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作品一覧

  • 大江健三郎賞8年の軌跡 「文学の言葉」を恢復させる

    大江健三郎賞8年の軌跡 「文学の言葉」を恢復させる

    小説・文芸

    4.0
    1巻1,980円 (税込)
    「情報テクノロジーの支配する社会で、もっとも痩せているのが「文学の言葉」です。私は永く「文学の言葉」で生きてきました。いまも注意深く見れば創られている、力にみちた「文学の言葉」を、知的な共通の場所へ推し立てたいのです」大江健三郎――2007年から8年間にわたり大江健三郎一人によって選考された「大江健三郎賞」の全選考過程と受賞理由、および受賞者との対談を収録した、完全保存版!
  • 折口信夫

    折口信夫

    小説・文芸

    4.0
    1巻4,070円 (税込)
    日本の知の結晶ともいうべき折口信夫。文学、民俗学のみならず、その広大なる表現領域は他の者を圧巻し、全貌を掴むことが不可能とされてきた。そこに、切り込んだ安藤礼二の『折口信夫』。この本を読めば折口の全体像がわかり、この本を読まずして折口を語るなかれと、後世の評価を受けることは確実である。起源・言語・古代・祝祭・乞食・天皇・神・宇宙と題された章──これを追うだけで心が打ち震えるではないか。
  • 折口信夫文芸論集

    折口信夫文芸論集

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻1,540円 (税込)
    釈迢空の別名を持ち、学者にして詩人、詩人にして学者という生涯を送った折口信夫は、古代から近代にいたる日本文化を貫く本質をとらえ、詩歌、小説、文学研究、民俗学研究と他の追随を許さない多岐にわたる業績を残した。源氏物語、隠者の文学、短歌の滅亡、近代文学など折口が関心を寄せた日本文学の諸相を多彩な切り口で整理し、批評家としての全体像に迫る画期的評論集。
  • 神々の闘争 折口信夫論

    神々の闘争 折口信夫論

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,530円 (税込)
    2002年群像新人文学賞評論部門優秀作となった「神々の闘争――折口信夫論」を軸に、書き継ぎ推敲を重ねた論考が2004年にまとめられ、文芸評論家・安藤礼二の最初の単行本『神々の闘争 折口信夫論』となった。 その後の2008年に雑誌掲載された「『死者の書』という場(トポス)」という短い評論に作家・大江健三郎が目を留め、高く評価する。その出会いが2009年安藤礼二の『光の曼陀羅 日本文学論』(2016年に文芸文庫版を刊行)による大江健三郎賞の受賞につながっていく―― 折口信夫の文学と思想の源泉を探る問いかけは、やがて折口の生きた時代を共有した井筒俊彦、大川周明、北一輝、石原莞爾、西田幾多郎といった思想家たちの言葉を参照することにつながっていく。それは世界におけるアジア、アジアにおける日本を考えることにつながる。 第二次世界大戦以前の君主制日本、それは「天皇」の存在を抜きにして何かを考えることは不可能な時空間だが、そのような状況下での権力のあり様の本質を、昭和天皇の即位を契機に定義したのが折口信夫だった。 著者は論を進めるうち、やがて折口信夫の背後にある平田篤胤の神学の存在に至る。 折口信夫という孤高の文学者・思想家をその特殊性で理解するのではなく、つねに普遍性を備え同時代に生きて闘う存在ととらえる本書は単行本の刊行から20年を経て、新たに戦争状態が世界を覆っているかのように見える現在こそ読まれるべきなのかもしれない。 知られざる折口信夫の姿――衝撃のデビュー作 本書は、あたかも「本格探偵小説」を読むような、スリリングな読書時間を味わわせてくれる。 あちこちにちりばめられた、細かな謎の集積とその解明。もちろん真犯人は最初からわかって いるはずなのだが、本書を読み終えたとき、その「真犯人」の姿は、まったく違って見えてくる。 ――斎藤英喜「解説」より 目次: 第一章 神々の闘争――ホカヒビト論 第二章 未来に開かれた言葉 第三章 大東亜共栄圏におけるイスラーム型天皇制 第四章 戴冠する預言者――ミコトモチ論 第五章 内在と超越の一神教  あとがき  初出一覧 補論 『死者の書』という場(トポス)  著者から読者へ  解説   斎藤英喜  年譜   著者自筆
  • 空海

