あらすじ
使い捨て容器などから発生するマイクロプラスチックが体内に蓄積することで、健康被害が起きるという恐怖が社会に広まり、体内洗浄クリニックなど、プラスチックの除去を謳うサービスが生まれていった。マイクロプラスチックと健康被害の因果関係の調査を命じられた水鏡瑞希は、厚労省の佐久間英里子らとともに、研究機関を訪れる――。流行する健康ビジネスの裏に潜む思惑とは。瑞希の推理が嘘を暴き出す、本格科学ミステリ。
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Posted by ブクログ
水鏡推理 マイクロプラスチックは、環境問題という一見“正義”の装いをまとったテーマを通して、人間の不安と集団心理の脆さを鮮やかに抉り出す一作だった。
本作で描かれるマイクロプラスチック(MP)を巡る狂騒は、単なる環境リスクの告発にとどまらない。科学的事実と不確かな情報、善意と利権、正義感と自己顕示欲が複雑に絡み合い、社会が一方向へと傾いていくさまは、コロナ禍における買い占め騒動や過剰反応とも重なって見える。人は「見えない脅威」に直面したとき、理性よりも不安に突き動かされやすい。その危うさを、本作は冷徹な筆致で浮き彫りにする。
身近な例として思い浮かぶのが、かつて洗顔料に含まれていた“プチプチ”だろう。何気なく愛用していたものが、やがて環境や人体への影響を指摘され、社会的に忌避される存在へと転じる。この変化のスピードこそが、現代の情報社会の特質である。便利さや心地よさの裏側に潜むコストを、私たちはどこまで引き受けられるのか。本作はその問いを、読者一人ひとりの生活感覚にまで引き寄せてくる。
終盤に描かれる宗教団体の影も印象的だ。科学的言説が混乱する隙間に入り込み、救済や確実性を提示する存在の不気味さは、かつての恒星天球教事件を想起させる。思わず“前頭葉切除手術!?”と身構えてしまうほどの緊張感は、理性を標榜する社会がいかに容易く情動に支配され得るかを示唆する。環境問題とカルト的思考の接点を描くことで、作品は単なる社会派ミステリーを超え、現代の精神風土そのものに踏み込んでいる。
また、シリーズに通底してきたパワハラ描写が本作では影を潜めている点も興味深い。時代の変化とともに、組織の空気や権力の振る舞いが更新されていく様子がさりげなく反映され、現実社会との呼応を感じさせる。そして「講談社と付き合いがあった時」「KADOKAWAと付き合いだしてから」といったメタ的な言及には、作者ならではの遊び心と業界への距離感がにじみ、読者に小さな愉悦をもたらす。
環境問題、情報の氾濫、宗教的熱狂、組織の論理――それらを一つの物語の中で統合し、娯楽性を損なうことなく提示する筆力はさすがである。『水鏡推理 マイクロプラスチック』は、私たちが「正しい」と信じるものの背後に潜む曖昧さと、集団の中で揺れ動く個の在り方を、静かに、しかし確実に問いかけてくる重厚な一冊だった。