あらすじ
未来を失った天才ピアニストをめぐる傑作愛憎劇「連弾」、謎めいた女主人が古鏡の彼方へといざなう幻想文学の名品「かすみあみ」など五篇を収録。全集未収録、伝説の短篇集、初の文庫化!
縺(もつ)れ合う男たち、復讐する女たち。 華麗なる悪夢の扉が今、開く。
全集未収録、伝説の短篇集、遂に復刊!
解説=山尾悠子、中条省平
「予て御所望の雲母張り硝子製立棺、貴方と等身のもの、それも二台、昨夕入荷いたしました」。謎めいた女主人が古鏡の彼方へといざなう幻想譚「かすみあみ」、未来を失った天才ピアニストをめぐる男たちの縺れ合いと女たちの復讐劇「連弾」など五篇を収録。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
短編集6篇
塚本邦雄ワールドが絢爛豪華に妖しく咲き誇っている。主人公も眼を損なう画家だったり手首を痛めるピアニストだったりしてどこか欠けてあるいは亡くなっていく。愛憎執着嫉妬が乱れ乱れ、美しく壊れた上質な手触りの物語。
知識がついていけないのが少し残念。
また目次のレイアウトが面白い。
Posted by ブクログ
『紺青のわかれ』に続いて1973年に発表された塚本邦雄の第二小説集。
◆ 「奪」
タイトルの〈奪〉は、塚本ワールドにおいてはおそらく〈愛〉を意味している。塚本の小説世界における愛と執着のかたちを盛りすぎなほど盛り込んだ中篇。読者は複雑な相関図を指で辿るように読み解き、縺れ合う人間関係の全貌が明らかになった瞬間に幕、というスタイルがここで既に確立されている。三島由紀夫『春の雪』の蓼科を思わせる紅子が大変良いキャラ。しつこく繰り返されるピエタのモチーフは「連弾」に持ち越される。
◆ 「連弾」
嫁と姑と老女中のキャットファイトから語り始める塚本さん、やっぱ男同士の愛憎なんかより女を書くほうが楽しくなっちゃってるよなぁ(笑)。衣食住の全てが嫌味とマウンティングに接続される嫁姑の会話が最悪で笑えるんだけど、言葉とセンスを尽くしたこの雅なるマウンティング合戦こそ、宮廷遊戯としての和歌の役割を20世紀に置き換えた塚本にしか書けない描写だと思う。未絵が面白い女すぎるし、ラストの台詞にはスタンディングオベーション。塚本さんって極妻とか好きそう。あと清宮八朔って名前、良いなぁ。
◆ 「青海波」
花扇が重大なモチーフの役割を果たす、全てが暗喩で全てが掛詞の世界。絶対に塚本小説の世界で暮らしたくない。男でも女でも異性愛者でも同性愛者でも、登場人物だれも羨ましくならない(笑)。複雑な絵を読み解こうとする神経質さゆえに絶望に取り込まれる海樹子と、単純な人間関係がそのままストンと邪悪に繋がっていた嚆矢。ここでも麦谷未完という名付けが素晴らしいですね。
◆ 「天秤の東」
これはまさしくネーミングで全部説明できちゃうタイプの短篇。プロットはあるあるだけどお洒落だな〜。ここまでの四篇、三人称で書かれているけど「神の視点」と言うには語り手が近すぎ、しかも語り手が入り込む視点人物も激しく入れ替わる。時には一文のなかで視点が切り替わっていたりして結構な悪文だと思うのだけど、この「随分ねっとり話してるけど貴方は誰?!」と気味悪くなってくる地の文こそが塚本小説を読む醍醐味なんだよな。東西の愛憎劇に取り憑く怨霊が耳から悪夢を吹き込んでくるような唯一無二の語り。
◆ 「かすみあみ」
山尾悠子も中条昌平も一番のフェイヴァリットに挙げているこの作品が、私も一番好きだった。『紺青のわかれ』の「冥府燦爛」や「父さん鵞鳥嬉遊曲集」のような幻想小説で、本書の収録作で唯一、一人称で書かれているのだが、読者の耳に語り手の唇が付くかと思うほど〈近い〉三人称より、一人称のほうが不思議と〈遠く〉なり、語りが適切な距離感で読みやすくなるのが面白いところ。午後の微睡のなか、テレヴィで見た存在しない映画から異界の扉がゆっくりと開き、こだわりを煮詰めたような古道具屋の調度品、コクトーの『オルフェ』やジョルジョ・デ・キリコの絵画を思わせる街、未来視ができる香道の家元などが次々に描きだされる。塚本流シュルレアリスムの仕掛け絵本を眺めているような楽しさ。そしてなにより神餐かみら、草摺あきつ、石塔さやみの三人の魔女たち!この世界では教養も秘密も策略も全て彼女たちのもの。男たちが魔女たちの網にかかり、街は氾濫に飲み込まれ、「雲母張り硝子製立棺」に収まっていくエンディングの悪夢的で甘美なイメージは、水銀に映る景色を眺めているかのようだった。