    空海

    小説・文芸

    -
    1巻4,950円 (税込)
    人間中心主義でやってきた世界は繁栄のなかに滅びが見え始めている。人間中心的な世界認識を改めなけれならない。いまあらためて空海を読み直さなければならないのである。 空海は二つの「頌」を残した。『声字実相義』と『即身成仏義』の核心をただそれだけで語りきってしまった「頌」(「詩」)である。空海の「詩」は、膨大な仏典を読み解いた上で可能になったものだ。『大日経』と『金剛頂経』 の交点、 胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅の交点に、空海は自身の信仰の体系にして思想の体系を築いたのだ。胎蔵界曼荼羅と金剛界曼荼羅を見れば『大日経』と『金剛頂経』の異なることは明らかである。空海は異なる経典を統合してみせる。生涯を通して宇宙の根源にして意識の根源、さらには身体の根源に位置づけられる「法身」を求め続けた。 「空」の無限と「海」の無限、精神の無限と物質の無限、その融合。無限が一つに交わるところ、その二つの無限の間で人間は何を考え、どのように生きるのか。 空海は偉大な宗教家であった。それ以上に偉大な文学者であった。空海の宗教は空海の文学のなかにすっぽりと包み込まれる。 空海は生涯を通して、宇宙そのものである一冊の書物を書き続けていた。 あらゆるものが生まれ出てくる根源への尽きない想い。根源の場所に立つことで表現の未来がひらかれる。 空海の全貌がわかる記念碑的大著。空海とは何者なのか――日本思想史最大のオリジネーター・空海の思想に迫る。
  • 大拙

    大拙

    小説・文芸

    -
    1巻2,970円 (税込)
    仏教思想を西洋哲学に匹敵する次元にまで深め、アメリカに大乗仏教の神髄および禅文化を広く紹介し、西田幾多郎からジョン・ケージまで多大なる影響を与えた鈴木大拙。近代日本において最も重要な仏教哲学者の足跡をたどり、その思想の全体像を解き明かす。
  • 日本の祭

    日本の祭

    ビジネス・実用

    3.6
    1巻539円 (税込)
    古来伝承されてきた神事である祭りの歴史を「祭りから祭礼へ」「物忌みと精進」「参詣と参拝」等に分類し解説。近代日本が置き去りにしてきた日本の伝統的な信仰生活を、民俗学の立場から次代を担う若者に説く。
  • 場所と産霊 近代日本思想史

    場所と産霊 近代日本思想史

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,090円 (税込)
    世界は多元的であるがゆえに一つである。われわれの思考、言葉と表現の生まれた場所とは!? 近代思想史を斬新に塗りかえる画期的論考。
  • 光の曼陀羅 日本文学論

    光の曼陀羅 日本文学論

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,750円 (税込)
    埴谷雄高、稲垣足穂、南方熊楠、江戸川乱歩、中井英夫ら、「死者たちのための文学」を紡ぐ表現者の連なりを描き出す第一部「宇宙的なるものの系譜」。折口信夫の謎めく作品『死者の書』と関連資料を綿密に読み込み、物語の核心と新たな折口像を刺戟的に呈示する第二部「光の曼陀羅」。『死者の書』を起点に、特異な文学者の稜線を照射する気宇壮大な評論集。大江健三郎賞、伊藤整文学賞受賞。
  • 吉本隆明 思想家にとって戦争とは何か

    吉本隆明 思想家にとって戦争とは何か

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻990円 (税込)
    60年安保闘争や全共闘運動など、戦後の学生・労働者闘争に多大な影響をもたらした吉本隆明。国家論や言語論など、多岐にわたる彼の思想の原点には「戦争体験」があった。戦後思想史の巨人を読み解く、新たな視点を提示する。
  • 列島祝祭論
    NEW

    列島祝祭論

    ビジネス・実用

    -
    1巻2,860円 (税込)
    天皇制の起源に遡り、神道・道教・修験・天台・真言・後醍醐など、天皇を軸として習合・展開されてきた日本的霊性の原型を根源的に探求。 【目次】 翁の変容 翁の発生 国栖 小角 修験 空海 天台 一遍 後醍醐 後記 後醍醐から現在へ 古典作品からの引用および謝辞 人名索引 【著者プロフィール】 安藤礼二(あんどう・れいじ) 1967 年、東京生まれ。文芸評論家。多摩美術大学教授。同芸術人類学研究所所員。 早稲田大学第一文学部考古学専修を卒業。出版社編集者を経て、2002 年「神々の闘争──折口信夫論」で群像新人文学賞評論部門優秀作を受賞。元出版社勤務(雑誌・書籍編集)。元早稲田大学大学院非常勤講師。2006 年『神々の闘争 折口信夫論』(講談社)で芸術選奨文部科学大臣賞新人賞を受賞。2009 年『光の曼陀羅 日本文学論』(同)で大江健三郎賞と伊藤整文学賞を受賞。2015 年『折口信夫』(同)でサントリー学芸賞と角川財団学芸賞を受賞。他に『近代論 危機の時代のアルシーヴ』『場所と産霊 近代日本思想史』『祝祭の書物 表現のゼロをめぐって』などがある。

