やっと読み終えた。新作映画鑑賞から約半年、当初の予定からは遅れたが、とっても満足した。映画を見た人は原作も読んだ方がいい。マイオールタイムベストファンタジーである「指輪物語」に匹敵するSF小説になった。
(中)で延々と描かれるハルコンネン家の権力争いは、単なる前振りに過ぎなかった。映画のクライマックスで描かれる戦いの場面はほとんど無視される。重要な人物の死も活躍も、尺の関係か映画では描かれていない。映画は素晴らしかったが、なんかもう、もう一度映画化してもらいたいとさえ思う程、原作には未だ映像では描かれていない多くの要素がある。全然詳しく描かれてはないけれども、この9800年間に及ぶ(地球発祥の)人類の歴史を垣間見たことは、ドキドキする体験だった。
そして(下)の圧巻は、(知らなかったので歓喜したが)3篇の「この時代」に関する「後世」の論文と、「指輪物語」に匹敵する「用語解説」である。
レディ・ジェシカの生年没年を明らかにしたり、アリアの没年を明らかにしていなかったり、もう、それだけで想像が掻き立てられた。当然未だ物語は続くので、ポールの人物紹介などは出てこない。
期待していた「平和とは何か」とか「運命とは何か」とかいう、(ファンタジー或いはSFだから開陳可能な)究極の答は、けれども(下)には展開されない。まだ物語は続くからである。
(下)は、本の半分近くで物語は終結するが、安心してください。3冊の中でもっとも起伏に富み、かつ哲学的だった。世界三大SF雑誌「ローカス」の、12年ごとに行われるオールタイムベストで、4回とも本書が常に一位に輝いたという。おそらく今年の発表でも、「三体」はこの牙城を崩すことは叶わないだろう(←あとで調べると前回からベストを20世紀と21世紀とに分けていた。これなら今回も問題なく本書が一位になる)。
以下マイメモ。(スルーしてください)
息子は〈クウィサッツ・ハデラック〉──いちどきに多数の場所に遍在できる存在にほかならない、ということだ。ポールはまさに、ベネ・ゲセリットの夢を体現する存在だったのである。(略)「ひとりひとりの人間の中には、太古からふたつの力が存在する。奪う力と、与える力だ。男の場合、奪う力が宿る場所を認識するのはそうむずかしいことじゃない。が、与える力が宿る場所を認識するのは、男ではないものに変わらないかぎり、ほぼ不可能事だといえる。女の場合、この状況は逆になる」
ジェシカは顔をあげた。チェイニーがポールのことばを聞きながら、自分を見つめていた。「いまいった意味、わかりますね、母上?」ポールがたずねた。 ジェシカにはうなずくことしかできなかった。(略)「そして、あなたは、息子よ──」ジェシカは問いかけた。「──あなたはどちらなの? 〈与える者〉なの、〈奪う者〉なの?」「その中間に位置する者です。奪わずに与えることはできず、与えずに奪うことはできない……」
←当時は男性は奪う者、女性は与える者という概念が一般的である、ということを前提に会話が成立している。半世紀経って、この概念そのものが崩れつつあるということを作者も予想していなかったのだろう。そして究極の預言者(?)になったポールは、その中間に位置するという。
「香料がなくなったら、ギルドの航宙士はもう、なにも見えなくなってしまうんですよ!」 チェイニーはようやく声を出せるようになった。
←(下)に至って、ようやく大宇宙航海時代における、コンピュータを介在しない時代の航海の方法が明らかになる。砂の惑星の香料に、そういう決定的な役割があるとすれば、確かにこの大宇宙を統べる決定的な契機になるはずである。(下)になって初めて、惑星地上での戦いのみでなく、既にギルドの戦隊が惑星周りに集結していることも明らかになる。なかなかドキドキする展開である。
「なにが使用の禁だ!」ポールは怒鳴った。「領家の連中がたがいに核兵器を使わないのは、禁止されてるからじゃない、怖いからだ。だいたい、〈大協約〉にはっきりと書いてある。〝人類に核兵器を使用する者は、惑星ごと消去されてもやむをえない〟、とな。おれたちがこれからやろうとしているのは、〈防嵐壁〉に穴をあけることで、人類に使うわけじゃないだろうが」
