塚本邦雄のレビュー一覧
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藤原定家撰の小倉百人一首をボロカスに貶し、あえて同じ百人の人選で俺が一首ずつ選び直してやらあ!という、気骨ある本。
高校時代ちょっと古文が得意だったレベルのド素人状態で気軽に本書を読み始めたら、とんでもない目に合った。前提知識が無さすぎて文字を追うだけではなーんにも分からず、でも少人数の読書会への参加を前提に読み始めてしまったので読むしかなく、5ヶ月かけてこの度なんとか読み終わった次第。
約300ページの文庫本なのに、一人で読む時間だけでも20時間以上かかった。そして結果的にだが読書会がまさかの全20回になって、その時間を加えると1回の通読に費やした時間が計60時間以上。一読の消費時間ダントツNo.1の本になった。
「読書会」とは名ばかりで、和歌を専門とするガチの歌人を先生とし、毎回色々と解説してもらったり素人の質問に丁寧に答えてもらったりで(しかも後半はなぜか先生と私のマンツーマンレッスンになってた)、そのおかげでずっと楽しく読めて非常に多くを学んだ。
が、ぜっっっっっっったいに私のような素人が最初に読む本ではなかった!!和歌ガチ勢以外にはまっっっっっっっっったくお勧めしない!!!!
和歌関連の諸々の基礎知識を前提とした書き方だし、和歌の現代語訳なんて当然ないし、紹介される歌の大半は「秀歌」とかの一言で済ませられる。
とにかく先生に恵まれた。本書で挙げられる素晴らしい和歌の数々を段々と味わえるようになってきたし、本書で明示されない背景知識やおもしろ余談も沢山学べた。
最後に、本書中で私が一番好きな一首を。
雨はるる軒の雫に影見えて菖蒲(あやめ)にすがる夏の夜の月 藤原良経 -
Posted by ブクログ
『紺青のわかれ』に続いて1973年に発表された塚本邦雄の第二小説集。
◆ 「奪」
タイトルの〈奪〉は、塚本ワールドにおいてはおそらく〈愛〉を意味している。塚本の小説世界における愛と執着のかたちを盛りすぎなほど盛り込んだ中篇。読者は複雑な相関図を指で辿るように読み解き、縺れ合う人間関係の全貌が明らかになった瞬間に幕、というスタイルがここで既に確立されている。三島由紀夫『春の雪』の蓼科を思わせる紅子が大変良いキャラ。しつこく繰り返されるピエタのモチーフは「連弾」に持ち越される。
◆ 「連弾」
嫁と姑と老女中のキャットファイトから語り始める塚本さん、やっぱ男同士の愛憎なんかより女を書くほうが楽しくなっちゃってるよなぁ(笑)。衣食住の全てが嫌味とマウンティングに接続される嫁姑の会話が最悪で笑えるんだけど、言葉とセンスを尽くしたこの雅なるマウンティング合戦こそ、宮廷遊戯としての和歌の役割を20世紀に置き換えた塚本にしか書けない描写だと思う。未絵が面白い女すぎるし、ラストの台詞にはスタンディングオベーション。塚本さんって極妻とか好きそう。あと清宮八朔って名前、良いなぁ。
◆ 「青海波」
花扇が重大なモチーフの役割を果たす、全てが暗喩で全てが掛詞の世界。絶対に塚本小説の世界で暮らしたくない。男でも女でも異性愛者でも同性愛者でも、登場人物だれも羨ましくならない(笑)。複雑な絵を読み解こうとする神経質さゆえに絶望に取り込まれる海樹子と、単純な人間関係がそのままストンと邪悪に繋がっていた嚆矢。ここでも麦谷未完という名付けが素晴らしいですね。
◆ 「天秤の東」
これはまさしくネーミングで全部説明できちゃうタイプの短篇。プロットはあるあるだけどお洒落だな〜。ここまでの四篇、三人称で書かれているけど「神の視点」と言うには語り手が近すぎ、しかも語り手が入り込む視点人物も激しく入れ替わる。時には一文のなかで視点が切り替わっていたりして結構な悪文だと思うのだけど、この「随分ねっとり話してるけど貴方は誰?!」と気味悪くなってくる地の文こそが塚本小説を読む醍醐味なんだよな。東西の愛憎劇に取り憑く怨霊が耳から悪夢を吹き込んでくるような唯一無二の語り。
◆ 「かすみあみ」
山尾悠子も中条昌平も一番のフェイヴァリットに挙げているこの作品が、私も一番好きだった。『紺青のわかれ』の「冥府燦爛」や「父さん鵞鳥嬉遊曲集」のような幻想小説で、本書の収録作で唯一、一人称で書かれているのだが、読者の耳に語り手の唇が付くかと思うほど〈近い〉三人称より、一人称のほうが不思議と〈遠く〉なり、語りが適切な距離感で読みやすくなるのが面白いところ。午後の微睡のなか、テレヴィで見た存在しない映画から異界の扉がゆっくりと開き、こだわりを煮詰めたような古道具屋の調度品、コクトーの『オルフェ』やジョルジョ・デ・キリコの絵画を思わせる街、未来視ができる香道の家元などが次々に描きだされる。塚本流シュルレアリスムの仕掛け絵本を眺めているような楽しさ。そしてなにより神餐かみら、草摺あきつ、石塔さやみの三人の魔女たち!この世界では教養も秘密も策略も全て彼女たちのもの。男たちが魔女たちの網にかかり、街は氾濫に飲み込まれ、「雲母張り硝子製立棺」に収まっていくエンディングの悪夢的で甘美なイメージは、水銀に映る景色を眺めているかのようだった。 -
