配信予定・最新刊

作品一覧

  • 帝国の復活 覇権主義の亡霊

    帝国の復活 覇権主義の亡霊

    小説・文芸

    -
    1巻330円 (税込)
    ※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 == 特集 == 帝国の復活 覇権主義の亡霊 ◆〔対談〕大日本帝国と大英帝国の軌跡と交差 海洋国家の特性から何を学ぶか▼加藤聖文×君塚直隆 ◆ロシア皇帝と重なるプーチンの姿勢 甦る帝国地図──ロシア゠ウクライナ戦争▼池田嘉郎 ◆毛沢東、蔣介石、習近平…… 「皇帝」を生み出す中国のシステム▼岡本隆司 ◆170年の自由の歴史から始まった国 アメリカ合衆国はエンパイアの夢を見るか▼石川敬史 ◆第三帝国という虚妄 ヒトラーはいかなる共同体をめざしていたのか▼芝 健介 ◆600年の繁栄をもたらした理念と統治 オスマン帝国が遺したもの▼小笠原弘幸 ◆変移するグローバル混合政体の現在 ネグリ゠ハートの〈帝国〉から考える▼水嶋一憲 ◆なぜ帝国はフィクションで 悪の組織として描かれやすいのか▼架神恭介×辰巳一世×脇 雄太郎 ======= 【時評2022】 ●未完の沖縄返還▼井上正也 ●起業家、投資家に選ばれる国になるには▼坂井豊貴 ●Society 5.0と中途半端なスマートさ▼小川さやか == 特集 == 出口なきウクライナ戦争 ◆元駐米大使が語る 日本が学ぶべき教訓 「反撃能力」を導入し「核戦力共有」の議論を▼佐々江賢一郎 ◆世界は第三次大戦の瀬戸際 仏独日は阻止に動く時▼エマニュエル・トッド/聞き手:鶴原徹也 ◆変容する戦争報道 ウクライナ報道と日本のテレビ▼音 好宏 ◆ゼレンスキー大統領の要請にどう応えるか 国連安保理改革の方向性▼神余隆博 ======= 【コロナとの闘い】 ●新型コロナウイルス感染症対策分科会会長が語る 試行錯誤と微調整が特徴の日本の感染対策▼尾身 茂/聞き手:牧原 出 ●ベテラン駐在員の上海ロックダウン日誌 配給は当てにならず住民の共助で食いつなぐ▼匿名上海駐在員 ◆韓国の20代男性は、なぜ、何に怒っているのか?▼福島みのり ◆レビューと考察の狭間で 映画評論は現代の観客に歓迎されているのか▼大山くまお ◆穏当で革新的な共同体のために 教育思想としてのファシリテーション▼渡辺健一郎 ◆黒人が生み出した「ストリートの知恵」 ヒップホップは何を映し出すか▼有國明弘 ◆温暖化で痩せるホッキョクグマ、太るペンギン▼渡辺佑基 == 第23回 読売・吉野作造賞 発表 == 受賞作『バブルの経済理論』櫻川昌哉 選評 北岡伸一/猪木武徳/山内昌之/白石 隆/吉川 洋/老川祥一/松田陽三 =================== ◆〔鼎談〕読書とコスパ 御都合主義の「ファンタジー」に振り回されず生きること▼鈴木涼美×山本貴光×吉川浩満 《好評連載》 ●琉球切手クロニクル【第19回】日本との関係に苦悩した偉人たち▼与那原 恵 ●現代中国と少数民族【第5回】岐路に立たされるムスリム「回族」▼安田峰俊 ●地図記号のひみつ【第25回】市街地と農村──集落の表現▼今尾恵介 《連載小説》 ●チャンバラ【第5回】▼佐藤賢一 ●馬上の星──小説 馬援伝 【第15回】▼宮城谷昌光
  • オスマン帝国の肖像 絵画で読む六〇〇年史
    値引きあり

