覚えている。そして西宮北口のトイレの状態も小説に表されている通りだった。僕は駅から親戚の家まで歩いたが、駅の周辺でも潰れてしまった家屋があちらこちらにあり、案内してくれた叔母には、「この家の下にまだ居てはるねん」と言われたことを覚えている。当事者は当事者なり、そうではなかったものたちにもグラデーション的に心に傷を負わされた震災であったことは間違いない。
Posted by ブクログ
阪神・淡路大震災を描いた砂原さんの現代小説です。
当時は東京住まいだった砂原さんが、震災の3日後に神戸の自宅に戻り、母と祖父母を遠隔地避難させた体験をもとに描かれた小説です。あとがきにもありますが、震災から15年後、砂原さんが時代小説作家としてデビューする前に書いたものに少し手を入れて、30年という節目に出版されたものだそうです。
大震災の物語と言えば、身近な人、愛する人を亡くした悲嘆や、そこからの復興を描くものと思いがちですが、これは「片隅の物語」です。本人は東京住まい。母と祖父母は神戸在住ですが、建物は大きな被害は受けたものの怪我はしていません(きわどい状況は有りましたが)。さらに言えば近親者・知人・友人にも身体的な被害もありません。3人を三重の大叔母のもとに避難させますが母とは反目が有り、祖母はほとんど描かれず、唯一著者が気にする祖父もどこか反応が鈍く、家族愛の物語と言った風情はありません。
読みながら西川美和さんが終戦を描いた『その日東京駅五時二十五分発』を思い出していました。大事件の周辺でどこか静かに進む物語。逆にリアリティーを感じます。駅のトイレの光景、友人の薬を入手するための薬局での騒動、重かった飲料水。あえて事件の中心に入らないリアリティ。
そしてこのようなこ「片隅の物語」は他にも幾万もあったのでしょうね。
大きな感動を呼ぶような話ではありませんが、片隅の痛みを感じられる物語です。
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小説・文芸
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