ユーザーレビュー

  • 吉本隆明 思想家にとって戦争とは何か

    Posted by ブクログ

    94 おそらく誤字 吉本が「古本」になっている


    26 言語の2面性
    指示表出=言語は、音や時空間、社会的習慣の影響を受けて、媒介的に成立する。

    ☆自己表出=すべての間接的・習慣的なものから脱して、言語それ自身自律的で、自らを動かすような「表現」。
    82 そこでは言葉同士の微細な変化や、韻律の響き合い、さらにはそこに表現されたイメージの分裂と融合だけで、詩の新たな次元を拓こうとする。


    50 共同幻想論→上部構造の自律性を主張
    人間関係の三つの位相
    ・共同幻想=上部構造
    ・自己幻想
    ・対幻想=他者との一対一の関係、異性との関係(肉体関係の有無は問わない)、家族的概念

    119 エルンスト・ヘッケルのテーゼ
    胚胎が成長する過程は、それまで生物が進化してきたあらゆる段階と類比的関係にある。

    122
    アジア的段階=部族国家、弥生時代
    アフリカ的段階=縄文時代

    123 段階とは、空間と時間を繋げ、共に考えることができる歴史哲学的な指針である。

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    2024年02月20日
  • 日本の祭

    Posted by ブクログ

    昔の学者の人の言うことや書くことって、喩えると、視力のとてもいい人が、自分の見ているものを細かく伝えてくれるというのに近いような印象があります。同じように地面を見ていても、現代人よりも細かいところまで見えているし、気にも留めないようなところにも注意を払っている、というように。

    たとえば一般化している「お祭(祭礼)」は神道の行事。でも日本人はあまりそれを宗教として感じていません。キリスト教やイスラム教、仏教には教義があるけれども、日本の神様に対しての教義を学ぶ一般人はいない。日本人の風俗をみれば日本人は無宗教ではないのだけれど、教義というものがないのだから日本人の意識上無宗教になっているのでしょう。そういった内容を、端的に指摘するところから話は始まっていきます。

    本書は東京大学での昭和16年の講義録です。その当時、科学の発展が目覚ましいものと人々の意識に映り、そういったものこそがえらいものだ、とするようになっていた影響で、そんな社会の意識から薄れていき失われそうになっていた民俗的なものの連続性を土壇場でつないだ感がある著者です。その、土壇場で何をつないだのかを、本書の読解をもとにもうちょっと解説してみましょう。

    近代化した日本では子どもたちは学校に通うことになります。学問などのために20代前半までその仕組みの内側で人生を送る者も多いことはみなさんおわかりだと思います。古来からの日本の村落で伝えられてきた習俗というものは、今で言えば前述のような、学校に通う期間に学校に通わずに身に染み込ませたものでした。なので現代人は、古来からの物心両面の生活様式を受け継ぎ覚え込む機会を失うことになりました。柳田国男は、そういった古来からの習俗を、近代化・西洋化・産業化の波によって闇に帰してしまうのに抗い、そこで踏みとどまり、後世に残す努力を果たした。それが、民俗学であり、柳田国男が興した学問ということなのでした。

    では、どんなことが書かれているかを、ふたつではありますが、短く紹介していきます。

    まず、「物忌み(精進)」。今でも、神社では水で口を漱いだり手を洗ったりして身を浄めますが、祭りに際しての浄め方はもっと念が入っています。各地方によって差はあるのですが、たとえば家は戸締りをきちんとし、誰も外に出ず、誰も中に入れず、物音を立てずに過ごす。死の穢れを遠ざけ、夫婦の交わりも禁じられる。針仕事を止められたり、農業などで水が近辺にある地域だときゅうりを警戒したり(河童につながる話です)、いろいろと拘束があります。こういった習俗が、全国各地にあったわけです。それぞれに違いはあれど、共通する何かがそれらの行いには内在していて、つまりは根っこはかつて一つだったことを意味するのでした。中国などからの外来の文化や言葉が入ってくる以前から、日本には日本の神様があったというわけです。

