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女子に“お笑い”は向いてないの? 人前で話すことが苦手なのに、なぜか漫談家コトリになった琴音。芸も恋も苦難の連続、すべてに行き詰まった彼女に、師匠の一言から大きな転機が訪れる……講談師として活躍中の著者が悲喜こもごもの芸人の世界を描き、選考委員・三浦しをんさんも笑いの渦に巻き込んだエンタメ成長小説!
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Posted by ブクログ
悲喜交々の芸人人生、挫折も苦悩も芸の肥やしにして逞しく成長していく女芸人”琴音”のコッテコテにエネルギッシュな生き方は清々しささえ感じました。 華やかに巷で活躍する女子芸人も多い昨今ですが皆さんもこうした世界に揉まれているのでしょうね・・・ その世界で生きてきた神田茜師匠だからこそ書ける渾身の一冊だ...続きを読むと思います。女子芸人の心の襞に触れることができた様な気がました。 読後感=女子芸人魂に万札おひねりを・・アッパレ♪
講談師、神田茜の小説2作目。 第6回新潮エンターテインメント大賞を受賞。 琴音は就職しても続かず、ふと入ってみた話し方教室で教わった漫談家の平(たいら)の凡師匠に感銘を受け、弟子入りする。 平のコトリという名を貰う。 師匠の鞄持ちばかりしていたが、司会者紹介事務所に所属してから、司会の仕事も増やし...続きを読むていた。 勉強にもなると勧めてくれたのは落語家の文徳で、一度は付き合っていたが、あっさり別れを告げられる。 結婚披露宴の司会をしているときに、新婦が行方不明になり、そのまま続けてくれという新郎の要望で、一人だけのケーキカットや花束贈呈も続行することに。 二人しか弟子もいない師匠だが、妹弟子の平のみゆきは華があって甘え上手。 師匠は可愛くて仕方がない様子。 姉弟子として面倒を見なくてはならなくなったコトリは、ついきつい言い方をしてしまうのだが・ 後に、コンビを組んで売り出すことになり‥ 太神楽曲芸師の三木家たま吾は、中学時代の同級生でキスもした仲。 同じときに見た舞台が遠因となって、大人になってから芸の道を目指していた。 師匠の葬式の司会を頼まれるが・? 通販番組のエキストラに主婦役で出て、司会をしていた年下の男ナルセとつきあい始める。 服を買ってやり、いろいろなことを教えて、素直に成長していく彼。 結婚するが、妻としてばかり注目されるようになり、透明人間のように感じてしまう・ 不器用だが、ありそうな生き方。 実体験にもおそらく似た部分がありそうな、近しい世界の芸人たちを描いて、わかりやすく、哀歓がバランスいい。 面白かったです。
女性漫談師の話。 男社会の中で仕事をしてると、『女はいいよね。甘えが通用して』と、言われること、本当に多いけども、実際、全然そんなことはない。女を武器できたとしても、それは甘えではないんじゃないかなと、思ったり。 主人公のコトリが、女子芸人として、葛藤や挫折にあいながら、真摯に笑いに向き合う姿が、と...続きを読むても良かった。 長く続けることは大事!
『だから女はだめなんだよ 女にお笑いは向かないでしょ しょせん男の引き立て役でしか』 あなたは、そんな言葉に何を思うでしょうか? 幾度かのお笑いブームを経てこの国には数多の『芸人』さんが登場し、数多の『芸人』さんが姿を消していく現実があります。コンビを組まれる方、一人で勝負される方、それぞれの考...続きを読むえ方の先に、『スポットライト』の当たる舞台に立つことを夢見て今この瞬間も下積みを続けられている『芸人』さんたち。 そんな中には当然、『女の芸人』さんもいらっしゃいます。このレビューを読んでくださっているあなたにも『女の芸人』さんと聞いて頭に浮かぶ顔があると思います。そんな彼女たちもあなたの頭に顔が浮かぶようになるまでには下積み、下積み、下積み…の時代があったのだろうと思います。 さてここに、そんな『女の芸人』さんに光を当てる物語があります。『漫談家の平の凡師匠に弟子入りしてから三年も過ぎて、鞄持ちや運転手ばかりしている』という主人公の人生に光を当てるこの作品。『芸人』の世界の舞台裏を”お仕事小説”としても描くこの作品。そしてそれは、『だから女の芸人はだめなんだよ』と突き放されつつも『客席のどこかに、笑いの神様が座っているのかもしれない』と信じて今日も舞台に立つ一人の『女の芸人』の生き様を見る物語です。 