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Posted by ブクログ
「エクソシストとの対話」の続編。「対話」から20年、エクソシズムを取り巻く状況の変化や、「対話」に出てきたエクソシストたちの近況から始まって、現代人がエクソシズムを求める理由を探っている。
「悪魔」という概念は、エクソシズムを語る上で避けて通れない。しかし、「悪魔」をどう捉えるかは、千差万別だ。どの解釈でも「悪魔」を理解するためにはハリウッド的な悪魔像を頭から追い出さなくてはいけないということは共通している。
悪魔を「知性を持つ外的存在」ではないかという神父もいれば、「人間の意識できない領域にある何かを表す概念」だという精神科医もいる。
私は精神科医の意見に賛成。でも、神父の意見にも正直魅力を感じる。神秘的なんだもん。
読んでいる最中、ミヒャエル・エンデの『モモ』のジローラモの台詞を思い出した。
「みんな俺の話に夢中になって自分を忘れて、モモに話を聞いて貰って自分に立ち帰ったんだ。それでよく生きることができていたんだよ」
ところどころ間違っていると思うけど、意味は大体合っているはず。
誰にでも自分を忘れる時間と、自分に立ち帰る時間が同じくらい必要なんだ。エクソシズムの儀式の様子は、自分を忘れながら自分に立ち帰るための儀式に思えた。
精神医療の芸術療法も、それと似ているんじゃないだろうか。芸術療法についての知識はほとんど無いから、イメージだけど。
どんな人でも、どんな時でも、どんな状況でも、とてもそうは信じられない時でも。人には自分自身を癒す力がある。それを引き出す方法の一つがエクソシズムじゃないかな。
重要なのは方法ではなくて、その人が癒されたという事実だ。
旧宗教の衰退によって社会で共有する文化や習慣や価値観が崩壊したから、カルトや新興宗教が増えた。ふーん、なるほど。
でも、どうして宗教が必要なんだろう?私には信仰の習慣がないからかな。よくわからない。