【はじめに】
『アルツハイマー征服』や『がん征服』で個人的に絶賛した下山進さんの本来の専門分野であるメディア、特に新聞、の現状と将来について書かれたものである。「サンデー毎日」や「週刊朝日」「AERA」に書き継いだコラムが元になっているが、単にコラムを経時的に寄せ集めたものではなく、下山さんの分析と批判が整理された形でまとめられたものとなっている。
【メディアの持続可能性】
下山さんはかつて『2050年のメディア』を上梓し、メディアの将来に対して警鐘を鳴らしているが、そこから年月を経て、既存報道メディア、主に新聞社、の持続可能性がすでに失われつつあるというのが本書に書かれていることである。冒...続きを読む 頭、2017年に見た新聞協会のHPで、過去10年に1,000万部近くの部数を失っていることを知ったのがこのメディアの持続可能性に疑問をもったきっかけだったという。当時4212万部あった部数は2024年には2661万部、じつに7年でさらに1551万部を失ったことになる。そして、そのことは購読世帯の世代分析をすれば、人口動態がそうであるように何もなければ時が経つにしたがってどれくらいの部数になるのかはすでに起こった事実として明白なものであることもわかる。実際、自分の家でも数年前に新聞を解約してしまった。もちろん、独立して家を出た子供たちも新聞はとっていない。
一方でタイトルにある持続可能なメディアとして挙げられているのが、ニューヨーク・タイムズ(電子有料版の購読者が1,000万部を超えた)や英エコノミスト誌である。彼らは、筋読みができる編集者を擁し、自らにしかできない調査報道を梃子に有料電子版のサブスクリプションを販売している。そこでしか読めない情報をパッケージとして有料で提供すること、が重要で、著者によると報道メディアが生き残る道はここにしかないと断ずる。新聞が現在の凋落と危機を招いた遠因を2000年代に起きたPVとの引換えに自らの記事をYahoo!へ提供した判断にまで遡る。この判断がYahoo!にプラットフォームとしてのニュース素材とは無料で手に入れることができるリソースとして認識し、その価値を希薄化させてしまったのだと。
新聞社の方でも何も手をこまねいてばかりいたわけでもない。しかしながら、イノベーションのジレンマのごとくカニバリによる本業圧迫による既存の営業部門などからの圧力によって中途半端な施策にとどまってしまい、多くの場合には大きな成功を見ることがなかった。この本の中では実際にその中にいた人の言葉として敗戦の弁が紹介されていることも多い。超短期には財務的に正しいものだったのかもしれないが、多くの場合に取られた紙の新聞の購読とセットでの販売は明らかにあまりにもユーザのニーズから離れてしまっていた。実際にその組織でのキーパーソンにあたって言葉を取ることができる下山さんならではの魅力なのだが、本書では志半ばで折れた例も多く、寂しさが募るところも多い。日本での例外は、日経新聞とダイヤモンド社という経済系メディアで、その他のいわゆる大手新聞社にはもはやその期待も薄くなっている。例外的ではあるが地方で独自色を出して生き残り戦略を描いているメディアとして、北國新聞と中海テレビ放送の例を挙げる。特に島根県のケーブルテレビ事業者である中海テレビ放送は、ケーブルテレビ事業に以前絡んでいて、非常に独自色のある経営をしていて業界をリードする動きをしていたのは知っているので、そ子が紹介されるのは少しうれしいことである。
本書においては、新聞メディアに関する批評が中心で、テレビメディアについて書かれていることはそれほど多くない。しかし、民間テレビ放送も新聞社と同じく、その持続可能性に目を向けるべきだろう。新聞社にとってYahoo!のようなプラットフォーマーの出現が凋落のきっかけになったように、テレビメディアに関しては、YouTubeとNetflix、DAZNなどのメディアが凋落を加速することになるのだろう。オンデマンドかつ即応性のある仕方でレコメンデーションという仕組みも含めて、テレビが勝てる要素がほぼない。実際に独立した子供たちもテレビはもっていない。新聞と同じくその必要も感じていないのだろう。フジテレビの上納問題は、初動を間違えて特にフジテレビは大きな傷を負い、他社には短期的には有利に働いたが、長い目で見れば業界全体にとって、その問題の収め方も含めて凋落を加速することになるのではないのだろうか。何しろ、その前のジャニーズ問題にもきちんと向き合っていないようにも見えるし、報道の役割についても兵庫県知事選挙でその信用ブランド面で大きな傷を負ったと言える。今年起きたこのあたりの件も併せて、あらためて放送メディアについても一冊書いてもらえればと思うところでもある。
【その他】
下山さんが1993年にNew YorkのColiumbia大学にいたということを本書で初めて知った。自分がいたのは1998年から1999年にかけての時期であり学部も違うので、同じ空間にいたことはなかったのだが、1998年当時には下山さんが籍を置いたColumbia大学のJournalism SchoolやSIPA (School of International and Public Affairs)には多くの日本人がいたものだ。また、自分が傾倒する翻訳家の青木薫さんとの親交が深く、『完全なる証明』や『宇宙が始まる前には何があったのか?』の翻訳では編集者として一緒に仕事をしていたことが書かれていて、さらに下山さんへの信頼を厚くした。ハルバ―スタムの『ザ・コールデスト・ウインター朝鮮戦争』も出版元の文藝春秋で編集者としてかかわっていたというのもエピソードとして書かれていて、胸が熱い。あの戦争についてはいまだに朝鮮半島は二つの国に分かれていることもあり、もっと知られていてよいと思っている。