あらすじ
宮本文学初の大河歴史小説、堂々の完結篇!
執筆足かけ10年。宮本文学、初の歴史小説。全四巻の完結篇。
開国から明治維新・西南戦争を経て、日本の近代化が始まる激動期を、越中富山の薬売りの視点から描く。主人公・川上弥一は、薩摩藩担当の薬売り行商人から、最後は近代的製薬会社の創業を主導するまでになる――。
第四巻から時代は本格的に明治へ。近代日本が始動していく一方、西南戦争では若き薩摩藩士たちが痛ましい死を遂げていく。そして弥一の身辺にも、大きな出来事が起きる――。
<日本各地を回った富山の薬売りの鋭い観察眼と時代認識を通して、黒船来航から王政復古を経て西南戦争にいたる平和と変革の時代を描く雄渾な文学作品>
――山内昌之(東京大学名誉教授/「週刊文春」2025年2月27日号の書評より)
<「一身にして二生を経る」ほどの幕末維新の激動を乗り越えた日本人のたたずまいが巨匠の筆で活写されている。この小説は混沌の現代を生きる私たちの心の支えだ。>
――磯田道史(歴史学者・国際日本文化研究センター教授)
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Posted by ブクログ
最終巻は明治となり、弥一たちが会社を立ち上げていく姿を描いている。ものすごい速度で近代化しようとする国家にあって、富山の薬売りから新しい企業として生まれ変わろうとする姿が生き生きと描かれていて、好みの問題だが、四冊の中で一番読み応えがあった。
Posted by ブクログ
今年(2025)、1月の末から配本が始まり、この4月までの三か月、楽しませてもらいました。
80前の著者が、初の歴史小説に挑むというその心意気たるや。ファンとして期待もあるが、心配も相半ばではあったが、なんとか完走したな、という印象だ。
いろんなメディアのインタビュー記事や、四巻あとがきにもあるように、著者が、幕末の頃の薩摩と富山の薬売りの密約の存在を知り、清国との密貿易での荒稼ぎが、その後の倒幕の資金源となったという話を膨らませたのが本書。
かつてない視点と、その壮大な仕掛けに胸躍らせながら読むことができた。
今さら感も、正直あった。幕末ものということや、宮本輝が歴史小説という2点で。
前者は、やはり時代として面白いことと、混乱を極める現代の世界情勢とも巧みにリンクさせるようにしていることで興味を切らせることもなかった。
後者は、富山の薬売りの主人公(弥一)が、昔を振り返り語る設えとしたところが巧い。80前の著者が、激動の幕末、明治維新を若者(20代)目線で描くとなると無理があるのではと思ったが、それを、50代が昔語りすることで違和感が薄れた。50の主人公に語らせることで、著者年代の視点、意見も織り込みやすかったろう。
そのあたり、一巻目から、さすがだなと、唸らされながら読んだ。今さら感は、どちらも杞憂だったよ。
それでも、近年めずらしい大長編だ。
さすがに、中だるみというか、尻すぼみも感じた。なにしろ、幕府崩壊、明治維新を第三巻で終えてしまい、あと何が続く? と正直思ったし、第二巻の、安政の大獄、寺田屋事件、天誅組の乱、池田屋事件、蛤御門の変など、有名な事件が頻発する中、獅子奮迅の活躍を見せる弥一らの活躍(寺田屋事件ではまるで薩摩藩の斥候のように動くし、蛤御門の変では京の市民を救う赤十字か国境なき医師団の如し・笑)に対し、三巻では、やや日常が戻ったように薬売りの立場が多く語られ、いつの間にか明治の時代がやってきていた(なにしろ戊辰戦争は端折られたりする)。
やはり、お上のやることを、市井の目線で捉えていると、伝聞や噂話から構築される部分も多く、隔靴掻痒な部分もなきにしもあらず。
その視点が、また本作の特徴でもあるのだけどね。
全国に張り巡らされたという富山の薬売りの情報網と、その懸場帳に記されたという顧客情報などは、今のSNSが吸い上げているユーザー情報のハシリかもしれないと思わせるのもなかなか巧い。各戸の家族構成や健康状態、趣味趣向など、「商人にとっては喉から手が出るほどの宝物」というのは、今も昔も変わらないのだ。
迎えた最終巻。
西南戦争まで描かれるのは、初版の付録で付いてくる小冊子の目次一覧で知っていた。
第二巻だったかで、寺田屋事件が
「明治十年(1877)の西南戦争の導火線となって、ずっと燻りつづけていたと信じているからでございます。」
と弥一が語っており、薩摩藩との長年の繋がりから、もっと大きく描かれるのかと思ったが、僅かのページしか割かれていなかったのは、やや残念。
四巻が、ことのほか蛇足とまで言わないまでも、幕末を迎えるまでの激動期とトーンが変わってしまったのは、やはり時代ということもあり、止む無しか。
息子の自死のクダリも、ややとってつけ。弥一の、一個人の問題とはいえ、最終章の一歩手前の、ここで語る? というタイミングも含め、なんだかなあ、だった。それと、ここで弥一は、吉田松陰の『留魂録』の、「十歳にして死ぬ者にはその十歳の中に自ずから四季がある。二十歳には自ずから二十歳の四季が、三十には自ずから三十の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある」を、思い出さなきゃだめなんじゃないの!?笑
いずれにせよ、息子の死は、もっと前でもよかったのではなかろうか。弥一の人生における、弥一個人の悩み、葛藤、その克服といった物語が、時代の潮流の中で浮かび上がってこなかったのは残念だった。結局は、日本という大局のお話だったのか? と思ってしまう。
弥一が、来し方行く末を語る相手は第三巻の後半まで明かされない。最終的には、大阪で新聞社を立ち上げる社主に対して4年間語り続けていたとのこと(朝日新聞がモデルか?)。
最後には、その社主との、対話でもあるかと思ったのだが……。
いずれにせよ、それぞれ400ページ超の全四巻。楽しませてもらった。
さすがの筆致で、読みやすい巻、ワクワクする巻などは2日ほどで読み終わったものもあった。やはり幕末は面白いし、宮本輝は読みやすい。
最晩年のチャレンジは大成功と言っていいのではなかろうか。その老境の気概にも、大いに勇気をもらった気がする。
壮大な歴史物語に、最初は腰の引けていた著者。書けると思ったきっかけが日向街道を実際に歩いている時だったとインタビューやあとがきで語っている。
明治6年になり、昔を振り返る弥一の述懐は、まさにその時の心境だったのではと、四巻の以下の文章は、こちらも涙ながらに読ませてもらった。
「園田様も河村様も、よくぞ生き抜いたものだ。薩摩仲間組も黙々と日向街道の海沿いの道を歩きつづけたぜ。富山から片道三十数日の道。往路復路合わせて七十数日の道を、雨に打たれ、風に曝され、日に焼かれながら、足元の土の道を見つめて、ひたすら歩いたぜ。福松さんも富蔵様も、義助さんも。」
そして、多くの先達は既に故人となり、
“「順番が来ましたので、それじゃあ私はこれで」
と口には出さないが、こっちを振り返ることもなく、そっと手だけ振って消えていったという感じだ。“
宮本輝も、そうして去っていく日も、そう遠くないと思うが、まだ、もう少し作品に触れていたいとも思った。
お疲れさまでした、という言うのは、まだまだ先であってほしい。