渡辺邦夫のレビュー一覧
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プラトン対話篇の中でまず最初に読んだら良いのは迷わず『ソクラテスの弁明』である。しかし、「プラトンとの対話」を、あるいは「プラトンの対話」を味わいたい読者に勧めたいのはメノン、それも渡辺邦夫訳のメノンである。本書は他書には見られない、プラトンに初めて出会う読者にとってあらゆる障壁を取り除く工夫がなされ、生き生きとした対話の様子を再現していることから、まず勧めたいと思う本なのである。
メノンは奴隷の少年が幾何学を習っていないにもかかわらず平方根を用いて問題を解くに至る様子を克明に記録した対話篇である。これは対話を通して少年が自らの内に宿している真理を見出していく様子を描き、真理が一人ひとりの -
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「徳は教えられるか」、それ以前に「徳とはそもそも何か」という問いに導かれて、
それらの問いに答えることはできるのか、そのような問いにどうすれば多少なりとも答えられるか、という方法の問題にも話題がおよぶ。
想起説、仮設の方法、行動における正しい思わく、など、色々な話題が出て来て面白かった。
また、岩波版の先行訳と比べると、ソクラテスのモノローグとして対話篇を読むのではなく、ソクラテスが相手に合わせて話題や議論の進行に彩をつけている部分にまで注意をはらう近年の研究成果をふまえて、解説や訳文が作られている。
そのため、先行訳とは読んだ時の印象が思った以上に変わったことに驚いた。 -
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上巻では人柄に関す徳の話が続いたが、
下巻では下記の内容でバラエティに富んでいる。
6章「知的な徳」7章「欲望の問題」
8~9章「愛について」10章「幸福論の結論」
6章では魂自身の性向として
「技術」「学問的知識」「思慮深さ」「知恵」「知性」
の五つの性向に分けてそれぞれ解説している。
正しい行動のためには「思慮深さ」が必要だが、
「思慮深さ」は全てを支配下に置くわけではなく、
各々の性向は別物であるという結論を出している。
7章では抑制のなさと快楽を追及して、
抑制の無い人の快楽には苦痛が伴うが、
美しいものを愛したり、立派な行動をしたり、
という快楽には苦痛が伴わないと結論を出してい -
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アリストテレス先生「幸せって何だっけ」の巻
「幸せとは何か?」というテーマの講義だが、
早々に「徳に基づいた魂の活動」と結論を出している。
徳とはある性向における中間性のことであるとし、
例えば「勇気」なら超過すると「向こう見ず」になり、
不足すると「臆病」中間が「勇気」であるとしている。
「向こう見ず」は勇気に似ているが、
必要の無い時は勇敢に振る舞い、
本当に恐ろしいものに耐えられない。
「勇気」は普段は穏やかだが、
必要な時は恐れるべきものにも立ち向かう。
「臆病」は恐れる必要の無いものでも恐れる。
このように様々な性向に関して検証していっている。 -
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アリストテレスの説明の仕方は、当時の文化、価値観に即したものであるが、読んでいくと、「現代と一緒じゃん」となる価値観がほとんどだ。「人は愛するよりも愛されることの方が嬉しいと思っている」とか「友人こそ最も重要である」とか。
「もっとも」と言う単語を多用しすぎている気がしていて、何が最も(1番)大切なのかが明確になっていない。加えて、少し説明が細かすぎて冗長でもある。本書は哲学本と言うよりは自己啓発本に近いのかなと感じており、もし哲学本だとするならば、相当読みやすいなと感じた。
「アリストテレスもそう言ってた」という引用の仕方で、自分の主張の正しさを補強するのもありなのかもしれない。 -
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プラトン哲学のうち、初期に書かれた戯曲。「アレテーは教えられるか?」を問う若者メノンに対し、「そもそも自分はアレテーが何かすら知らない。よって、アレテーは教えられるかを知る由もない」とソクラテスが答える。メノンにアレテーとは何か問い、反駁し続ける事で、事物の本質を自分の頭で考え、「想起」する重要性を読者に説いているように感じる。
この本を読み、自分の今までの学習はメノン寄りの考え、つまり川上から川下に水が流れるように、智慧者から教わるもの(正当化)に近しいものだったと感じる。プラトンはこれを否定し、生まれる前に人はあらゆる事を既に知っており、学習や経験によって想起する事が知であると解いている -
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プラトン(渡辺邦夫・訳)『メノン』、光文社古典新訳文庫。
藤沢令夫訳も以前読んでいるけど、これはまたものすごく読みやすい。
とくに「探求のパラドックス」に答える場面、
メノンの召使いの少年が任意の正方形から
二倍の面積の正方形を作図する方法を考える場面など、
たぶん誰でもすいすい読めるはず
(藤沢令夫先生の訳は、原文に忠実に訳すあまりカクカクしてた気がするけど)。
徳とは何かを考えるというのが主旨の対話篇だけれど、
むしろメノンの愛らしさのほうに心を惹かれる。
ゴルギアスを師として弁論術を学び、
ソクラテスに議論をふっかけるメノン。
もちろん愚昧なアニュトスとつるみ、
あるいは『アナバシス -
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「徳は教えられるものではない。」ということを、メノンという青年との対話によって延々と証明していく話。すぐれた徳性をもつ世に知れた偉大な人物の息子は果たしてすぐれた人物になっているかというとどうもそういう例はないらしいということから、いわば帰納的に、徳は教えられるものではないということを論じていく。騎乗の技術、文章の技術、詩作の技術のための最上の教育を彼らに施したにもかかわらず、すぐれた徳をもった人物には至らなかった。もし徳というものが教えられるのであれば、優れた徳を持った父は、子にそれを受け継がせようとしない理由があるだろうか?いや断じてありはしない。にもかかわらず、教える教師がいないという
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ネタバレ上巻は「人柄の徳」の説明で終わったが、下巻はもう一つの徳「知的な徳」の分類と説明から始まる。そして幸福と善に関連して愛や快楽の問題に取り組み、観想的な生活を称揚する結論で終わる。
「究極の目的はそれぞれの事柄を理論的に考察して認識することではなく、むしろそれらの事柄を実践することなのである」とアリストテレスが述べているとおり、あくまで徳を実践することにこだわった内容になっていてすごく地に足がついている感じ。この印象は下巻でも一貫していた。しかし徳を身につける方法は全くお手軽なものではなく、幼少から習慣にして地道にコツコツ頑張るしかないというもので、自己啓発的な読み方を寄せ付けないところがある。