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芥川賞受賞作
29歳、社会人8年目、手取り年収163万円。
こんな生き方、働き方もある。新しい“脱力系”勤労小説
29歳、工場勤務のナガセは、食い扶持のために、「時間を金で売る」虚しさをやり過ごす日々。ある日、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じ一六三万円で、一年分の勤務時間を「世界一周という行為にも換金できる」と気付くが――。ユーモラスで抑制された文章が胸に迫り、働くことを肯定したくなる芥川賞受賞作。
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Posted by ブクログ
文庫本の内容紹介に「ユーモラスで抑制された文章」とあるが、まさにその通り。友人たちとルーブル美術館展を見に行った時、薄給で悩んでいるくせに、王家で使われていた豪華な嗅ぎ煙草入れを眺めながら、「これを機に嗅ぎ煙草を始めるのも良いかもしれない、いくらなのだろう」などと思案する主人公のナガセ。横暴な夫に我慢しかねて娘を連れてナガセの家に転がり込み、「正露丸」と書かれたナガセのユニクロのTシャツを着て、「あの男!」と怒って思わずちゃぶ台を叩き、あやまる友人のりつ子。ナガセの暮らしは楽ではないし、りつ子はこれから職を探し、一人で娘を育てていかなければならないのだが、悲壮感ではなく、ユーモアに包み、抑制して描くことで、人生の厳しさや希望が伝わってくる。併録の「十二月の窓辺」はもっとビターな感じだが、これも良かった。
Posted by ブクログ
自分の1年間の労働の対価と世界一周旅行の値段が同じ、という事を、自分の労働の価値に繋げていくのが美しいと思った。意味ではなく、価値。実際に世界旅行に行くわけではない、という事に意味がある話だな、と。世界にバズってる商品の工場で働いているとか、飛行機の部品の工場で働いているとか、そういうことではなく、仕事に世界と繋がる意味を持たせる事に意味がある、みたいな。自分の仕事の意味を、自力で世界に繋げていく。労働を一年分、すなわち世界を見た、と捉える。そういう意味で、薄給のかわり映えのないライン作業の仕事を肯定する。
世界旅行が遠のく事を意識しながらも、りつ子に電車賃を貸して、母にランチをおごって、雨水タンクを買う。でも結局、ボーナスと、りつ子からの借金返済で、183万の目標金額に届く。世界旅行応募のハガキを取りに行きつつ、そのハガキをすぐに丸めて胸ポケットに押し込み、ナガセはというと、岡田さんにスコーンと紅茶を奢ろう、エナにイチゴの苗を買ってやろうと、旅行とは違うお金の使い道について考えている。ナガセが自分の仕事を肯定したので、世界旅行は必要なくなったのでしょう。ポスターの中の、アウトリガーカヌーに乗った男の子がナガセに手を振って(ナガセの心象で)終わるの素敵だな。
Posted by ブクログ
津村さんの初期作品、意外と初めて読んだ。やっぱり津村作品は良い。
『ポトスライムの舟』
働いて得たお金で世界一周するのを選択肢として持つこと。食べられない観葉植物を、お金をかけずに工夫して育てること。できる範囲で友達を助けること。
結婚にこだわらず、手に届く範囲で楽しみを見出し、遊び心を持ってコツコツ働く。それでいいじゃないか、と少しも押し付けがましくなく言ってくるような一編で、すごく好きだった。
出てくる人みんなが普通の人で、それぞれ悩みもありながら日々を過ごしているのもいい。
『十二月の窓辺』
パワハラの描写がしっかりあり、津村作品にしてはいろいろな事件が起こる、メッセージ性の強い作品。
世界は狭く画一的なわけじゃない。この世には千差万別の痛みがあり、だからこそ今いる場所にこだわる必要はない、という結論は新鮮で、津村さんらしい。
今仕事の人間関係が辛い人は読むのがしんどいかもしれないけれど、読み終わる頃にはきっと心に涼しい風が吹くだろう小説。
Posted by ブクログ
淡々とした文章に、不思議と惹きつけられました。
「ポトスライムの舟」は劇的な出来事もなく、目標金額さえふとした拍子にあっけなく貯まってしまう……でも、現実の人生もきっとこんなものなのだろうと思いました。小さな決断を重ねながら日常は続いていくし、目の前の出来事をどう受け取るかで、その日常の意味も変わってくるのかもしれません。
「十二月の窓辺」は怒鳴る係長への嫌悪感はもちろん、なかなか辞められず極端な方向へ思考を巡らせる主人公が正直不可思議で……でも、仕事を辞めるって大きな決断だから、ぐるぐると悩み続けるのが普通なのだろうなとも。ただ、あるきっかけをもって目の前が開けて踏み出せた姿に安堵しました。
また、突然登場する刺青やヨーグルトの菌など、突拍子もないようで、誰かの日常には確かにありそうなものを描くのがうまいなと思います。
どちらの話も劇的ではないからこそ、現実の自分と地続きに感じられる。そんなところが良かったです。
Posted by ブクログ
ライン工場で働くナガセが、職場で見かけた世界一周クルージングのポスター。
その費用160万円は、自分の1年分の手取り額と同じであることに気づく。
そこからナガセがお金を貯めながら、周囲と関わっていく中編の表題作「ポトスライムの舟」。
もう1つは、印刷会社で職場に馴染めず、上司からのパワハラに耐えるツガワの日々を描いた「十二月の窓辺」。
2つの中編小説が収録された作品だ。
「ポトスライムの舟」では、生活のために働いてお金を稼ぐのは大変で、なのにお金はあっという間に消えていく…。
主人公の日常を通してそんなあるあるが描かれており、共感した。
終始淡々と話は進んでいて、正直ナガセの心の変化など、よく分からなさを抱えながら読み終えた。
その後の「十二月の窓辺」は、一転して胸がギュッとなるような息苦しい描写が続く。
終わりは少し希望の見えるラストで、ホッとした。
両方を読み終えてみると、今ある生活を大事にすること、今ある環境から離れること、どちらも同じくらい大切なんだと思えた。
また、「自分と周りの人を大切に、自分のペースでやっていこうよ」というメッセージでもあるのかもしれない。
最初は、気持ち的に負荷のかかる「十二月の窓辺」が後にくる構成が不思議だった。
けれど改めて考えてみると、この順番だったことで最初は良く分からぬまま読み終えた「ポトスライムの舟」の温かさが、後からじわじわと広がった気がする。
そしてそれは後半の主人公ツガワへのエールであると同時に、読者へのエールにもなっているように感じられた。
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小説・文芸
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