あらすじ
男と女はどう線引きすべき? 成人の定義って? 安全な堤防の高さとは? 混迷するボーダレスの時代に基準値の進化は止まらない!
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
仕事で基準値をよく使っていたので読んでみた。
ド文系なので計算式とか全然頭入ってこないこともあったけど、どういう考えで作られるかがよくわかった。
天才たちがすんごい緻密にやってるかと思いきや、
ざっくり100掛け(でもそれなりに考えられた10×10)
みたいなこともしてることにも驚いた。
定量的に評価できるものって、
(基準値つくるのには大変な苦労もあるだろうけど)
基準値と比較できて判断が楽になるけど
問題は未知の分野だよなあって
(こんなアホそうな感想しかもてなくて反省)
一オリンピックの性別判断とトライアスロン水質のところが
特におもしろく読んだ
数値的に問題ないけど嫌なんよっていうことが
昆虫食をはじめとして結構ある ということも
この本のおかげで考えることができた
Posted by ブクログ
基準は、しっかりそれぞれの国で考えている。
がん検診の基準は、有効とされたものだけ、検診に組み込まれている。
その他は、個人で判断。メリットよりデメリットの方が多いといった考えもあるよという立場。
リスクとは、避けたいことが起きる確率とその影響範囲をかけあわせたもの。かけるところがポイント。
Posted by ブクログ
少し難しかったが、身の回りの「基準」に目を向けるきっかけになった。
基準に限らず、皆が漠然と「当たり前」としてしていることも、全て何か根拠があり、自分はそれに振り回されていないか、改めて見直す必要がありそうだ。
Posted by ブクログ
基準値がどのようにして決まったのか、基準値による線引きの意味するところはなんなのかについて、様々な事例を使って説明がなされ興味深い内容でした。定番の放射線、原子力発電所、新型コロナの基準値に加え、男と女の基準値、トライアスロンの水質の基準値、コオロギ食の基準値など、なじみのない分野もあり、それぞれ丁寧に解説されているので面白く読んだ。そして、11章の「AIと個人情報の基準値」は、特に興味を持った内容であった。新しい技術、未知のリスクにどう向き合うか、参考になる。開発者あるいは利用者が、みずから線引きをすることによって、リスクがないところを示し、前に進んでいくというアプローチが示されている。
Posted by ブクログ
【目次】
第1章 男と女の基準値 テストステロンルールの迷走
第2章 新型コロナの基準値(1) 「距離と時間」の狂騒曲
第3章 新型コロナの基準値(2) 空気感染とはなんだったのか
第4章 トライアスロンと水浴の基準値 セーヌ川だけが汚いのか
第5章 放射線の基準値 誰が処理水と除去土壌を受け入れるのか
第6章 原子力発電所の基準値 どのくらい安全なら安全なのか
第7章 治水と防潮堤の基準値 科学だけでは決められない
第8章 がん検診の基準値 受けるべきか、受けざるべきか
第9章 PFASの基準値 世界から追われる嫌われ者
第10章 新しい「食」の基準値 コオロギは本当に安全なのか
第11章 AIと個人情報の基準値 自分で基準をつくっていく
コラム
1 先発投手の100球 2 花火大会の保安距離 3 学校の天井の高さ 4 水質環境基準のなりたち
5 妊婦はなぜ温泉に入れなかったのか 6 災害における「72時間」と「6ヵ月」 7 暑さと寒さはどっちが危険か 8 どこからがカスハラ? 9 安全係数「それ100で割っちゃうの?」 10 激辛食品のおかしな基準
Posted by ブクログ
これ以上は危険とされる数字がどのように決められるかを一般向けに紹介した書籍。純粋に科学的であるかのように見えても、社会的合意のもとに数値化されていることが解説されている。
それを妥協と呼ぶか、議論を尽くした上での落とし所と呼ぶか、政治的決着と呼ぶかは人それぞれ。
「たとえ怪しい基準値であっても、一度決められた数字は変えにくい」などもありがちで、とても面白かった。ブルーバックスらしい良書と呼べるだろう。
Posted by ブクログ
陸上競技における男女問題は、非常に難しい問題を孕んでおり、一筋なんではいかない事がよくわかった。
その他の基準値も、必ずしも単純に科学的に決まるものではない事がわかり非常に面白い。
色々な基準値の成り立ちや実情を説明しています。文系でも十分に理解できると思います。
エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング(EBPM)と言われるようになり、統計値を根拠に説明されることが増えましたが、この本は統計値の指標の根拠を理解した上でないと、誤った決断になるとのことを知らしめてくれると思います。
Posted by ブクログ
基準とは、私たちが生きたいと思う世界を変え、実現するための良い道具である——基準があるから考えるという行為を遠ざけるのではなく、基準を用いて生きたい世界を実現できたらいいなと思う。
