小笠原弘幸の作品一覧
「小笠原弘幸」の「教養としての「イスラム史」の読み方」「ハレム―女官と宦官たちの世界―(新潮選書)」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
日本におけるクルド人問題やムスリムの土葬問題が大きくなり、普通に生きててもニュースなどで眼にする機会が増えたことをきっかけに、イスラム教ってなんや、、、と思っててこの本を手に取った。
読むまでは正直にいうと貧困で多産のイメージがあったというか、先にユダヤ人の歴史を勉強していたのもあり、発展途上国で広まりやすい教義だったんだな〜くらいに思っていたが、今回オスマン帝国の成り立ちから滅亡まで網羅的に知ることができ、イメージが180度変わった。
合わせて中東問題もかなり詳しく説明されており、知れば知るほど解決策がわからなくなる問題だとも思った。
信仰の違いで争い続けるなんて、なんてばかな、、、と島国育ち平和ボケ人間として思っていたが、国家は信仰を利用して緩やかな依存状態を作り出すことで国家の運営をしており、それぞれの利害に則ってときに信仰は変わる。
利害共同体同士の争いなんだと知れた。
あと西洋列強がどうしても悪く見える。自国の利益を最優先に中東に混乱を招いた罪は大きいと思う。
こうなったら今度は西洋諸国の正義が知りたくなり、知れば知るほどもっと知るべきことが増えていく。
巻末で筆者がオスマン帝国の専門家であられることを知り、納得。
正直ここまで詳しくオスマン帝国について知れる本はあるのだろうか。面白かったです。
Posted by ブクログ
この本は激動の歴史の中でケマル・アタテュルクがどう人々に関わり、どう決断を下していったのかが深く描かれていて、本当に圧倒されました。
特に心に残ったことが3点あります。
一つ目は、彼の知性と人間としてのあり方です。
アタテュルクは、他の人とは全く違う次元で物事を見ていたように感じます。周囲がぼんやりとしか捉えられていない中で、彼一人だけが世界を「高解像度」で見て、進むべき道を確信していた。そんな凄みを感じました。何より感銘を受けたのは、彼に一切の「虚栄心」がなかったことです。自分を大きく見せることには興味がなく、ただただ国家の存続だけを考えていた。軍の上司に対しても、媚びることなく自分の信念をぶつける圧倒的な発言力。ガリポリの戦いでの彼の活躍を読んだときは、本当に鳥肌が立ちました。
二つ目は、オスマン帝国の終焉から建国へ向かう執念です。
かつての大帝国が時代の波に取り残され、列強に切り刻まれていく様子は読んでいて辛いものがありました。しかし、そのどん底の状況でアタテュルクは立ち上がりました。ただ土地を守るだけでなく、アンカラ政府を樹立し、帝国の廃墟の中から「トルコ共和国」という全く新しい国を創り上げた。その軌跡はまさに圧巻の一言です。
最後に、改革の凄まじさとリーダーとしての孤独です。
世俗主義や言語改革、西洋化といった彼の改革は、当時の常識をはるかに超えた高い視座で行われました。強烈なリーダーシップで国を造り変えていく一方で、この本は「人間ドラマ」としての側面も描いています。イスメト・イニュのような忠実な戦友もいれば、かつての同志たちの裏切りや離別もあった。これほど過激な変革を成し遂げる道が、どれほど孤独で覚悟のいるものだったか、深く考えさせられました。
Posted by ブクログ
ケマル・アタチュルクの人生、業績に焦点を絞った著作。最後に、アタチュルク後のトルコを簡単にまとめている。著者の『オスマン帝国』と併せて読めば、イスラムの勃興から現在のトルコ共和国まで、オスマン帝国とアタチュルクの時代を中心にトルコの歴史をザックリ押さえることができる。
これまでガリポリの英雄でトルコ共和国建国の父という程度の知識しかなかったが、出生や幼年期の経験、友人や女性との交友関係、その当時のバルカン情勢なども追うことでどんな人かというイメージが湧いてくる。
本書の内容というよりも読んで感じたことを何点か記したい。
・アタチュルクの行動範囲や視界を見ると、サロニカ生まれで軍人時代の任地も関係しているとは思うものの、ロシアも含む欧州との関係が9割以上であり、東は国境を接するアルメニア・クルド・シリア・グルジアあたりまで、オスマン帝国領をどのように確定し、トルコ領内に残ったクルド人をどのように共和国に統合するかという程度で基本的に意識が西に向いている。尤も主要な脅威がそちらから来るからなのだが。
・アタチュルク後、トルコの政局がクーデターもあって長らく不安定で21世紀のエルドアンの台頭により安定するが、そこでダウトオール外相が提示した全方位外交は、まさに脱欧入亜(イスラム)という意味で歴史的に時代を画するものであったことがよく理解できた。
・第一次大戦前、セルビアの秘密結社が対オーストリアで暗躍していたが、トルコでも青年トルコ党はじめそれが一般的だった模様。
・オスマン帝国は専制君主とより権力分立した君主も存在していたが、アタチュルクの独裁志向は専制君主並みであり、それによって非常時を乗り越えられたとも言え、危機においては権力集中も必要かとは思う。しかし、早すぎる死が晩節を汚さなかったのかもしれない。
・歴史のイフではあるが、ケマルの下でのオスマン軍は、英国正規軍やアンザック部隊を退け、東アナトリアでもロシア相手に敢闘。部隊長レベルではなく、もう少し早く生まれて参謀総長レベルであったらオスマンはまだ続いてかもしれない。
・その関係で言えば、権力のみならず権威の集中の必要性を感じたからこそ独裁者としてのアタチュルクは、スルタン廃位に続き、カリフも廃位して世俗化を強調している。しかし、政治・軍事なやエリートを含む大多数の国民はカリフの存在には否定的ではなかった。その反映か、死後には徐々にオスマンの歴史的遺産が強調されている(特にエルドアン政権)。
・権力権威を集中した結果、アタチュルク死後のトルコ政治は不安定なものとなる。カリフ制のみを残せば、日本の象徴天皇制度や欧州の王室制度と同様にトルコの強み・資産になったのではと思う。
・スルタン・カリフ制は、日本の天皇の権力・権限の変遷を考える上でも比較対象として面白そう。
この辺にしておくが、知識の欠落を補い、色々と思索を拡げさせていただいた本書に感謝!