前巻ラストにて様々を諦めて、もしくは区切りをつけて遂に王として振る舞うと決めた“ぼく”
そんな彼の新たな物語がどうなるかと思いきや驚きの変化が。本作の魅力のひとつって“ぼく”に拠るなよなよした文体だと思っていたのだけど、それが一切合切消え去ったね。文体を変えたというわけではなく、そもそも“ぼく”視点で描かれるシーンが消えたというか
グロワスを主にして描かれる際なんて一人称ではなく三人称視点で描かれているからね。今巻冒頭、グロワスは自室に籠って懊悩に身を費やしたのだろうけど、それを経ての彼は本当に変わってしまったようで
その変化が良いものであるかは読んでいるこちらからは全く判らない。妃達にもその判断は付かないだろうね。しかし、サンテネリというまだ苦境の多い国を背負う男の在り方としては間違いなく良い変化を迎えたと言える
彼は本当に王になったのだ
王の変化はサンテネリの変化に寄り添うかのよう
遂に枢密院会議が動き出し、王権の緩やかな委譲が行われる。けど、状況の可笑しさを覚えてしまうのは、そもそもこの枢密院会議は“ぼく”が責任を分散させる目的で作り出したものだと言うのに、稼働を始める頃は既に“ぼく”ではなくグロワスになっているのだから
枢密院は閣僚が国を背負う権威者であるから効力を持つのに、まるでグロワスが居るからこそ実権があるかのよう
それが明らかになるのが“雪の王”の襲来か
枢密院は構成員が揃う事に拠って効力を発揮する。というより大権の分散を目しての会議体なのだから、構成員を無視した政治的決定は本末転倒。グロワスの決断は作中でも擁護されているように仕方のないものではあるのだけど、いざという時に誰が大権を有しているかを明らかにしてしまうもの
また、“雪の王”による災害は王の御裾に居る強者とそうした庇護を得られない弱者を明確に分かつものともなるね
あと、枢密院制度の行く末ってそういう未来を招き得るのか…と驚嘆してしまったよ…
枢密院制度って、王権をそのまま政治とするシステムから王の大権を委任された会議体に拠る政治体制への移譲、つまりは超長期的には民政移管も視野に入れたものかと思いきや、その前段階として地方領主・貴族の駆逐だなんて…
以前は“ぼく”の主観によって語られていた為に、そこに穏やかな意図を見出した気に成っていた。けれど、“ぼく”が廃され冷徹なグロワスが顔を出した途端、その政策には深謀遠慮が詰め込まれているかのように思えてしまう
変わってしまったグロワスに対し、周囲の者達が畏れに近い感情を持ち始めるが、この状況はその認識が誤ったものではないと教え諭してくるかのよう
グロワスが本格的に王として存在するようになってくれば、追従する臣下も彼の理念に沿った行動を自ら行うようになる
それがアキアヌとガイユールによる徴税権の停止か…。枢密院制度が迂遠的には貴族の力を削ぐものであるならば、閣僚とて同様の方針で物事を考える必要が求められる、自然と“雪の王”を利用して更に政策を推し進めようとするわけだ
これにて王と閣僚は同じ方向を見ている事が判る。だからこそ問題となってくるのは方針の実現手段とそのタイミングか…。グロワスは平和を求めて国の改革を行っているのだから可能な限り平穏な方法を採りたい。けれどアキアヌとガイユールが徴税権停止を“内戦”と表現したように、方針を考えれば閣僚達は平和裏な手段など無いと考えている
グロワスが懸念していた閣僚達との対立が早くも現実のものとなってしまったわけだ
ただ、この状況って見方を変えれば、王としての自覚を持ったグロワスになったからこそ生じられたものとも言えるんだよね
以前の“ぼく”は出来る限り閣僚との表立った対立は起こさないようにしていた。それは閣僚クラスと対立して国を割り、自身や妃達に危害が及ぶ可能性を懸念してのもの。けど、あのように枢密院会議の場で堂々とアキアヌと対立できたのはそれだけ彼が王として振る舞うと決めたからであり、「衝突を繰り返しながら、よりよいものを作り出せればそれでよいよ」という彼の言葉を裏付ける状況
他方で王と首相がこのような対立を起こすなら、それこそ政治闘争であり内戦と評するしかない。血が流れない戦争だ
王へと変じた事で冷たい印象が増したグロワス。それを少し和らげつつ、彼を支える女性陣を改めて描くようなエピソードが『王妃の証』か
