あらすじ
気運(しお)が来るまで気長く待ちつつ準備する者が智者。気運が来るや、それをつかんでひと息に駆けあがる者が英雄。──それが庄九郎の信念であった。そして庄九郎こそ、智者であり英雄だった。内紛と侵略に明け暮れる美濃ノ国には英雄の出現を翹望(ぎょうぼう)する気運が満ちていた。“蝮(まむし)”の異名にふさわしく、周到に執拗に自らの勢力を拡大し、ついに美濃の太守となった斎藤道三の生涯。
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Posted by ブクログ
美濃の蝮と言われた斎藤道三の後編。戦国時代のダークヒーロー小説であり、男子の憧れなのではないだろうか。
人並み外れた智者であり武芸家。また気運がくるまで気長く待ち続け、その気運がくるやそれを一息で掴んでしまう英雄。上に立つべき能力者としての「蝮」である。
自身曰く善と悪を超越したところに居ると書いてあるが、まさにこの両面を持ち合わせなが「新国」を作り上げた人物である。
天下第一等の悪人と言われる所以は「破壊者」というところにある。守護職の土岐頼芸を追放し、古くからの商業機構である「座」を美濃においてぶち壊した。魔法のように忠誠の神聖権威にいどみかかり、それを破壊。それを壊す為には「悪」という力を使う人間であった。
ただ彼は悪のかぎり力を尽くし、破壊し、ようやく破壊から「斎藤美濃」という戦国の世にふさわしい新生王国をつくりあげた。
一方以前から自分の家来を厚く遇し、領民に他領よりも租税を安くし、堤防を築き、灌漑用水を掘り、病にかかかった百姓には医者を差し向け、かつ領民のための薬草園をつくった。美濃はじまって以来の「善政家」といっていい。
ただ上記だけでまとめると、単なる自分の欲が強い独裁者のようにも感じるが、彼には一人の人としての爽やかさや柔軟さをもった魅力がある。
飄々と高笑いをし、戦場に響き渡る声を馳せ、自らが指揮官となり第一線に立つ。且つ強い。能力のあるものは出に関係なく認めて下につける。藤左衛門の手下であった白雲が京の油屋に討ち入りに来た後に捕まえ「殺せ」という本人に「死ぬなら戦場で死ね」と自分の家臣として使えさせる。主君を追放しておきながら、一人で漁夫に化けて、船を出して最後は見送る、誘拐された嫁は自ら助けにいくなど。
また物語として面白いのは脇を固める人物。どこかひょうきんだが大事なときに登場し任務をこなしてしまう赤兵衛、戦や奇襲などで一人つれていくとしたらこいつというクールな武人の耳次。ライバル小僧として「虎」と恐れられた信長の父の織田信秀、色と酒と食に溺れだめだめながらも絵描きとしても優れ後世にも「鷹」の絵の残る美濃の守護職の土岐頼芸など。
そして様々な女性とのやりとりのうまさも、彼の色男としての能力、悪く言えばズルさがある。
京の油屋の女主人であり正室のお万阿の方は旦那の夢物語を笑いながらも見守り待ついい女(現代ではいないのでは)だったり、天女のような女と称され土岐頼芸から魔法のように奪ってしまった深芳野もいれば、後に濃姫の母となる那那姫は幼いときから目をかけて育ててもいる。全員に正直に気持ちを伝え、結局それぞれを愛するというから女性たちも呆れて諦めるしかなくなるのだ。
司馬流で書かれた小説だから現実とはまた異なるかもしれないが、戦国時代の英雄伝としてとても面白かった。随所に格言も書かれていて、人の上に立つことを目標にする人には打って付けだと思う。