■はじめに
一気読みだった。140ページという中編の分量もさることながら、何より著者の文体が読み手を離さない。
純文学にありがちな、内面へ内面へと沈み込む心象描写を、あえて前景化させずに、状況・行動・やり取りの積み重ねを通じて葛藤を遺漏なく描く。
キビキビとしてソリッド。冷たくもなく、ハードボイルドにも偏らない、絶妙なバランス感覚が「一気読み」へと導いたと見る。さすがは「オモロイ純文運動」を提唱するだけあります!
■内容&構成
①前半─「お仕事小説」としての顔
物語の前半、正確には1/3余りは建設現場を舞台にした、きわめて現実的な「お仕事小説」として展開。
ここでの主役は隣人クレーマー〈カメオ〉。現場に日常的に侵入してくる“厄介な存在”。連日のクレーム、仔犬同伴での抗議、挙句は作業員のラジオ体操への参加。
相対する現場責任者の主人公は、感情を爆発させたところで、正義を振りかざしたところで、それは相手の思う壺として割り切り、仕事として対処し続ける。
ここで描かれるのは、日々直面する「理不尽」と「やり過ごし」の感覚だ。正面衝突を避け、摩耗しながらも業務を遂行する。
②転換点─偶然の「解放」
そんなクレーマーが、ある日突然、急死。前半の物語は、ここで一度、終わったかのように見える。主人公は〈偶然〉によって、厄介事から解放される。でも、その解放にはカタルシスを伴わない。
むしろ、次なる局面への、静かな助走に過ぎなかったことが、次第に明らかに。
③後半─「人間小説」への変貌
クレーマーの元に残された仔犬を、行きがかり上一旦ペット禁止の自宅マンションで預かることになった主人公。
ここから物語は、「お仕事小説」から、明確に「人間小説」へと舵を切る。
仔犬は成長とともに徐々に獰猛さを帯び、近隣住民もその気配に気づき始める。息をひそめる生活、常に背後を気にする感覚。
ここで描かれる緊張感は、外敵との対峙ではない。自分で引き受けてしまったものから、逃げられなくなる感覚。
前半が「仕事としての対処」なら、後半は「人間としての選択」を突きつけられる。
■感想
物語後半、主人公は振り回され、追い立てられ、いよいよ袋小路へと追い込まれていく。選択肢は狭まり、時間だけが過ぎていく。
著者は、刻々と悪化する状況描写を畳みかけるように描く。「さぁ、どうする?」「GOする!」と現実にはそんな簡単にはいかない。この辺りから、読み手も息苦しさがじわじわと押し寄せる。
そう、前半が〈偶然の解放〉なら、後半は〈意図的な解放〉。ただ、その選択には、正誤の2極論では片付けられないものがあるだけに厄介であり、懊悩する。
■最後に
哀れさと切なさは、近縁にある。
逃げ切れない状況の中で、最善でも最悪でもない選択をしておこうとする人間の弱さ。本作は、その一点を、過剰な説明も感傷もなく、静かに、しかし確実に描き切る。
短い小説の中で、お仕事小説として始まり、気づけば人間小説へと変貌していく。その過程で露わになる人間の弱さと、〈静かな追い詰め方〉が、読後もしつこく胸に残る一冊だった。