明治12年という早い時期に新政府は西洋音楽の導入を始める。目的は芸術・文化の向上などではなく,「日本国民」を作るためだった。「コミュニティソング」をキーワードに,明治から昭和までの歌の歴史をたどる。
西洋音楽の導入は,日本を国民国家としてスタートさせるにあたり,近代的制度や生活に必要な知識の普及を主眼に行われた。貯金の仕方,食中毒の防止法,栄養の大切さ,なんかを歌いながら覚えさせようという話で,東京音楽学校の先生たちは大真面目にそういう唱歌を作った。もちろん皇国イデオロギーを植え付ける唱歌も作られ歌われたが,それだけでなく,日本の地理とか銀行とは何かとか,実用知識を身につけるための唱歌も多かった。そして国だけでなく民間からもそういう歌がたくさん提案され,歌われた。かなり意外。
また,江戸時代までの日本人は,皆で一斉に体を動かすようなことをしなかったので,近代的兵隊には不向きだった。リズムに合わせて全員揃って動かせる,そういう身体を作り上げるのに,音楽は不可欠だった。あと,近代制度・知識を伝える唱歌をはじめとして,内容つまり歌詞重視で,メロディは結構西洋のをそのままパクってきちゃうこともあった。今,我々は中国を著作権が守られないとか批判するが,日本も近代化の途上ではあっけらかんと同じようなことをしていた。
少し例を挙げると,「郵便貯金唱歌」の歌詞。♪いざ貯金せよ貯金せよ 貯金の数の重なりて 通の紙のなくならば 又別帳を請ひ受けよ
「夏季衛生唱歌」の歌詞 ♪蟹やイカタコ海老イワシ 揚げ物貝類ところてん ささげにかぼちや,もち,だんご いづれもこなれぬものなるぞ ♪すべて飲み食ひしたものが あとで悪いと気付いたら 指を差し入れ吐き出して あとを塩湯でよく洗へ
こういう唱歌で,下々の日本人は近代をとりいれていったのだなあ。そして皆で声を合わせて歌って,一体感を高めることも重要。コミュニティソング。そうして日本人とか何々県人とかが出来あがった。感慨深い。
唱歌「栄養の歌」の歌詞 ♪豆腐・納豆・味噌・黄粉 豆こそ肉の代用なれ 小間切肉や煮干添へ 美味と栄養兼ね得べし 凡そ調理に心して 廃物出さぬ工夫せよ 貯蔵の法を弁へて 天の恵みを無益にすな
何だか保育園で歌う歌みたい。食べ物って大事だよ!
卒業の歌についても一章割かれていて,唱歌「仰げば尊し」と戦後の「旅立ちの日に」の綱引きについて詳しい。「女王の教室」というドラマが一役買っているらしい。あと,宗左近のぶっとび校歌とか,長野県歌「信濃の国」についても触れている。戦後のうたごえ運動についても。うたごえ喫茶とかうたごえ酒場とは違って,うたごえ運動は労働組合なんかが合唱団をつくって,全国的な統制の下に行なわれた文化運動。基地闘争とかの左翼運動とも連帯。山崎豊子の小説で,混声合唱団をエサに左翼運動にオルグするみたいな場面があったって,こないだ妻が言ってた。うたごえ運動ってそんな感じだったのかなあ。戦後のそういうのって面白い。