永井荷風の作品一覧
「永井荷風」の「麻布襍記 附・自選荷風百句」「畦道」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
『濹東綺譚』を読んでまず驚いたのは、メタ的な物語の作りがこの時代にすでに使われていることだった。
大江匡の世界があり、その大江が書こうとする小説の中には失踪した種田順平の物語があり、さらに最後には「『濹東綺譚』はここに筆を擱くべきであろう」と、作品そのものについて読者に語りかけてくる。この多重の構造が妙に現代的(ポストモダン的)で、あとはタイムスリップでも起きたら完璧だったと思う。
大江は異常なほど冷静に自分を分析している。そのせいで静かな小説のように感じるのだが、起きていることだけ整理すると、60手前の男が玉の井に通い、雪とかなり深い関係になっていく。なかなか激しいことをしている。
ただ、その関係を読んでいるあいだ、ずっとどこかに終わりの気配があった。雪にはほかの客がいるし、大江にも雪とは別の生活がある。親しくなっていくほど、むしろこの関係はいつか終わるのだろうという感じが強くなっていった。
それでも大江は雪との関係に入り込みながら、同時にその関係を外側から見ているようでもある。季節の移り変わりや天候、自分の心の動きまで冷静に眺めていて、その静けさの中から逆に人物の異常さが見えてくる。
読後に残ったのは、小説を一本読んだというより、何か芸術作品を見たような感覚だった。物語が面白かったというより、「こんなものをこの時代にどうやって作ったんだ」と思うような、誰も思いつかないものを見せられた感じに近い。
そして「作後贅言」まで読むと、その感覚はさらに強くなった。極度の不眠、夜中まで銀座を歩くこと、真夏でも熱いコーヒーを飲み、それを出す店を探して歩くこと、多分締切に追い詰められたのだろう、新聞を持って髪を乱して歩く人を見て電柱に身を隠すこと。大江だけではなく、やはり作者の永井荷風そのものも相当変わっていたのか(追い詰められてだけかもしれない)と思ってしまった。