Posted by ブクログ
2017年04月25日
知的障害を持つ40歳の男性、ボクさん(僕、僕と言うから)は、母親が遺してくれた全6室の小さなアパートの管理人をしています。小学生程度の知能であっても、管理人としてのボクさんの仕事は完璧。入居者やご近所さんにも恵まれて、平穏な日々を送っていました。ところが、ある日、アパートの1室で殺人事件が起こります...続きを読む。第一発見者はボクさん。梯子にのぼって外壁の修理をしていたとき、窓から見えた部屋の中に死体を発見してしまったのでした。驚いた拍子に梯子から落ちたボクさんは、頭を打って病院へと運ばれ、しばらく意識不明に。目が覚めたときのボクさんは、それまでのボクさんとは変わっていました。頭の使われていなかった部分がフル活動しているかのように、いつか聞いて覚えていたのであろうことが次から次へと溢れ出てきます。こうしてボクさんは、殺人事件のこと、そして事故直後になぜか姿を消してしまったアパートの入居者全員のことを調べはじめます。
……という、一風変わったミステリーです。
樋口有介の小説の主人公は、たいてい「ワイズクラック」な話し方。人によっては小バカにされていると感じそうな話し方なのですが、頭の回転の速さを思わせる会話が軽妙なテンポで進み、私のツボに。ハードボイルド小説で多用される、いわゆる挑発表現を指すらしく、確かにそうかもしれません。で、本作に関しては、最初は「おっ、いつもの主人公とちがう」と思って読んでいましたが、ボクさんが頭を打ったあとはしっかりワイズクラック。なんや、またかいなと思いはしたものの、おもしろい。
ボクさんのお母さんの教えは、きっと多くの人の心に響くもの。「人には誰にでも親切にすること。親切にした結果、自分が損をする事があったとしても、不親切にして被害を受けるよりはマシ」。「人の悪口を言わないこと。それがたとえ独り言であっても、他人への悪意は必ず自分に返ってくるから」。「何か悪いことをした人だって、僕がその人に悪いことをしなければ、その人も僕にはいい人になる。僕がいい人になれば、まわりの人もみんないい人になるよ」。ボクさんはそう言います。ボクさんのまわりに悪い人は一人もいない。「お母さんが僕のことを心配して、悪い人は近づかないようにしてくれた」と。
ワイズクラックになってからのボクさんにも共感。「試練なんて好きじゃないけど、せっかくの試練を無駄にしたら、試練に対して失礼になる」。共感するといっても、そんな強い気持ちで試練には立ち向かえないものですけれども。
予期せぬファンタジックなラストが悲しすぎる。しかしこれでまた樋口有介の本を何冊か買いたくなってしまったのでした。