内澤旬子の作品一覧
「内澤旬子」の「内澤旬子の島へんろの記」「飼い喰い 三匹の豚とわたし」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
直視できるだろうか…直視できても、臭いに耐えられるだろうか。
動物を捌く人々とその現場。旧約聖書の「羊を屠る」といった記述など、自分たちが生きていくには自分たちで動物に手を下さなきゃいけないって、頭では分かっていた。いや、分かっているつもりだった。
顔面蒼白な私とは対称的に、取材とスケッチに積極的な内澤氏が、ミステリーハンターに見えてくる…。(題して、「世界とちく発見!」!?)
内澤氏は不思議がっていたが、我々日本人がショックを受けるのは、ある程度仕方がないと私は思う。だって、幼い頃から屠畜の現場に接する機会がない…というか、限りなく狭められているから。
「屠畜屠畜…」と書いたが、これはいわゆる「屠殺」で、食肉や皮革にするために動物を「潰す」ことを指す。(ちなみに本書ではこの「潰す」という言葉が度々使用され、命をいただくには、まずその行為から入らなければいけないのだと、都度思い知らされた)
著者が「殺す」というネガティブなイメージを好まなかったことと、ただ殺しただけでは肉にならないことを強調したいという想いから、本書では「屠畜」と記されている。(確かに肉になるまでの工程が、気が遠くなるほど長かった…)
試しに周囲に「屠畜の本を読んでいる」と伝えたところ、始めは皆ピンと来ていなかった。そこで「屠殺」と言い換えると、揃って顔をしかめるという事態に…。
初版刊行からおよそ15年も経っているのに、屠畜に対する一般的なイメージは何も変わっていないのかと痛感させられた。
「言い古されたことだけど、問いたい。この人たちは肉を食べてるんだよなあ。屠畜を『穢らわしい』と思っていて、どうして肉を食べることができるんだろう」(P 235)
タイトル通り、世界各地(日本だと、沖縄や東京は芝浦の屠畜場)の屠畜現場での見学内容を一冊にまとめており、現地での模様は著者がスケッチで記録されている。
日本では未だに食肉や皮革を生業とする人々への差別意識が残っている点から、著者は職業差別がないか各地で聞き込みをされていた。屠畜という行為に眉をしかめる人はいたものの、日本ほどの根強い差別は見受けられなかった。
屠畜や解体のくだりは正直私もビビっていたけど、自ら自給自足の生活を選ばない限り、そうした仕事は別の誰かが担うことになる。でもそれは決して穢らわしくなんかない、尊い仕事ではないかと感じるようになった。
それに、命をいただくことは「潰す」ことの一点張りではないし、飼育側も動物たちを一方的に支配しているわけではない。
「けれど私は、確実な意思の疎通ができない動物に対して、人間が、かわいそうだとかストレスだとか解釈することじたいが『奢っている』と思う」(P 126)
屠畜のことを知って、肉を口にしなくなる人もいる。でも私は、そして本書を読んだ大方の日本人は、これからも肉を食べ続けるだろう。
工程がショックなのはまだ否めない。とはいえ、肉の生産に関わる人々や、食肉化・皮革化されていく動物たちを無視しながら肉食を続けるなど、我々に許されるわけがない。
Posted by ブクログ
まだ一月だが、二〇二五年に読んだスゴイ本番付に私はきっとこの本を入れるだろう……!と興奮冷めやらぬ思いである。日本語が読めて、お肉をふつうに食べて暮らしている人は、もう、絶対一度は読むべきです!、とスーパーの前で本書を百冊くらい配りたいくらいの気持ちだが、そんな鼻息荒い人の話は聞きたくないなというもう一人の冷静な自分もいるので、まずは本の感想を落ち着いて書いてみるんである。
▼もとは解放出版社『部落解放』の連載である。単行本としての刊行は二〇〇七年。日本における、屠畜業や皮革業と差別との関係についての疑問が、本書のベースにある。私にとっては、上原善広『日本の路地を旅する』を読んだ時に抱いた感想と通じるところがあった。
▼諸外国では、職業に対する差別意識は必ずしも当たり前ではないようだ。が、一方でよくあるのが、「この動物を殺して食べるのはかわいそう(例:牛はいいが犬はダメとか)」「動物を殺して食べるにしても、こういう殺し方は残虐である(例:大規模屠畜はダメとか)」といった主張。さらによくわからないのは「とにかく動物を殺すのは悪い」、言っている本人がベジタリアンならまだしもそうとは限らない。もちろん人間のいうことに矛盾はつきものであるが、それにしても納得いかないんだよなあ、というのが本書の立場。
▼こうした差別や批判について、内澤さんもいろいろ思うところを書いたりインタビューしたりしているし、私もたくさん考えさせられた。が、この本のスゴイところは、言説や思索やイデオロギーにカッカして浮き上がりそうになる脳みそをふん掴まえて地面にとどめてくれるだけの濃さと重さを持った、取材報告そのもの。バリ島やエジプトやモンゴルなど世界の屠畜現場ももちろん興味深いが、何より東京品川の芝浦屠場のルポルタージュが圧巻。これが我が国のお肉(の一部)ができるまで(の工程の一部)なのか……と思っているところに今度はアメリカ屠畜場の取材記録。私はモンゴルの草原で屠られた羊肉を食べる機会は一生ないかもしれないが、スーパーで「国産」と「アメリカ産」のお肉を見比べてうーんと悩んでどっちかを選ぶことはしょっちゅうある。遠い国の旅の本だったのが、一気に自分事である。
▼終章「屠畜紀行、その後」もスゴイ。内澤さん、バリ島で宣言した「いつか自分でも動物をつぶす」を東京で実行するんであるが、その実感のこもった体験記を読んでいると、本当にしみじみと胸に迫るものがあった。文庫版(二〇一一年刊行)あとがきでは、その後の内澤さんの屠畜関連の活動として豚を飼ったなどと書かれているし、というか二〇二〇年刊行の『着せる女』では「小豆島でヤギを飼って暮らしている」という話だったし、二十年弱遅れではあるが内澤さんのやること書くもの気になりすぎるので、追っていきたい。出版業界のおじさんたちにスーツ買わせる(語弊あり)力もスゴかったけど、こんなスゴイ人ならあれくらい何さという気がしてきた。
▼個人的、関連(連想)図書
・柞刈湯葉『まず牛を球とします。』
→ストレートに、SFが食肉問題をどう解決してくるか。
・ビアトリクス・ポター『こぶたのロビンソンのおはなし』
→本書で内澤さんが悩んでいた、動物を擬人化して感情移入する気持ちと、その動物を美味しく食べたい気持ちとの矛盾を、いとも軽く飛び越える。……いや、ただただそのままぶつけている?
・夏目漱石『私の個人主義』の中の「道楽と職業」。社会が高度になって分業が進むと人間は不完全になる、という話だった記憶。