アナリゼはサンテネリに来た当初から類稀なる素直さによって王の周囲にさざ波を立てかねない人物だった。特に政治的な理由で夜の交渉が行われなかったとなれば、彼女が焦れったさを覚えるのは当然。それが前巻における積極的な政治への協力に繋がったのだろうし
ただ、そうした行為が出来ただけに、そして正妃というポジション故にアナリゼがグロワスの傍で活躍する場はそういった方面が主になるかと思われたから、“ぼく”が好む時計に格別な関心を抱くようになるとは思わなかったな
“ぼく”と似た趣味を持つ事は彼女がグロワスの精神性に近づく事も意味する。だからか、時計のエピソードと並行するようにして、王の態度の違和感に気付く様子も描かれる
観念と生身、相反する存在として苦しんだグロワス。そんな彼の体験に少し通じる体験をアナリゼがした事で彼女はよりグロワスに近付いていくね。グロワスが王へ変じたように、遂にアナリゼも正妃に変じ始めた
初めて向けられた明確な敵意・悪意、温室で育てられた彼女にとっては未体験の領域。逃げ出してもおかしくないそれに対して彼女は『サンテネリ王国正妃』として立ち向かうね。彼女が無理をしたのは明らか、それでも正妃として振る舞った際には一切の恐れを見せなかった。それこそがグロワスと並び立てる証と感じられたな
グロワスは王として超然的な存在になりつつある。そんな彼の対となる存在がジュールか
前巻における問答では光るものを感じさせつつも王として振る舞うグロワスの前では稚拙な面が見えた彼。しかし、別れてから王の言葉を斟酌する中でグロワスこそが自分の理解者であると思うようになったようで
これって何気に凄い事だと思う。グロワスに会う前こそ彼の演説に興奮する面持ちを見せていたが、実際に邂逅すれば彼こそ不正の頂点だと自分の理想をただぶつけて終わった。しかし、改めてグロワスの理想を考え直す内にグロワスは己と同じ方向を見ている同志と感じ直せるなんて。彼が理想に囚われ理想に溺れているのではなく、理想を叶える為に邁進する青年だと見えてくるね
そんな彼が改めて王の前に拝する機会を得た。同時に自分の論説を述べる機会でもある
この一連のシーンでグロワスがジュールの演説を誘うような演説をまず行ったのは印象的だったな。グロワスが伝統を壊す真似をするのは今に始まった事ではないけど、ジュールが行おうとしている論説は伝統どころかいずれは国を壊しかねないもの。だからこそグロワスは“思想の世界の王”なんて言葉で締めたのだろうし
ジュールの献辞は本当に危険なものだったね……。一応仮定の話だとも、目的としては善の証明だとも言っている。でも話の中心は明らかに現王を“悪”と定義する為の献辞、それを王を目前にして行っている
これが危険な代物として扱われなかったのは偏にこの献辞がグロワスとジュールによる合意の上に成り立っているから。いわば茶番であるかもしれず、グロワスはジュールの話がどう展開するかも理解していたかも知れず。大事なのはジュールが堂々とグロワスに対して学びの時期を終えるにあたりどのような考えを持っているか示すこと、そして両者が同じ理念を抱いていると確かめ合う事
グロワスとジュールは通じ合った。正しいけれど、とても危険な道を歩む事を
二人の考えに瑕疵はないと思える。だからこそゾフィが無垢なフリをしながら、二人が全く気付いていなかった穴を突いて見せたのは驚きであり、貴重であったように思えたよ
現実においても平等の実現表明と更なる平等追求は何度も繰り返された話。グロワスとジュール、そしてゾフィの構図はそれを象徴しているかのよう
作中で示されているようにゾフィとて時代を少しずつ変えようとしている。けど、それはグロワスが変えようとしている時代ではなく、女性が向き合う時代。グロワスもジュールも全く意識していなかったもの
ジュールは確かに歴史を変え後の教科書に載るかもしれない。でも、ゾフィが意識している事だって大切だと思えたな
メアリから『市民メリア・ルロワ』が生れ落ち、ブラウネは長子ロベルを生んだ。そしていずれ次なるグロワスが生まれる事も示唆された。グロワスと妃達の関係は良好であると判る。けど、後の歴史で最も名を残したのがメリアであるように、子供達や生きる時代が同様に良好であるかは不透明で
時折挿入される未来の絵姿へと近付いていく要素が少しずつ揃っていく歴史書のような物語。次巻で描かれるだろう更なる歴史への期待が否応なしに増してくる3巻でしたよ……