乳がん検診で40歳未満については乳がんに罹患する人が少ないために調査事例が少なく、死亡率の減少効果については十分な知見が得られていないとした、はやっぱりそうなのか、少数派かーと思ってしまった、ががん検診の基準値について知ることができよかった。
Posted by ブクログ
魅力は、4人の専門家(永井孝志、村上道夫、小野恭子、岸本充生)が各々の専門分野を活かし、性別判定、飲酒・喫煙の規制、原発処理水、がん検診の有効性、昆虫食の安全性など、多岐にわたるテーマにおける基準値の意義を探求している点。個人的には、PFASに関心があるが、国内外での規制スタンスの違いが詳細に記述されている。
Posted by ブクログ
行政上のルール設定や込み入った数値での科学的データはの記述は無味乾燥な嫌いもあるが、話題の広げ方は新書然として興味深く、その背後にある筆者らの志向は科学とわれわれの日常生活をどう結びつけていくべきかという面での一つの参照点として大いに参考になる。
Posted by ブクログ
数字=科学=絶対という構図を持ち出し、議論を打ち止めにする、したい人がいる。しかし何を守るかは議論の後、集団としての決定を下さなくてはならない。責任から逃れるためにあるのではない。
Posted by ブクログ
●日常を取り巻く「基準値(ルール)」が、科学・政治・妥協の混ざり合いによっていかに作られるかを解き明かし、盲従せずにリスクと向き合う思考力を養うための一冊。
●基準値というものの考え方と未知のリスクと向き合ったときのアプローチの仕方を学ぶ。→根拠に目を向けることと基準を盲信するのではなく「何を守りたいか」を考えることが大切。
●我々はリスクを判断する時、「基準値以下なら安全、超えたら危険」という二分法で世界を捉えがちだが、本書は、その一線が、純粋な科学だけでなく、政治、歴史、さらには「説明のしやすさ」といった極めて人間的な事情で引かれている実態を鮮やかに描き出している。特に興味深いのは、「20歳からのお酒・タバコ」や「2メートルのソーシャルディスタンス」といった身近な数字の根拠が、実は過去の数字の使い回しであったり、実行可能性との妥協の産物であったりするという指摘。一度決まった数字が「権威」となり、思考を停止させてしまう危うさ。著者は、科学と社会のギャップを埋める「レギュラトリーサイエンス」という視点から、この見えないルールとの付き合い方を説いている。本書は、基準値を単なる「壁」として恐れるのではなく、私たちが「何を守りたいのか」を議論するための共通言語(道具)として捉え直す。未知のリスクが次々と現れる現代、自分の頭で判断するための「物差し」を授けてくれる。
Posted by ブクログ
世の中に存在する「基準値」が緻密に決められているのか、意外にエイヤっと決められているのか、背景が知れたらいいな、と思い購入
緻密に技術的な裏付けだけでは決められないこと、社会的な事情や、考え出したらキリがないパターン、条件があって、どこかで割り切らないといけないということ、昔決めた基準値を変更するのは、その根拠がよくわからなかったりそぐわなかったりしていても、なかなかハードルが高かったりするということ、国や人種によっても考え方が異なること、でも参考にしたりもすること、と言った感じで、個人的には、結構適当に決めてるんだなぁ、でも、そうやって決めるしかない事情なんかも知れて面白かったです
また、例えば健康診断を受けるとデメリットも存在するという考え方があるという話など、「基準値」以外のことでも知らないことがまとめられていてとても勉強になりました
個人情報とプライバシーの違いが曖昧になってきている話や、AIへの適用基準は発展が速すぎて永遠に追っつかない話なんかも最先端で興味深いものがありました
「基準値」の背景を知った上で、今の状態の良し悪しを判断することが大切であることを改めて感じました。けれど、そんなことをいちいち確かめていられないのでなかなか難しいですが…
Posted by ブクログ
前著「基準値のからくり」が好評であったろうからの続刊。大体こう言うのはうまくいかない。
ネタが切れるし、前と同じでいいのか、オリジナリティを出せばいいのか迷って、自然体でなくなるからじゃないかなあと思う。いいのもあるけどね。
この本は微妙。
前と同じ主題であるが、項目が減って、深掘りをしてる感じで。
ブルーバックスだから仕方ないのだろうが、結局、個別の基準値について一個一個検証しない我々は、一つ一つのエピソードを楽しみたいのであって、そこんとこどうすかねと思った。
いくらかリスクを組み込みながらも、守らなければいけないことがあるなら、こんこんと理屈を説明するより宗教のように、こうやねん、と言い切った方が案外役に立つみたいな記述は、なるほどなと思った。
そう言うもんなんだろう。
Posted by ブクログ
タイトルの通り、世界は基準値でできているかどうかは眉唾だけど、コロナ禍以降というか、昨今の異常気象だからか、大地震のあった後だからか、たしかに、やたらた基準値という言葉は耳にする。
そもそも、なぜ基準値が必要か? というと、要は「安全」「安心」のためだというのが、本書の主旨(そのわりに、最初はスポーツ界におけるジェンダー問題、女子選手の”基準値”の話から入るのだが)。