Posted by ブクログ
男たちの秘め事と、それを嗅ぎつけた女たちの策略。前衛短歌の巨匠がその濃密な筆力を尽くして築き上げた、男と男の秘密と破滅の世界に浸る短篇集。
『十二神将変』復刊に続いて、『紺青のわかれ』文庫化、ありがとう!旧仮名遣いは変わらずだけど、新漢字になったおかげでずいぶん読みやすくなった。芸術の造詣深く、料理、ファッション、花からインテリアまで拘り抜く塚本好みにきっちりと設えた城のような文体は一見とっつきにくいけど、鏡花を崩したような講談調のリズムにのって意外とするする読める。
階段状にタイトルが一文字ずつ長くなっていく作品たちはほぼ執筆順に並べられていて、読み進むごとにクオリティが上がり面白くなっていく。表題作「紺青のわかれ」は、連歌会での粋な会話が実作の歌と共にさらさらと描写され、本職の優雅さを見せつけられる。短歌や詩も嗜む小説家が作品に入れ込む類いとは格が違う、ガチの短歌界のドンが詠んでいる凄みを感じられる。
前半の作で好きなのは「冥府燦爛」。地下街の最奥にあるレコード屋のさらに地下へ潜ると、そこには地上の街のネガのような死者の国が広がっている、という〈架空の都市〉もの。映った人の心まで見通せるテレビ、服が透ける姿見、いつまでも満開で枯れることのない花々など、塚本流ネクロポリスのディテールがとにかく楽しい。珈琲屋のインテリアとカップの色のコントラストまできっちり絵画的に描写しきるのがらしくて最高。死者の食べ物には味だけがあって満腹感がなく、「聴覚や視覚とほとんど変わらぬ抽象的な享楽のメディア」になるという設定が、ネクロポリスの案内人がレコード屋の店主なのと呼応していて面白かった。なんとなく、三島や乱歩の顔も浮かぶ秀作。
後半では「父さん鵞鳥嬉遊曲集」の「数学」が、もろに塚本短歌の人工的な頽廃世界で好き!要素がありすぎてシュールギャグみたいになってるのが味。寺山っぽさもある。固く見えてけっこうユーモアがあり、「朝顔に我は飯食ふ男哉」に登場する青垣岬の経歴とかも盛り盛りすぎて笑っちゃう。中二病という言葉を塚本に使うのはあんまりだから、なんて言ったらいいんだろうな……。「秋鶯囀」の〈蒼弥撒〉の描写も映像を思い浮かべるとちょっと可笑しいし、「見よ眠れる船を」の爆発オチも面白くなっちゃう。半分狙って書いていると思うけど、半分は真面目なのが可笑しさを加速させている。
全体を通してテーマは婚姻制度で縛りきれない秘め事としての男性同性愛。塚本の手にかかると、女が惚れて結婚した男は例外なく親族の男と関係を持ち、一族郎党が揃って秘密を共有するのが運命付けられているかのようだ。妻の目の前で堂々と不倫しておいて被害者ぶんなという感じなのだが、必ず復讐が果たされるので痛快でもある。
勿論、毎回復讐者の役割に女をあてがうのはミソジナスな手つきではあるのだが、この人の場合、女を馬鹿にしているということはなくて、むしろ策略家として本当に恐れている。しかも、小説にミステリーの趣向を凝らすのが好きなもんだから、だんだんと愛憎発生装置じみてくる〈男たちの秘密〉より、彼らを罠に陥れる〈復讐者としての女〉たちのほうが前面にでて生き生きと動き始めてしまう。そこにむしろ小気味良さがあり、記号的に美しく描かれる若い男たちより、女性キャラクターのほうが個性豊かで魅力的だと思えるくらいだ。
塚本邦雄の世界は、耽美の一言で片付けるにはこだわりの強すぎる癖のある世界だと思う。澁澤は文章家はスタイリストであるべきだと言ったけれど、言語という石を磨いて第一級の芸術品をつくりだす短歌の世界で頂点に立った塚本は、まさにトップスタイリストだろう。そんな人の超絶技巧で彫琢された人工楽園にどっぷりと浸るのがたまらない人間には、禁断の蜜のような小説たちだ。今後も小説や歌集が文庫化されていきますように! -
Posted by ブクログ
ネタバレ-2005.12.08記
塚本邦雄の「定家百首-良夜爛漫」は見事な書だ。
「拾遺愚草」3564首を含む藤原定家全作品四千数百首の中から選びぬいた秀歌百首に、歌人塚本邦雄が渾身の解釈を試みる。
邦雄氏の本領が夙に発揮されるのは、一首々々に添えられた詩的断章だ。
一首とそれに添えられた詩章とのコレスポンデンス=照応は、凡百の解釈などよりよほど鑑賞を深めてくれる。
たとえば、百首中の第1首ではこうなる。
「見渡せば花ももみぢもなかりけり浦のとまやのあきの夕ぐれ」
上巻「二見浦百首」の中、「秋二十首」より。新古今入選。
はなやかなものはことごとく消え失せた
この季節のたそがれ
彼方に 漁夫の草屋は傾き
心は非在の境にいざなはれる
美とは 虚無のまたの名であったろうか
以下、成立背景なり、古来からの評釈なりに、時に応じ言及しつつも、あくまで一首の表象世界にこだわりぬいた歌人塚本邦雄ならではのコトバのタペストリー=織物が眼も綾に綴られていく。