吉岡忍の作品一覧
「吉岡忍」の「奇跡を起こした村のはなし」「墜落の夏 日航123便事故全記録」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
2018年に高志の国文学館(富山)で開催された「堀田善衛特別展」に際してのインタビュー、5つを収める。以下は気になった4つ。
「堀田善衛が旅したアジア」――ジャーナリスト、吉岡忍から見た堀田。堀田はアメリカを描かなかった。それがなぜかを論じている。(余計なひと言も書いてある。「あの司馬遼太郎さんだってアメリカ紀行があります」。)
「「中心なき収斂」の作家、堀田善衛」――なぜゴヤやモンテーニュに憑りつかれてしまったのか。仏文学を専攻したこととの関係を、同種族の鹿島茂が語っている。
「堀田作品は世界を知り抜くための羅針盤」――20歳の頃からの熱狂的ファンの宮崎駿が『方丈記私記』について熱く語っている。これだけ講演録。
「堀田善衛のスペイン時代」――スペイン美術史の大髙保二郎、同行することが何度かあった。その時の堀田夫人の立ち振る舞いのことを書いている。しかもサルバドール・ダリの奥さんと比べている。うーん、ガラかよ。
Posted by ブクログ
日光123便墜落、事故については以前から大変興味を持っており、青山さんの本は全て読み、その他いろいろな人の多くの解説を読んできたが、今回の吉岡さんの墜落の夏はちょっと視点を変えた、事故直後の様々な問題を、冷静に、多くの人々に取材をし、丁寧に記述されていた。
以前から感じていた、相模湾に沈んでいると思われる垂直尾翼は、100数十メートルの深さであり、なぜ引き上げ作業が行われず、そこを飛ばしてボーイングのシュリミスと言う政府発表を事細かに解説している点については、やや物足りない気もしたが、事故の翌年の出版であり、わからないことばかりの中でどこまで、自衛隊、米軍の訓練機による事故と探偵する事はできなかったのだろうと思う。
Posted by ブクログ
吉岡忍『墜落の夏 日航123便事故全記録』中公文庫。
1989年刊行の新潮文庫『墜落の夏──日航123便事故全記録』に『四十年後の補論──実感と言葉をめぐる危機の時代』を増補した上で、神里達博による解説を追加し、復刊。
青山透子の日航123便墜落事故をめぐる疑惑についてまとめられた一連の著作を読み、この事故に大いなる興味を抱いたのだが、1989年に新潮文庫から刊行された本作の親本は未読であったことから読んでみることにした。
墜落事故の発生から、墜落事故現場の発見、轢断され、黒焦げになった遺体の検視と身元の特定、遺族への補償問題、事故原因と綿密な取材により非常に詳しくまとめられたノンフィクションであり、読み応えがあった。
本作の著者も事故原因については疑問を呈しており、米軍や自衛隊の演習の過程で標的や模擬ミサイルなどがぶつかり垂直尾翼を破壊した、或いは隕石やUFOなどの外部圧力による垂直尾翼の破壊を疑っている。
日本国内最大の惨事となった航空事故は1985年8月12日の夕方に発生した。羽田から大阪へ向かう日航ジャンボ機が消息を絶つ。その後、ジャンボ機は32分間の迷走の果て、御巣鷹の急峻な山中に墜落し、乗員乗客520名の生命を奪ったのだ。
生存者は僅か4名でいずれも女性であった。その中でも、プライベートで搭乗していた日航のスチュワーデス、落合由美さんの証言は事故原因を解明する上でも大変貴重なものだった。
事故原因は、7年前に同機が起こしたしりもち事故によって破損した後部圧力隔壁の下半分の交換修理が不適切で、飛行を繰り返したことで金属疲労を起こし、その部分が飛行中の与圧により損壊、客室側から吹き出した空気が機体の尾部と垂直尾翼を吹き飛ばし、同時に4系統あった油圧パイプが断裂したことで、操縦不能に陥り、墜落したというものだ。
これは、物的証拠が無いのにも関わらず、ボーイング社が認めたという推測の一つに過ぎないのだ。相模湾に沈んだとされる垂直尾翼を引き揚げれば証拠が掴めるかも知れないのだが、近年、某テレビ局がその垂直尾翼を発見したにも関わらず、日航側も運輸省も引き揚げようとしないのは何故なのだろうか。
本体価格1,100円
★★★★★
Posted by ブクログ
日本にも、こんな村があったんだと思わせてくれた1冊。同じ集中豪雨で同じ災害が起こらないように「改良復旧」させること、補助金制度を活用するための地道な努力やポイント、村役場の人たちの留学制度、これから中山間地域で取り組むべきモデルをやってみての経験知がたくさん詰まっている本だと思う。なぜ、先進的な取り組みをしている地域が国内にも外を見ればあるのに、困っている地域が出てきてしまうんだろう。もっと多くの人に知られていい地域だと思うし、奥多摩でも活かせそうなアイデアもありそうだと思いました。すでに村はなくなり胎内市となっているとのことだけど、一度、訪ねてみようかな。