    オスマン帝国の肖像 絵画で読む六〇〇年史

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻550円 (税込)
    イスラムを愛しながら、西洋文化を取りこむ 帝国の欲望を天才たちは写生した―― 血統を証する系譜書、武功を残す遠征記、君主を寿ぐ祝祭の書など、史書の重要な一部として、オスマン帝国の事跡を記録したのが緻密な細密画や洋画の名品だった。古都コンスタンティノープルを征服し、メッカを版図に収めて600年間に渡って世界に名を轟かせた「尚武の国」では、東西の文化が混交した独自の世界が花開く。肖像画が禁止され磨かれたイスラムの伝統的な文様と、ルネッサンスなど西洋の文化潮流とを余さず取り込んだ唯一無二のオスマン絵画の世界。その絵筆は、君主たちの覇業と衰亡をどのように描いてきたのか? 東西文明の境で紡がれた知られざる絵画史を第一線の研究者が綴る。 ◆コンスタンティノープルの征服王メフメト二世は西洋絵画を愛好した ◆立法王スレイマン一世治世の世界地図にはアメリカ大陸も描かれている ◆1922年、帝国最後のカリフは洋画家だった ★★「オスマン帝国の名画」カラー口絵収録★★ 【目次】 はじめに――オスマン帝国を描く 第一章 イスラム教と絵画の複雑な関係 第二章 帝国の誕生――伝統的細密画とルネサンス絵画〔15世紀〕 第三章 古典期細密画の確立――宮廷工房の絵師たち〔16世紀〕 第四章 チューリップ時代――多様化と大衆化〔17-18世紀〕 第五章 近代と改革――洋画の黎明〔19世紀〕 第六章 帝国の終焉――黄昏に花開く美術界〔20世紀〕 おわりに――トルコ共和国を描く
  • オスマン帝国 英傑列伝 600年の歴史を支えたスルタン、芸術家、そして女性たち

    オスマン帝国 英傑列伝 600年の歴史を支えたスルタン、芸術家、そして女性たち

    ビジネス・実用

    3.6
    1巻1,003円 (税込)
    13世紀末、現在のトルコ共和国の片隅で誕生したオスマン集団は、やがて三大陸をまたにかける大帝国となった。1453年ビザンツ帝国コンスタンティノープル陥落、1529年ウィーン包囲など、世界で最も強大な国家を築き上げ、イスラム世界の覇者として君臨した。世界史上稀にみる600年もの長きにわたる繁栄の理由は、さまざまな出自を持つ人々が活躍しえたことにあった――。優れた改革を推し進めたスルタン達、西洋列強に劣らぬ文化を確立した芸術家、そして政治に影響を与えた女性たちの活躍。多様な経歴の10の人生を通して、大国の興亡をひもとく一冊。
  • ケマル・アタテュルク オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父

    ケマル・アタテュルク オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻1,100円 (税込)
    トルコ建国の父、ムスタファ・ケマル(1881~1938)。オスマン帝国が西欧列強からの脅威にさらされるなか救国の英雄として活躍し、帝国崩壊後はトルコ共和国を建国し大統領に就任する。民族主義と世俗主義を掲げて新国家の建設を進めたケマルは、議会からアタテュルク(父なるトルコ人)という姓を与えられた。今なお国民から敬愛される彼の実像を、愛する家族や、戦いを共にした同志との人間模様を交えて活写する。
  • オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史

    オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史

    ビジネス・実用

    4.3
    1巻1,100円 (税込)
    オスマン帝国は1299年頃、イスラム世界の辺境であるアナトリア北西部に誕生した。アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸に跨がる広大な版図を築いた帝国は、イスラムの盟主として君臨する。その後、多民族・多宗教の共生を実現させ、1922年まで命脈を保った。王朝の黎明から、玉座を巡る王子達の争い、ヨーロッパへの進撃、近代化の苦闘など、滅亡までの600年の軌跡を描き、空前の大帝国の内幕に迫る。
  • 世界史のリテラシー オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか コンスタンティノープル征服

