あらすじ
宮城谷文学の集大成。現代日本の『三国志』決定版! 後漢王朝の衰亡――。建武元年(西暦25年)に始まる後漢王朝では、幼帝が続き、宮中は皇太后の外戚と宦官の勢力争いに明け暮れていた。正義の声は圧殺され、異民族の侵入が頻発し、地震や天候不順が続く。6代目の帝に皇子が生まれた時、守り役に1人の幼い宦官がついた。その名は曹騰(そうとう)。後に8代目順帝の右腕となった彼こそ、曹操の祖父である。
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Posted by ブクログ
読む前はちょっと腰が引けていました。
宮城谷昌光だからなー。
史実に基づいたエピソードが、多少時系列を前後させながら淡々と書かれているんだろうなー。
難しくなきゃいいけれど、ま、三国志だし、なんとかなるか。
いや、もう、面白かったのなんのって、久しぶりに手を引っ張られる勢いで物語世界に引きずり込まれました。
普通の三国志は、人心がすさみ食べる物にも事欠くような世の中で黄巾の乱が起こり、それを憂いた劉備と関羽と張飛が桃の木の下で兄弟の契りを結ぶところから始まるのですが、この本は違う。
「四知」から始まります。
「四知」とは「天知る。知知る、我知る、子(なんじ)知る」のことで、誰にもバレないだろうと思っても、悪事は露呈しないわけがないという意味です。
この言葉を言った楊震(ようしん)は、後漢時代の儒者であり、請われて重臣となった人です。
その清廉潔白の人が、陥れられ死なねばならなかったのが、後漢という時代。
三国志と言いながら、物語はここから始まります。
まるで、幕末を描こうと思って関ヶ原から始まった、みなもと太郎の「風雲児たち」みたいじゃありませんか。
少し前の時代から始まることによって、時代の背景が明確になり、何年とか誰がとかの個別のことはさておき、流れがつかめるようになります。
どういうわけか短命な帝が続いた後漢時代。(後半は毒殺じゃね?って思っているんですが、どうでしょう)
帝が若くして亡くなるということは、皇太子が幼いということ。
皇太子が幼いということは、後見人が力をもつということ。
というわけで、帝の未亡人である皇太后と、その血族が力を持つ時代が続きます。
善政を布くならそれで構わないのですが、そういう人ばかりではありません。
自分達の好き勝手にふるまうことに歯止めが効かなくなる人が多いわけです。
降ってわいた権力ですからね。
そして、王朝が堕落すると、官僚も堕落します。
自分たちだって好き勝手やっていいだろうと。
もちろんたまには正しいことを言ったりやったりする人もいますが、そういう人はたいてい目の上のたん瘤扱いされて、最終的には追放されるか命を奪われます。
ローマ帝国の末期みたいですね。
そんな時、帝に子どもが生まれます。
しかし生みの母は殺され、父に愛されることもなく、見かねた皇太后が手元に置き慈しんで育てたのが後の順帝です。
いつ何時命を狙われるかわからない立場の皇太子ですが、大仰に警護すると却って敵を刺激することを畏れた皇太后は、幼い宦官たちで順帝の周りをガードします。
なので、一度皇太子の座を追われた彼に帝の座を持ってきてくれた宦官たちを、順帝はとても信頼しています。
しかしそれが、官僚対宦官、外戚対宦官の火種にもなってしまいます。
いや、順帝の時代なんて、ほんのちょっぴりしか書かれてないんです。
ほとんどは彼の父親安帝のころか、その前。
で、順帝の死後の後継者争いでこの巻は幕を閉じます。
固有名詞は難しいので、なんとなくで判断。
時代は後漢の中盤なので、福岡県の志賀島で発見された金印のちょっと後の時代。卑弥呼より結構前。
くらいの知識でも十分読み進めることができます。(よいこはもう少し勉強してね)
書き忘れましたが、順帝が幼い頃から身近にいた宦官の一人が、曹操のおじいちゃんです。
一般的な三国志ではあまり評判のよくない曹操ですが、私は曹操一押しなので、今後がめっちゃ楽しみです。
よく考えたら、三国志って三国ができる前の話がメインなんですよね。
なら、このアプローチもありだな。