あらすじ
「天子諸芸能のこと、第一御学問なり」と禁中並公家中諸法度で規定され、政治的には無力であったとされた江戸時代の天皇。しかし、後水尾天皇や霊元天皇は、学問や和歌を奨励して権威を高め、光格天皇は天明の飢饉の際に幕府から救い米を放出させたばかりでなく、応仁の乱以降に失われた御所を復古再建させた。老中・松井平定信が説いた大政委任論など、幕末動乱の中で孝明天皇を権力の頂点に押し上げた原因を究明する。
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江戸時代の天皇・朝廷の通史。かつては江戸時代の天皇はさして話題にもならない分野だったが、最近は研究が活発だという。幕府とは敵対しており押さえつけられ無力だった、という説も覆りつつある。読んでみて分かるのは、何時代であろうとやっぱり天皇は天皇なんだなと。禁中並公家中諸法度も戦国時代という戦乱で荒廃していた朝廷と公家の秩序の再編で、その機能存続を図ったもの。天皇の義務を初めて規定し、まずは学問、和歌も捨て置けない、禁秘抄に書いてあることを学ぶのが大事。天皇は現実政治に関わることはなかったが、それでも帝王学を学ぶことを求められた。幕府も天皇が日本の君主であると理解していた。そして禁秘抄には「まず神事」と書かれているので、神道の祭祀が天皇にとって一番大切なことで、祭祀を抜いては天皇を語れないのである。このような天皇の本質に関わることを再確認したのが禁中並公家中諸法度だった。これによって天皇が別のものに変化したとかそういうことではない。昔から天皇とはそういう存在だった。どれだけ政治的に経済的に無力になろうと、民の精神的な支えであることに変わりはなかった。それが天明7年(1787)の天明大飢饉で露わになった。大阪や江戸といった各地で打ちこわしが発生したが、天皇のいる京都では起こらず、御所の周囲を人々を廻り始め賽銭を投げて祈り始めた。最初は数十人だったのが、数万人規模に膨れ上がり飢饉からの救済を天皇に祈った。天皇が単なる政治家だったらこんなことは起きなかっただろう。この異様な事件に、天皇と国民の関係は、政治家と国民との関係とは違う、支配する者とされる者といったヒエラルキー的発想とは根本的に違うものを感じる。ある人に祈るぐらいすがるというのは、尊敬しているからそうする。すると尊敬の念とは、武力や財力とは無縁のものだと分かる。武力も財力も所持している幕府のお膝元ですら打ち毀しが起きたのだから。無力と言われた江戸時代の天皇が、なぜこんな毎日数万人規模の民衆から祈られるぐらい尊敬されていたのか。これは矛盾だし、この謎に天皇存続の鍵があるように思える。政治家はしばし武力と財力で人々から尊敬を得ようとするが、そういうことをしてもおぞましい独裁者になるだけだ。天明飢饉ではこの御所千度参りを知った光格天皇が民の窮状を見かね幕府に何とかしてくれと頼み込んだ。そして幕府が救済に動いた。政治に関わらなくなって久しい天皇が幕府の政務に口を出し、幕府を動かしたという前代未聞の出来事となった。本書には他にも江戸時代の民衆と天皇の関係が書かれておいり、これが御所千度参りの基礎になったのだろうと分析されている。太平の世になると天皇とは何をしてるのかよく分からない存在だが、政府や法律が機能しなくなり国や民が危機に見舞われると、途端に存在感を増してくる。それが江戸時代の場合天明の飢饉と幕末だった。天皇がその時代の現実の政治組織に物申すのは、ただ己の身はどうなってもいいから民を救わんがため、その一心でのみ裁可される。そしてそれは「まずは神事」の規定により祭祀において国・民の平穏無事を毎日祈ることが責務の天皇だから説得力があることであり、まずは学問として仁という人を愛するこころを育んで、民のことを常に心がけることに論理的に答えを出している君主意識をもつ天皇だからこそできることなのではないかと思った。江戸時代の天皇とは、祭祀という超越的な分野でも、学問という論理的な分野でも民のことを心掛けるような君主として、実に理にかなった天皇像を私達に提供してくれる鏡のようなものである。なぜなら理性的存在者(人間)とは感性界だけでなく叡智界にも属する唯一の祈る生命体であるから(I.カント)
Posted by ブクログ
足利が武家のために立てた北朝の末裔、皇位が南北朝に別れたため朝廷の勢いが減じた流れで、武家社会という変革、そして戦国時代という荒波のせいでついに絶えかけた天皇・朝廷、江戸時代の天皇はこれを復古せんと時の権力者と利用・対立を繰り返すなかで政治的力を復活してきた
後水野・霊元天皇時代は文化・学問を通じた権威の再構築を目指す、政治的には無力化された天皇が、学問・和歌・朝儀の奨励により、ソフトパワーとして存在感を高めていく、禁中並公家中諸法度で「天子諸芸能のこと、第一御学問なり」と位置づけられた伝統を、積極的に活用した戦略が幕末の権威づけに役立った
剛腕光格天皇の積極的な役割が目立つ、個人的に「中興の祖」認定(笑)応仁の乱以降荒廃した御所の復古再建や、天明の大飢饉時に幕府から救い米を放出させるなど、民衆救済を通じた「君主」としての実践がカッコいい
閑院宮家(現皇室の直系)からの即位という傍系ながら、朝廷の権威を権力寄りに引き上げた生き生きとした描写が読み応えがある
文久年間が天皇家に激震をもたらした、朝幕の複雑な依存・駆け引き関係が複雑だが抗えぬ急流を思わせる、単なる抑圧ではなく、幕府が朝廷の権威を利用しつつ統制しようとする一方、天皇側が幕府の安定や経済支援をてこに「皇国」意識や朝儀再興を進めた緊張感あるバランスゲーム、勝者はどっちやろね
単なる「復活の流れ」だけでなく、文化・民衆・朝幕関係の多層性と長期的な皇統意識の蓄積が強調される一冊