ともかく、その基準値は「科学的な評価」のみならず、今や社会・経済・文化など、さまざまな要素も加味され、それゆえに、”基準値の根拠を探ることは「世の中の意思決定のしくみ」を探ることでもある” という論の展開は、見事。
ジェンダーの基準値、テストステロンの話から始まり、 新型コロナにおける、距離、時間といった基準値や、命に関わる話としては、放射線の基準値、処理水と除去土壌の話、がん検診は2,3年ごとでいいのかどうなのか、その基準値はどこにあるなど、身近な話題がてんこ盛り。将来的には、AIと個人情報の基準値と、それは「値」か? という話まであれこれ網羅していて楽しい。
ともあれ、基準値には4つの特徴があるという点は、まず押さえておいた方が良さそうだ。
1.従来型の科学だけでは決められない
2.数字をつかいまわしてしまう
3.一度決まるとなかなか変更されない
4.法的な意味はさまざまである
とくに3.とか。確かにいつまでたっても過去に決めた基準値で思考か固定されてしまいがちなのは、なんとなくだが体感的にも理解できる。
基準値を、どのレベルに定めるか、という問題は「私たちはどのような世界に生きたいのか?」ということだという指摘は、なるほど、ごもっとも。
とはいえ、本書も語るように、
「根拠は、後付けで積み重なってくる」
というのも、世の常だと思うし、あまり基準値に振り回されない心持ちが大事なのかもしれない。
所詮、人が定めたもの。それが絶対ではない、という思いを常に持っていたい。基準値、それは、あくまで参照する値、くらいでいいのかもしれない。
Posted by ブクログ
「基準値は社会の約束事」だそうだ。
OK か NG かの判断基準となる数値だ。
基本的には人にとっての安全を担保するために科学的根拠を前提にして数値を決める。
だが高血圧の値などは、医者や製薬会社、健康食品メーカーの儲けを鑑みて数値を決めているように感じる。
日本人の3人に1人が高血圧って、高血圧の基準がおかしいんじゃないの?
同様にメタボの基準も日本人の3割をメタボにする値が設定されている。
ちょいメタボが長寿という報告が世界中から挙がっているので、基準値が変わるかもしれない。
男性はBMI25~27、女性はBMI23~25、が死亡リスクが最低というデータもある。
体重を落として、BMI25以下まで痩せたけど、もう少し太ってもいいのかな。
いくつもある科学的データのどれを採用するかは、社会活動や経済活動からの要求も加味されている。
決める人の利権や都合に左右されているということだ。
自民党の国会議員なら、3000万円未満なら裏金を貰ってもOKという基準値もあるしね!
男と女、大人と子供、これらを区別するための基準値はどのように決められたのか?
酒・煙草は20歳から、はどういった判断から?
酒・煙草は体にとって有害な要素があることは分っているが、大人(成年)になれば「自己責任」ということで許可することにしたようだ。
だが、最近 20歳=成年 から 18歳=成年 になっても、酒・煙草は20歳からと変わっていない。
昭和の時代までは喫煙は日常生活の一部だった。
かつては子供も喫煙していたようで、なんと、明治時代なって「小学校における児童の校内での喫煙が禁止」されている。(へー、そうなんだ)
その後、18歳未満は喫煙禁止となり、現在の20歳未満は禁止に至る。
なぜ20歳なのか、医学的見地からの根拠は示されていない。
喫煙がやめられない20歳以上の大人が沢山いますからね。
真面目に検討すると喫煙は全面的に禁止となりかねないので、検討しないようにしている(らしい)。
男女の基準値は?オリンピックで女子選手とされる基準値は?
スポーツ競技だけでなく、日常生活においてもトイレ問題や公衆浴場問題で、最近も性別判定基準はしょっちゅう揉めている。
セーヌ川はトライアスロンのスイム競技の水質基準をクリアしている?
放射線の基準値。
原子力発電所の基準値。
水道水の基準値。
食の基準値。
なんだそりゃ、という変てこな決まり方をした基準値もあるが、多様な価値観を反映すべく決められている。
車や飛行機なども「事故ゼロ」を求めたら作れなくなる。
安全基準として、どの位なら人が死んでも良いかを決めて、コストに見合った設計・開発をしている。
「基準値は自分たちで決めていい」とも言っている。
福島原発事故の後、漁師さんや海鮮物を食べる人、そこに住む人などが意見して、放射能の許容値に口出しして「基準値」を決めている。
一度決めてしまうと、基準というものは、考えると言う行為を遠ざけてしまう道具になりがちだ。
しかし「基準とは、私たちが生きたいと思う世界を考え、実現するための良い道具である」
だから、この「基準」はおかしい!何とかしろ!と言う人が多ければ変えられる。
私が時々思うのが辛さの基準。
カレーでは、甘口・中辛・辛口・大辛、激辛や、辛さ2倍とか5倍、10倍とかあるが、標準値がわからない。
カレーは種類が多く、辛さの基準はメーカーやお店が独自に決めているらしい。
だいたい美味しく食べられるので、辛さの基準はどうでもいいけど…