ジュール・ルナールのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
当時の両親、兄姉にしては心優しい家族。それよりにんじんの問題行動の多さ。モグラや猫への残虐行為の末、殺害。老婆の召使が嫌いで計略し解雇させる等。記憶力が良く暗唱はできるが応用が効かないので臨機応変に対応できない。
また妄想癖か虚言癖なのか、狩りでは父に「お前は本気でしゃべっているのか?」と説教される始末。主人公は発達障害?愛着障害?パーソナリティ障害?
にんじんは「父を愛しているのは僕の友人としてであって。父親としての資格は何一つもない」と父親に説く。にんじんの不可解な発言や行動に父親は感情的にならず、「しっかり考えて発言しろ」と人間らしさをにんじんに教える。
母親に関しては感情的な性格が合わないだけに見えた。
-
Posted by ブクログ
雰囲気的に、ほのぼのとしたものを期待して手に取ったこの本。
予想は見事に裏切られ、なんとも形容し難い、複雑…というか、あまり快い気分にはなれない本だった。
平易な言葉で書かれていながら、理解しがたい、という複雑。
何が理解し難いかって、その主人公の少年「にんじん」だ。
平気で動物を惨殺したり、嘘をついたり。
母親からは兄弟に比べても可愛がられない「にんじん」
同情したくなるが、なんとなく出来なかった。
それは、「にんじん」がただかわいそうな少年として描かれていないからかもしれない。
でも、父親との抱擁をもとめる話や、可愛がってくれる名付け親のおじいさんとの
話などは、素直な「にんじん」が描かれていて心地よい。
この日常を切り取ったような短編のエピソードが並ぶ小説が、一見一般的で理解しやすいように見えて、実はかなり複雑、何を伝えたいのかわからない、といった印象を与えるのは、もしかして正当なことなのかもしれないと思った。
それは、少年時代そのままの印象だ。
不安、期待、怒り、悲しみ、複雑な感情が入り混じって、今なんかよりよっぽど
心がいろんなことに敏感に反応してたな、なんて思い出した。 -
Posted by ブクログ
にんじん―。髪の毛が赤くてそばかすだけらけのルピック家の三番目の男の子はみんなからそう呼ばれている。あだなをつけたのはお母さんだ―。
原作は1894年の出版。村田沙耶香sanが小学生の時に読んで、「最後まで絶望的であることにすごく救われた」と紹介されていることを知り、手に取りました。
冒頭から母親による精神的な虐待につぐ虐待の連続。「にわとり小屋」から始まり、「うさぎ小屋」辺りでは、読むのがツラ過ぎて断念しそうでした。ただ、「ウマゴヤシ」で兄のフェリックスと野原で無邪気に遊んでいるシーンは、少し救われました。
訳者の高野優sanのあとがきにもありましたが、本作は、この辛い状況でもにんじんが生き抜く力(レジリエンス)を示したり、悲しみや苦しみのなかにある小さな喜びや楽しみ等が描かれている文学作品だと思います。
最後の姉エルネスティーヌの結婚式直前のエピソードで、塀の影から出てきた母親に対し、恐ろしい笑みに負けずに、返した言葉が良かったです。にんじん、負けないで! -
Posted by ブクログ
ネタバレどんな話かは一言で言い表せない。一話一話が2~3ページで収まる短編集のような構成となっている。一見すると、にんじん一人だけが、他の二人の兄姉に比べて母親に冷遇されてひどいことをされるという悲しい話とも捉えがち。しかしにんじんがそのことに関して特別悲嘆にくれ続けているわけではない。日常のことに関して男子のよくある見栄心とかそういった感情が多く書かれている。それに、ではにんじんが聖人君子のような人間なのかと言われれば、ザリガニ捕りのために猫を殺したり、寧ろその対局にあるような行動が多い。そのため、一重に悲劇とは言い切れない。
この話は恐らくにんじん目線での様々なエピソードを書いているもの。なのでこの話を読んでいくとにんじんの母親に対する心情なんかも段々わかってくる。わかってくるが、物語は特に終始進展も後退もない。一応、最後の話でにんじんは希望を父親に打ち明けるが、これまでどちらかといえば味方だった父親に打ち砕かれて終わる。ここの話で一気に父親に対する読み手の好感度が下がるなぁ。
このにんじんと母親の関係はどうして生まれたのか、作中では語られない。そこもモヤモヤするし、晴れ晴れとした最後でもないし、読みやすい長さと文章にも関わらず意外とすっきりしない話だという印象を受けた。まぁ何に対しても1つのジャンルにして一言で言い表そうとするほうが無理があるのだろう。 -
Posted by ブクログ
題名が有名ランキングではかなり上位に来るであろう、しかし実際には読まないよなランキングでも上位に来そう、なんだけども、とりあえずにんじんが何を意味しているかは割とすぐに分かった。母親と息子の関係ってのは今も昔も重要なテーマなんだろうけど、こゆのを心理学的に読み解こうとする現代医学というかカウンセリングの類とか、無い時代には、本を読んで何かを知ろうとしたんだろうか。でもってこれが名作と持て囃されるのは、そこに何がしかの共感を得る人が多いという事なのか。
しかしガキンチョの頃から銃をぶっ放すような時代を見るに、銃を規制するのと銃犯罪がなくなるのは全く関係ないっていう話か。動物を簡単にぶっ殺せなくなったのが問題という事で、銃犯罪の増加の原因はきっと動物保護団体にあるに違いない。 -
Posted by ブクログ
奇怪なわが子虐めの物語の体裁をとる『にんじん』。
ここに出てくる母親は、明らかに心を病んでいて、その原因なのか結果なのか、父親との関係が奇妙だ。
にんじんは屈折した思いから残酷なことをしでかしたりもするが、賢い子で、両親の関係がどんなものかを見抜いている。
にんじんと父親とのあいだにはこのような葛藤がなく、この息子と父親とのあいだには、他人同士であるかのような距離感があると思う。にんじんは両親の結婚生活が父親の独りよがりなものであるにすぎず、母親は妻として容れられていないことを洞察しており、母親の女としての悲哀を子供ながらに感じ、心を痛めてきたようだ。
子供の本としても知られる物語だが、子供が読むにはあまりにも大人的なテーマを扱った、希望の見出せない作品だという気がする。 -
Posted by ブクログ
データなしにつき転用 家のは岩波文庫版
お父さんとの会話が忘れられません。
ルビック氏:「諦めろ。鎧兜で身を固めろ。それも20になるまでだ。性質や気分は変らんでも、家は変えられる。われわれ親兄弟と縁を切ることもできるんだ。それまでは、上から下を見下ろす気でいろ。神経を殺せ。そして、他の者を観察しろ。お前のいちばん近くにゐる者たちも同様にだ。こいつは面白いぞ。わしは保証しとく、お前の気休めになるような、意外千萬なことが眼につくから。」
にんじん:「それやそうさ。他の者は他の者で苦労はあるだろうさ。でも、僕あ、明日さふいう人間に同情してやるよ。今日は、僕自身のために正義を叫ぶんだ。どんな運命でも、僕のよりやましだよ。僕には、一人の母親がある。この母親が僕を愛してくれないんだ。そして、僕がまたその母親を愛してゐないんぢゃないか。」
「それなら、わしが、そいつを愛していると思ふのか」
我慢ができず、ルビックし派ぶつけるやうに云った。
なんと1894年のAC小説