    世界史のリテラシー オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか コンスタンティノープル征服

    ビジネス・実用

    3.5
    1巻1,210円 (税込)
    辺境の地から現れた謎の戦士集団――彼らは一千年の都を滅ぼし、新時代の幕を開いた。 オスマン帝国は、なぜビザンツ帝国を滅ぼすことができたのか? 世界の今を解くカギは、すべて歴史の中にある――。誰もが一度は耳にしたことがある「歴史的事件」と、誰もが疑問を抱く一つの「問い」を軸に、各国史の第一人者が過去と現在をつないで未来を見通すシリーズの第8弾! 一千年の長きにわたって君臨したビザンツ帝国の崩壊と、そこから続くオスマン帝国の興隆は、キリスト教とイスラム教という二つの文明が交錯する、その転換点であると共に、新時代へと移行する歴史の分岐点でもあった。希代の征服者メフメト2世がもたらした重大事件の世界史的意義について考える。 【内容】 [事件の全容] 第1章 メフメト二世がいかにして、コンスタンティノープルを陥落させたのか? [歴史的・宗教的背景] 第2章 辺境に登場した戦士集団は、宗教的混淆のなかから台頭した [同時代へのインパクト] 第3章 メフメト二世は、オスマン帝国の礎をいかに築き上げたか? [後世への影響] オスマン帝国は、なぜ六百年も存続したのか?
  • ハレム―女官と宦官たちの世界―(新潮選書)

    ハレム―女官と宦官たちの世界―(新潮選書)

    小説・文芸

    3.6
    1巻1,815円 (税込)
    性愛と淫蕩のイメージで語られてきたイスラム世界の後宮・ハレム。奴隷として連れてこられた女官たちは、いかにして愛妾、夫人、母后へと昇りつめたのか。ハレムを支配する黒人宦官と、内廷を管理する白人宦官は、どのように権力を手にしたのか。600年にわたりオスマン帝国を支えたハイスペックな官僚組織の実態を描く。
  • 教養としての「イスラム史」の読み方
    NEW

    教養としての「イスラム史」の読み方

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,899円 (税込)
    混迷の中東! 宗教の衝突は必然なのか――なぜ、わたしたちがイスラム世界の歴史を学ぶ必要があるのでしょうか? 第1に、イスラムは現在、世界第2位の信徒を抱えているということです。そして、21世紀の後半には世界第1位の信徒数となることが見込まれています。彼らが信ずる宗教がどのように生まれ、広がったのかという歴史を知らずして、現代を理解することはできないでしょう。第2に、イスラム世界は、豊かな歴史を紡ぎ、優れた文化や芸術が花開いた地ということです。そこは人類が歴史に足跡を残した最古の地域のひとつであり、「文明の十字路」でした。第3に、イスラム世界の歴史は、多様な民族や宗教と、どう共存するかというヒントを教えてくれます。この地には、民族的、宗教的にきわめて多様な人々が住んでおり、衝突や紛争が数多く起こりました。しかしその歴史を通観すると、多様性を前提として受け入れ、破滅的な結果を招かないような知恵が積み重ねられてきたといえます。もちろんイスラム世界は、何に対しても寛容なユートピアだったわけではありません。そこには、支配と被支配、差別と不平等も厳然として存在していました。厳しい現実と教訓、共存のヒントを読み解く。

ユーザーレビュー

  • オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史

    Posted by ブクログ

    世界史上でも稀に見るほど長期にわたって存続した帝国の歴史を、一冊の新書に収めた概説書である。
    帝国の全史を知る上でとても役に立った。

    0
    2026年06月02日
  • オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史

    Posted by ブクログ

    オスマン帝国600年、日本でいえば鎌倉期から大正時代という長きにわたり存在した稀有な帝国の歴史を学べた。と同時にイスラム世界の物事の捉え方の歴史的背景をも多少なりとも学べたし感じることができた。良い本です。

    0
    2026年05月02日
  • ケマル・アタテュルク オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父

