遠く離れてしまった人に、自分の気持ちを伝えておきたい。そんな願いを託せるサービスがある。
ただし気持ちを込めた品が相手の手に届くのは、依頼人の死後になる。それがこのサービスのルールだ。
それでも自分に死期が近づいたことを覚った人はさまざまな気持ちを込めて、この宅配サービスを利用する。
そのサービスの名は「天国宅配便」。
気持ちを伝える側と伝えられる側。それぞれの思いを切なく描くヒューマンファンタジー。シリーズ3作目。
◇
昼休みのオフィス。めいめいが昼食を摂るために動き出す。外の定食屋へ、弁当を手に会議室へ、仲の良い者同士連れ立って出て行く。そんな中、弓月1人だけ隅の席で動かずにいる。
弓月には昼休み中の電話番という仕事があり、他の者より1時間昼休みが遅くなるのだが、実はその仕事を弓月は気に入っていた。昼食時に誰かとおしゃべりをする必要がないからだ。
弓月は幼い頃から感情を表に出すことや誰かとはしゃぐことが苦手だったが、現在ほど非社交的ではなかった。弓月が心に鎧を着たように人を寄せ付けなくなってしまった原因は、1つ違いの姉との確執だった。
子どもの頃から人目を引く美少女であり、常に明るく積極的な性格だった姉の陽子。容姿も性格も地味で物事に臨機応変に対応することが苦手な弓月は、そんな姉にとって恰好のからかい相手になっていた。
結婚式当日、式場に飛び込んできたイタリア人男性と手を取り合って駆け落ちした姉。映画のラストシーンのような鮮やかさで、いかにも姉らしい行動だったが、そのせいで経済的にも精神的にも両親および弓月が被った損失は大きかった。
ストレスが祟って両親は早く亡くなり弓月は心療内科にかかる身となった。奔放で身勝手な姉の残した傷跡は、かくも大きかったのである。
それから30年。弓月は51歳の今日まで、人とできるだけ関わらない生活を続けている。
そんなある日のことだった。独り暮らしのアパートに弓月宛ての宅配便が届いたのは。
( 第1話「パンドラのひみつ箱」)
※全4話およびエピローグからなる。
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前作までと違って、各話とも送る側と送られる側の間に抜き差しならないような「捻じれ」が描かれていました。
各話の見どころを、簡単に紹介しておきます。
第1話「パンドラのひみつ箱」
姉の陽子が弓月に贈る遺品として天国宅配便に託したのは、かつて弓月から取り上げた箱根寄木細工の箱でした。
箱の中身に籠められた姉の思いをたどる弓月。姉妹の確執は解消するのかが焦点です。
第2話「食堂ミツコ最後の日」
大食漢の女子高生が偶然入った、古びた小さな食堂。老女が常連相手に1人で切り盛りする店でしたが、どの定食を食べても驚くほど美味しい。しかも安い。
感動した女子高生がSNSに写真とコメントを投稿したことから起きた悲劇。リアルで起こり得る事件だけにゾッとします。自責の念から摂食障害になった女子高生に、老女が伝えようとしたことは?
第3話「いつかのファンレター」
勤めていたスポーツクラブの閉鎖によって失業した25歳の女性インストラクター。生活のため詐欺商法のテレフォンアポインターをすることにしました。
痛む良心に蓋をして電話をかける日々を送っていましたが、子供の頃にファンレターを熱心に出していた漫画家から天国宅配便が届きます。
珍しくサスペンス調で、七星の見せるカーアクションが見ものです。
第4話「孔雀石の母子像」
若い頃に数学者を目指した戸倉勝義。年老いて妻にも先立たれた戸倉は、天国宅配便で届いたチケットで美術館に通いはじめます。絵画にはまったく門外漢の戸倉が美術館に通う理由とは?
少しずつ明かされていく戸倉の過去と、戸倉が美術館で知り合った男子高生と交わす何気ない会話で綴られていく最終話。
だいたいは予想がつく展開なのですが、それでも温かな感動を味わえるステキなお話です。
どの主人公も心の奥深くに抱える屈託が重く痛々しい。
特にその屈託が、送り主への罪悪感である第2話と、目を背け続けてきた自身の弱さと向き合うことになった最終話は、読んでいてつらくなるお話でした。
また、第1話と第3話はことの始まりが主人公には一片の責任もない出来事であり、同情に耐えない展開です。
それでも、最後に主人公は人生の新しい一歩を踏み出す決心をするというシリーズの締めくくりは踏襲されていますので、安心してお読みください。
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かな師匠にオススメいただいた3作目。とてもよかったです。
師匠がおっしゃるとおり、心臓を鷲掴みにされるような前作までとは違う強烈な感覚がありました。ありがとうございました。
ちなみに私の気に入った話は最終話「孔雀石の母子像」で、4人の主人公の中で、戸倉が最も救われたように感じたからです。