    次に氏神への祈願。氏神っていうのは本来、群れすなわちその土地の人間全体からの祈願を全体のために叶えるという性格のものだったのが、いつしか個人の祈願を受け付けるようになっていったのだ、とあります。個人の祈願はいわゆる抜け駆けなのでした。それが認められるようになったのは、個人の信心の深浅が目に付くようになったからだと柳田国男は自説を論じる。氏神を大切にする者と形式的に扱う者とが同じ恩恵を得ることに疑問が浮かんだのが、個人の祈願が受け付けられるようになった端緒ではないかと。そういうようなことが彼らしく解説されています。

    というような解像度で「祭」を見ていく本です。最近では、祭りといえば観光化していて、見物人中心のものになりましたが、従来はその土地の氏神などとの交流が重要な点だったといわれます。神楽、舞、音楽。そういったものは神に対してのものであったのが、いつしか見物人を集めるものになった。儀式の意味が変わっていき、形骸化もしてきたのでした。この先、祭りは単なるイベントとしての性格を強めていくのでしょうけれども、古来の祭は意味が深くて様々で、人々の精神性と密着していたものだったことを、本書を皮切りとした学問から知ることができます。

    風俗を風化させず残した柳田国男の仕事はとてもすごいものだと頭が下がります。この仕事の意味を、たとえば臨床心理学的な考え方から見てみると次のようになります。まず、人は自らの過去と真正面から対峙し、見つめ直したり受け入れたりすることが大切な場面はあると言われます。そこで、良いか悪いかはちょっとわからないのですが、そこから類推して考えてみれば、日本人であることのアイデンティティーだとか、実存性だとか、血の連続性だとかを自分自身で振り返ってみたい、知りたい、と思ったときの足がかりとなるのが、この民俗学ではないでしょうか。

    教義のない宗教である神道が日本には空気として存在していて、その意味がまるで分からずにいてもまあ困らないことは困りません。ですが、ふと立ち止まって考えたい人っていうのは必ずいるわけです。そういった人は足場をしっかり固めたかったりするんですよ、しっかり踏ん張りたいがために。そして、そのような種類の人たちが、日本人総体としての舵取りをとったりもするんです。そっちにいっては危ないよ! と危険をかぎとって言ってくれる。そういう意味でも、知的空間の広さって大切で、知的空間を押し広げてくれるのが、「学問」であり、知ろうとしたときにそこに足掛かりや手掛かりがあると助かるものです。とくにこういった日常生活の謎についての学問であるような民俗学って、「知」と「生活」の溝を埋めるもののような気がします。亀裂や断絶を埋めたり、谷間に橋を架けたり、そういうふうな意味合いがあるのではないでしょうか。

    なんだかだらだらと喋ってしまいました。それだけ伝えたい隙間のある本でもあるのです。喋るなら、同じ分量になったとしてももうちょっと端正にやればいいのに、難しいものです。そんなところで、終わっておきます。

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    2023年09月21日
  • 大江健三郎賞8年の軌跡 「文学の言葉」を恢復させる

    Posted by ブクログ

    少し前の新聞に中村文則の「掏摸」が紹介されていた。中村さんは今や海外でも名を知られた作家だが、そのきっかけになったのが大江健三郎賞を受賞した本作が、賞の特典として翻訳されたからだ、という内容だった。
    大江健三郎賞は聞いたことがあったが、選考委員は大江健三郎さんひとりで、賞金の代わりに海外に翻訳されて紹介される、賞は八年続いて既に終了しているということも知らなかった。
    で、その賞の始めから終わりまでの受賞作の紹介とそれぞれの著者との対談を収録されているのが本作。
    なかなか手ごわい本だったがおもしろかった。
    受賞作のどれも読んだことが無いが、長島有の本は読んでみたいと思った。対談も一番楽しかった。
    大江さんも最後の方で言及されている。
    大江健三郎もよく知らなかったが、ご自身のことに触れられている部分も多く、知ることができた。
    大江さんの文学に対する誠実さで成り立っていた賞だった。それを支えていた優秀な編集者も。

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    2020年07月24日
  • 折口信夫

    Posted by ブクログ

    大著だが飽きさせずに読めるのは、衒学的研究ではなく、文芸評論として、著者がモノを考えながら折口に迫っているから。基本的なことであるが、この大物への対峙による著者の成長は凄まじいものに違いないと、羨望頻り。

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    2019年04月07日
  • 日本の祭

    Posted by ブクログ

    日本人の生活に溶け込んでいる「祭」の原始的な姿とは何か?をひたすらに問い続けた一冊。
    現代に存在する祭式儀礼は、拝礼ひとつ取ってみてもすべて簡略化されたものだという指摘は驚き。
    本来の意味から語呂だけが抜け出して全く異なる祭礼になるパターンも面白かったな。

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    2013年10月02日

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