    Posted by ブクログ

    この本は激動の歴史の中でケマル・アタテュルクがどう人々に関わり、どう決断を下していったのかが深く描かれていて、本当に圧倒されました。
    特に心に残ったことが3点あります。
    一つ目は、彼の知性と人間としてのあり方です。
    アタテュルクは、他の人とは全く違う次元で物事を見ていたように感じます。周囲がぼんやりとしか捉えられていない中で、彼一人だけが世界を「高解像度」で見て、進むべき道を確信していた。そんな凄みを感じました。何より感銘を受けたのは、彼に一切の「虚栄心」がなかったことです。自分を大きく見せることには興味がなく、ただただ国家の存続だけを考えていた。軍の上司に対しても、媚びることなく自分の信念をぶつける圧倒的な発言力。ガリポリの戦いでの彼の活躍を読んだときは、本当に鳥肌が立ちました。

    二つ目は、オスマン帝国の終焉から建国へ向かう執念です。
    かつての大帝国が時代の波に取り残され、列強に切り刻まれていく様子は読んでいて辛いものがありました。しかし、そのどん底の状況でアタテュルクは立ち上がりました。ただ土地を守るだけでなく、アンカラ政府を樹立し、帝国の廃墟の中から「トルコ共和国」という全く新しい国を創り上げた。その軌跡はまさに圧巻の一言です。

    最後に、改革の凄まじさとリーダーとしての孤独です。
    世俗主義や言語改革、西洋化といった彼の改革は、当時の常識をはるかに超えた高い視座で行われました。強烈なリーダーシップで国を造り変えていく一方で、この本は「人間ドラマ」としての側面も描いています。イスメト・イニュのような忠実な戦友もいれば、かつての同志たちの裏切りや離別もあった。これほど過激な変革を成し遂げる道が、どれほど孤独で覚悟のいるものだったか、深く考えさせられました。

    0
    2026年01月12日
  • ケマル・アタテュルク オスマン帝国の英雄、トルコ建国の父

    Posted by ブクログ

    ケマル・アタチュルクの人生、業績に焦点を絞った著作。最後に、アタチュルク後のトルコを簡単にまとめている。著者の『オスマン帝国』と併せて読めば、イスラムの勃興から現在のトルコ共和国まで、オスマン帝国とアタチュルクの時代を中心にトルコの歴史をザックリ押さえることができる。

    これまでガリポリの英雄でトルコ共和国建国の父という程度の知識しかなかったが、出生や幼年期の経験、友人や女性との交友関係、その当時のバルカン情勢なども追うことでどんな人かというイメージが湧いてくる。

    本書の内容というよりも読んで感じたことを何点か記したい。
    ・アタチュルクの行動範囲や視界を見ると、サロニカ生まれで軍人時代の任地も関係しているとは思うものの、ロシアも含む欧州との関係が9割以上であり、東は国境を接するアルメニア・クルド・シリア・グルジアあたりまで、オスマン帝国領をどのように確定し、トルコ領内に残ったクルド人をどのように共和国に統合するかという程度で基本的に意識が西に向いている。尤も主要な脅威がそちらから来るからなのだが。
    ・アタチュルク後、トルコの政局がクーデターもあって長らく不安定で21世紀のエルドアンの台頭により安定するが、そこでダウトオール外相が提示した全方位外交は、まさに脱欧入亜(イスラム)という意味で歴史的に時代を画するものであったことがよく理解できた。
    ・第一次大戦前、セルビアの秘密結社が対オーストリアで暗躍していたが、トルコでも青年トルコ党はじめそれが一般的だった模様。
    ・オスマン帝国は専制君主とより権力分立した君主も存在していたが、アタチュルクの独裁志向は専制君主並みであり、それによって非常時を乗り越えられたとも言え、危機においては権力集中も必要かとは思う。しかし、早すぎる死が晩節を汚さなかったのかもしれない。
    ・歴史のイフではあるが、ケマルの下でのオスマン軍は、英国正規軍やアンザック部隊を退け、東アナトリアでもロシア相手に敢闘。部隊長レベルではなく、もう少し早く生まれて参謀総長レベルであったらオスマンはまだ続いてかもしれない。
    ・その関係で言えば、権力のみならず権威の集中の必要性を感じたからこそ独裁者としてのアタチュルクは、スルタン廃位に続き、カリフも廃位して世俗化を強調している。しかし、政治・軍事なやエリートを含む大多数の国民はカリフの存在には否定的ではなかった。その反映か、死後には徐々にオスマンの歴史的遺産が強調されている(特にエルドアン政権)。
    ・権力権威を集中した結果、アタチュルク死後のトルコ政治は不安定なものとなる。カリフ制のみを残せば、日本の象徴天皇制度や欧州の王室制度と同様にトルコの強み・資産になったのではと思う。
    ・スルタン・カリフ制は、日本の天皇の権力・権限の変遷を考える上でも比較対象として面白そう。