『えー、それそれ、それでは皆さま、新婦、お色直しのしたくが整いますまで、今しばらくおつくろぎ下さいませ』と『もう六回、同じセリフを言っていると司会役の自らを思うのは主人公の琴音(ことね)。『すでに二十分も押している』、『何とか時間内に終わらせなくてはならない』と焦る琴音に『…業務連絡です。インカムつけて下さい』と従業員から『インカム』を手渡されます。『はい、司会の平(たいら)のコトリです』と話す琴音に『次のご友人の歌、はじめて下さい』と言うのは『この披露宴の会場係りのキャプテン』。『どうしたんですか?』と訊く琴音に『新婦が行方不明なんです…探しますから、何とかつないでください』と『切羽詰ったようす』の『キャプテン』。『花嫁がいなくなった。振袖姿のまま』、『特に変わった様子には見えなかった。何があったのだろう』と考える琴音は、『これは単純に考えると花嫁が逃げたということだ』、『これで良かったのだろうか、本当にこの人が運命の人なのだろうかと惑っているときに、かつて愛したことのある彼が現れたら…』と想像を膨らませます。そして、『新婦は、今日は戻らないだろうと予測』した琴音は『司会者は最悪の事態も想定しておく必要がある』、『列席者を怒らせてはいけない』、『何とか丸くおさめて、とりあえずの満足感を得て帰ってもらうのが司会者の務めだ』と思います。そんな中、『兄さんが今ここに居れば、きっとそう言うだろう』と思う琴音は、『司会の仕事を紹介してくれた』『落語家の文徳のこと』を思います。しかし、『今は連絡がとれない関係になってしまった』と思い直す琴音は『ひとりで乗りきるしかない』と、『覚悟をきめて立ち上が』ります。『えー、皆さま…ここで、新婦のご友人の方がたに歌をご披露いただきます。新婦と同じ職場、市立七沢保育園の職員の皆さま、五名さまです。どうぞステージにお上がりください』と司会する琴音ですが、『なかなか立ち上がる気配が』ありません。『…替え歌「はらぺこ青山くん」を、ご披露願います』と続けますが、『お互いを指差しあって険悪な感じ』になっているのが見えます。埒が明かず、『司会台の後ろにもういちどしゃがみ、インカムをつけ』状況を『キャプテン』に訊く琴音ですが、『かなり、揉めてます。カブトムシ役の吉井先生が、トイレに行ったまま帰って来ないらし』いという話に『席次表を広げ』ます。『カブトムシ役の男性保育士だ。ということは新婦と同じ職場に勤める同僚ということだ。そのふたりが同時にいなくなった』、『新婦を連れ去ったのは、たぶん吉井先生だ。きっとそうだ』と想像する琴音は、『だとすると新婦友人の余興は、カットになる可能性が大きい』と判断します。そして、『ご準備ができますまで、新郎のご友人に、ギターの演奏をお願いしたいと存じます…』と進めます。今度は『若い男性が立ち上がり』、ステージへと向かいました。そして、始まった『ギターの演奏』に琴音は一息つき、新郎の席を見ます。『市役所に勤めている公務員』という新郎ですが、『新婦を探しているのか、いつの間にか空席になっている』という状況。そんな状況を見る琴音は『進行表』に目を落とします。『キャンドルサービス。ご両親への花束贈呈、新郎のあいさつ…その前にはケーキ入刀…』という予定を見て『頭の中の整理をしなくては。プロとしての仕事をしなくては』と思う琴音。『師匠が思いつきで付けた名』という『平のコトリ』という芸名で今を生きる琴音。そんな琴音が司会を務める中、難しい判断が連続する披露宴が続いていきます…という冒頭の短編〈第一章 コトリひとり〉。抜群のツカミを見せてくれる好編でした。 “人前で話すことが苦手な女子が、なぜか漫談家に ー「コトリ」という芸名をもらって仕事を始めたものの、芸も、そして恋も苦難の連続。自分を見失いかけた時、師匠の一言から転機が”と内容紹介にうたわれるこの作品。神田茜さんの2作目の小説であり、三浦しをんさんが選考委員を務めた第6回新潮エンターテインメント大賞を受賞しています。そんな内容紹介にはこんなことも記されています。”現役芸人ならではの語りでときに爆笑、ときにホロリとくるエンタメ成長小説”。はい、そうです。神田さんは小説家として「母のあしおと」などの傑作を生み出されていらっしゃる方ですが、一方で1995年に真打に昇進され、2002年には落語協会にも入会され、講談師を務めていらっしゃる方でもあります。