←執筆当時、核兵器が究極の兵器だった。9800年の間に、おそらく惑星ひとつ(地球?)が消滅する様な悲劇を経ての〈大協約〉なのだろう。それが数千年間守られていることに、どういう悲劇があったんだろ?と想像は広がる。でもね、〈防嵐壁〉を破壊した時、大砂嵐で放射能はハッキリ皇帝側に吹きつのったのだから、あのとき「全員」が被爆しているんですよ。
(左腰だったのか! 欺瞞の中の欺瞞の中の欺瞞ということか) ベネ・ゲセリットの修業がものをいい、反射的に筋肉が動いて難を逃れはした
←物語は、戦争ではなく、この個人的決闘をクライマックスに置く。小説と映画の違いではある。面白いのは「◯◯の中の◯◯の中の◯◯」という描写が数回使われていること。裏の裏の裏をかく、という「戦闘技術」が、「コンピュータが否定された」とき洗練される時代になるだろう、という世界認識は、それはそれで教訓的だ。
やがて〈バトラーの聖戦〉が勃発し──二世代にわたる混沌がつづいた。その結果として、機械と機械論理の神は大量のガラクタの山に投げ捨てられ、ここに新たな概念が興隆した。すなわち──。〝人類がなにものかに取って代わられることを看過してはならない〟 (論文「デューンの宗教」より)
←遂に「バトラーの聖戦」が、どの時代に起きたのか、見つけることはできなかった。その詳しい内容もわからない。けれども、この物々しい書き方そのものが、私的にはツボ。
ベネ・ゲセリットの人類血統改良計画は、選択的な婚姻を通じて、彼らが〈クウィサッツ・ハデラック〉なる名称で呼ぶ人間を生みだすことを目標とするものである。この名称は、〝同時に多数の場所に存在できる者〟を意味している。もっとわかりやすく表現するならば、彼らの目的は、〝より高次の次元を理解し、利用しうる、強大な精神パワーを持った人間を生みだすこと〟にあったといえる。(論文「ベネ・ゲセリットの動機と目的に関する報告書」より)
←ポールが〈クウィサッツ・ハデラック〉になるというのが、「砂の惑星」の簡単な粗筋ではあるのだが、結局〈クウィサッツ・ハデラック〉とは何者なのか、はとうとうハッキリしない。その辺りが本書の"面白さ”でもある。
【用語集より】
〈産砂〉──〈小産砂〉 Little Maker 半植物半動物の深砂棲息性媒介生物。アラキスの砂蟲はその最終形態。〈小産砂〉の排泄物が前香料塊となる。
←ここにやっと、「風の谷のナウシカ」における王蟲登場に多大な影響を与えた「砂蟲」の正体が明かされる。「王蟲」は死んで、環境を浄化するものたちだったが、「砂蟲」はその排泄物が「香料」をつくる。正反対である。
保水スーツ Stillsuit アラキスで開発された、全身をすっぽり包みこむスーツ。スーツの生地はマイクロ・サンドウィッチ構造になっており、体熱を外に放散するいっぽう、排泄物から水分を濾過・蒸留する機能を持つ。回収された水分は、蓄水ポケットに蓄えられ、チューブで飲むことができる。
←「砂の惑星」の秀逸なオリジナル機械。マイクロ・サンドウィッチ構造って。
ムアッディブ Muad' Dib アラキスに適応した小型のトビネズミのこと(地球が原産)。フレメンの〝大地の精霊〟神話は、アラキス第二の月の月面にあるトビネズミ様の模様と結びついた。大砂原における生存能力の高さから、トビネズミはフレメンが敬意を捧げる対象となっている。
←ポールの別称。「トビネズミ」は実際、地球上に存在するらしい。こういう「設定」大好き。
バトラーの聖戦、Jihad, Butlerian (「大反乱」の項も参照)コンピュータ、思考機械、自意識あるロボットに対する聖戦。 BG二〇一年に勃発し、 BG一〇八年に終結を迎えた。当時の戒めは、つぎの形で『オレンジ・カトリック聖典』に残っている。「汝、人心を持つがごとき機械を造るなかれ」」
←「BG」って何?約100年間続いた、大きな「戦争」だったわけだ。誰かこれを小説化してくれないかな。
演算能力者 Mentat (メンタート) 帝国の市民階級のひとつ。きわめて高度な論理演算ができるように訓練された者たち。別名〝人間コンピュータ〟。
←私の好きな「設定」の一つ。