    この辺にしておくが、知識の欠落を補い、色々と思索を拡げさせていただいた本書に感謝!

    0
    2025年01月26日
  • オスマン帝国 繁栄と衰亡の600年史

    Posted by ブクログ

    存在はもちろん知っているが、実はオスマン帝国について何も理解していなかったことが改めて理解できる一冊。

    オスマン・トルコ帝国と言えば、セルジューク朝に取って代わる形でトルコ系の盟主となったものの、ティムールに一度崩壊させられたが、メフメト2世が1453年にコンスタンチノープルを陥落させて千年王国を滅亡させ、スレイマン一世の最盛期には地中海を支配してウィーンも脅かし、プレヴェザの海戦で欧州連合軍を撃破した。その立役者がヨーロッパから拐われた白人奴隷によるイェニチェリ軍団。しかし、1571年のレパントの海戦で負けてから退勢に入り、後はロシアを中心とした欧州勢にやられるがままで、領土を削られ、第一次世界大戦で選択を間違って滅亡した。というのが私の理解で、ほぼ世界史の授業に沿った理解と思う。

    本書はまず冒頭で、オスマン・トルコなんてものは西洋の呼び方で、そんな自己規定はオスマンの人々はしていなかった。オスマンはトルコ人だけの国ではなく、多民族からなる帝国であり学術的にはそれが正しいとの議論が展開され、いきなり仰天。

    また、拐われて奴隷にされ戦争に駆り出された可哀想な奴隷の印象があったイェニチェリは、さにあらず、拐われたり買われたりして、君主の所有物(生殺与奪権は君主)であったことは事実だが、イスラムにおける奴隷は比較的自由に生きていて、国の舵取りをする大宰相になる人も多く、イェニチェリ自体が近衛師団的、エリート軍団で実際にクーデターで皇帝を変えたこともしばしば。また、東アジアやヨーロッパと異なり、生母の格は関係なく、ほとんど全ての皇帝の母は奴隷出身。その方が、外戚の影響力が無くて良いと考えられたシステム。

    そして、オスマンのイメージは16世紀で終わってしまいがち(あとは19世紀の弱すぎて力の真空→紛争を生み出す元のイメージ)だが、国の勃興期からスレイマン一世までの時代は本書の半分であり、それ以降の歴史も半分に亘って記述されている。それは、君主中心の帝国から分権して広大な帝国統治を可能にする官僚制、イェニチェリや常備騎兵、ウラマー、宮廷勢力などの分権化、欧州の技術、制度の導入を進めたほか、イスラム文化・学術の発展の時代でもあった。

    しかし、時代の要請に応じて帝国支配体制を徐々に微修正していく歩みは、絶え間ないヨーロッパの諸帝国の技術革新、ナショナリズムによる独立運動のスピードについていけず瓦解することになる。

    同時代である日本の江戸時代は旧弊を同様に微修正(オスマン帝国よりも更に遅いか)したが、時代の流れについていけずに明治維新という革命で一気に近代化を奔流のように進めた。オスマンの改革は、清国の洋務運動のように遅々として不徹底だったか。常に西洋の近くに存在し、少しずつしか変えられなかったことによる弊害なのかもしれない。

    なお、オスマン帝国後、ケマル・アタチュルクが徹底した世俗化を進めたが、その後、オスマン帝国の遺産が見直されているといる。

    0
    2025年01月12日

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