そう、講談師と小説家という二つの顔を持たれているのが神田さん、ということになります。 そんな神田さんがこの作品で描かれるのは、講談師である自らをモデルに描いたかのような物語です。「女子芸人」、まさしくそのものという気がします。『芸人』の舞台裏を描いた小説は他にもあります。私が読んできた作品では、畑野智美さん「南部芸能事務所」が思い浮かびます。”どうしても漫才師になりたい”、”あの舞台にオレも立ちたい”とコンビを組む二人の思いから始まる物語は、畑野さんの代表作の一つとしてシリーズ化もされています。畑野さんが漫才の世界を描いていくのに対して、この神田さんの作品の特徴は、もっと幅広く『芸人』世界の舞台裏、言ってみれば『芸人』の”お仕事小説”の側面、そしてそれ以上に「女子芸人」という点に強く光が当たります。 では、まずは『芸人』の”お仕事小説”の側面を見てみたいと思います。作品冒頭、『漫談家の平の凡師匠に弟子入りしてから三年』という地点からスタートする物語は、なかなか陽の目を見ることのない琴音の思いを『いつかこのステージで、スポットライトをあびる日が来るのだろうか』という場面に重ね合わせます。長い下積みの日々の中で『芸人』の世界の厳しい現実を理解してもいく琴音。 『ウケたときの快感と、ウケなかったときの自己嫌悪。その振幅の大きい感情のゆれを、毎日のように感じなくてはならないのが芸人というものだ』。 これは『スポットライト』の当たる舞台に立つ者の宿命だと思いますが、一方で客席に座る身には全く意識にも浮かばないことだと思います。『芸人』で生きていくことの厳しさを感じます。 『弟子入りして三年間は食事の面倒はみるが、それを過ぎたら自立するようにという凡師匠の教育方針だ』。 『平の凡師匠に弟子入り』したものの長い下積みを続ける琴音。しかし、師匠もいつまでも生活の面倒を見てくれるわけでは当然ありません。のんびり構えている暇などない琴音の危機感を感じさせます。 『この世界、いつ干されるか、わからないからな。あいつは生意気だってことになったら、すぐに噂は広まるよ。こわいのは仲間の嫉妬だよ』。 売れない日々は当然に辛いものだと思います。しかし、そうであるからこそ、売れ出した時こそが要注意ということをこの言葉は指摘しています。足の引っ張り合いというのは、どんな社会にでもあるものですが、『芸人』の世界もそれは同じこと。なかなかに厳しい現実が描かれていきます。また、それがまさしくその『芸人』の世界にいらっしゃる神田さんの言葉で書かれる分、説得力の大きさが際立ちます。”お仕事小説”は小説のカテゴリーの中でも人気の分野です。普通はその世界を作家さんが取材されて執筆に至るものだと思いますが、ご自身が属される世界を描かれたこの作品はどこまでもリアルさを感じるものがあります。その意味でもとても貴重な作品だと思いました。 そして、もう一つが「女子芸人」という側面です。ジェンダー平等が叫ばれる世にあっても男と女、いずれかが大きな存在であり続けている職業というものはあるように思います。『芸人』の世界もそれは同様なようで、どうしても『色物』という見方をされる「女子芸人」。そんな中に苦しい現実を感じつつも耐えていく琴音。それは、例えば『疲れた』という場面でも差が生じます。 『同じ疲れた芸人でも、男は色っぽく見え、女はやつれて見える。女の芸人は強くなくては生きていけない』。 これはそういうものなのかなあとしか私には分かりませんが、作者が神田さんであることの説得力がこういった記述に強い説得力を与えます。 『芸は結婚出産とは両立できない。それを幸せだとは思わないのが女芸人だ』。 これもなかなか気づき得ない側面だと思います。『…だ』という断定口調が思わず息を呑む説得力で響いてきます。しかし、そんな「女子芸人」として生きてきた琴音は自分が目指すべき頂をこんな風に考えていきます。 『師匠に似ている芸を繰り返すよりも、自分だけの芸、女でなければ出来ないネタをつくりたいと思い、それを目指してきた』。 『女でなければ出来ないネタをつくりたい』と強い意気込みを示す琴音。それは、神田さんご自身の思いと重なるところがあるのかもしれません。言葉の裏にそんなことも考えてしまう深みがこの作品の何よりもの強みである、そんな風にも感じました。 そんなこの作品は、〈プロローグ〉と〈エピローグ〉に挟まれた5つの短編が連作短編を構成しながら展開していきます。冒頭の短編では、『漫談家の平の凡師匠に弟子入りしてから三年』という琴音の下積みの苦悩の日々を見る物語が展開します。そこでは、師匠から言われている三年の期限が迫るも『鞄持ちや運転手ばかりしている』という状況の中、『兄さん』と呼ぶ『落語家の文徳』から紹介を受けてさまざまな『司会の仕事』を務める琴音の姿が描かれます。それは、上記した披露宴の司会に留まらず、なるほどこういう場面の司会もあるのね、というものまで、なかなかに興味深い『司会の仕事』の舞台裏を見ることになります。そして、物語は、”師匠の一言から大きな転機が訪れる”と後半に入って大きな動きを見せます。前半の『司会の仕事』が描かれた部分も面白いですが、やはり舞台に立つ「女子芸人」を見るこの後半の物語はこの作品にはなくてはならないものだと思います。 『全身で笑い声をあびている肌の下では、血が躍っているように熱くなる。脳内にアドレナリンがあふれているのか、自分でも不思議なくらい言葉が冴え、ますます間が良くなる』。 そんな感覚を迎える瞬間。これこそは、読者がこの作品に期待する感覚なのだと思います。しかし、物語は単純にシンデレラストーリーな展開を見せるわけではありません。どこまでも厳し現実、『芸人』の世界がそんな甘いものではないことを物語は見せていきます。 『人生楽あれば苦もあるの。歩いていくしかないの…泣くのがいやなら、歩くしかないの』 そんな言葉を噛み締めながら「女子芸人」としての道をあくまでも自らのペースで、自らを信じて歩んでいく琴音の『芸人』人生が描かれた物語。一見、華やかな舞台の裏側にあるその生き方に、人生の”あまから”を改めて感じさせる物語がここには描かれていました。 『もう二度とひと前でしゃべるもんかと思っていた。まさかその十数年後、マイクの前に立つ仕事に就いていようとは、夢にも思っていなかった』。 人前で話をすることを苦手としていた琴音。この作品では、そんな琴音が講談師としての人生を選択した先の物語が描かれていました。『芸人』の世界の舞台裏の極めて地味な現実を見るこの作品。そんな舞台裏を全く滲ませもせずに華やかな舞台に立つ『芸人』の心の機微を感じさせるこの作品。 まるで神田さんご自身の自伝を描くような物語の内容に、リアルな「女子芸人」の生き様を見た、そんな作品でした。
可愛らしいイラストとタイトルに惹かれて。喋りが苦手だった女芸人のお話。男社会の中で女だと馬鹿にされないように必死に生きる主人公は生き方ベタなんだろうなぁ。妹弟子のみゆきのように女であることを武器にしながら生きられないからみゆきとソリが合わなかったんだろうな、最初は。作者の神田茜さんの実体験を綴ったよ...続きを読むうな作品なのかなと思う。女が男社会で生き抜くのは想像以上に辛く大変なのだろう。4章が好きだった。2011/625
女芸人「コトリ」 20代~30代後半までの、悩みながら、もがきながらも たくましく生きる姿を軽快に描いた小説 作者さんも、現役の講談師さんらしく すごくリアルなのに、軽いタッチで読みやすく 面白かった!
電車の中で何度も笑いながら読みました。 人生ってはたから見たら面白い。 僕たちはそれを見てるだけで、 芸人さんも悩んだり苦しんだり、 やっぱり人生を生きてるんだなぁと思いました。
おもしろかった! 作家さん本人も芸の人だからか、現実感もあてよかった。 女性芸人の話、ということで「笑う招き猫」を思い出したけれど、また別のおもしろさ。 先が楽しみで、読むことをやめられない、「読書っておもしろい!」と感じる本でした。
思った以上に面白し 藝の部分の「会話」がさすがだなぁ と 思う すべての登場人物が 救われる のがいいね ただ この「女子芸人」というタイトルは いかがなものか、とは思います
中学のときに二度と人前でしゃべるもんかっと思った琴音はなぜか芸人を目指して女漫談家平のコトリに。 漫談家と講談家の違いはあるけどコトリのモデルは神田さん自身なんでしょうね。 男性中心の芸人の世界で女性ならではのコンプレックスに悩み、葛藤しながら芸人として成長していく。 ユーモアたっぷりでテンポもよく...続きを読むて読みやすかったんですがひとつひとつのエピソードにちょっと粗っぽさを感じるところもあったのが少し残念でしたがまずまず楽しめました。
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