8世帯12人しかいない山間の集落で5人が殺された山口連続殺人放火事件。発生当時、報道やネットでは「田舎特有のイジメや嫌がらせがあり、その復讐だった」とまことしやかに語られていた。
裁判では、そのようなイジメ嫌がらせは無く、加害者は村人からあらぬ噂を立てられているという「妄想」をつのらせた結果の犯行であるとして、死刑が確定した。
筆者の丹念な取材の結果、次のようなことが分かった。
①判決のとおり、イジメや嫌がらせは無かった
②村では当時も今も、あることないことの噂話であふれているのは事実だった
③加害者は強い妄想性障害を持っており、犯行時にはほぼ統合失調症患者と同様な症状にあった。
つまり、報道やネットで言われていたことは①は間違っており②はそのとおり、裁判で言われていたことは①はそのとおりだが②は間違っている、というものである。
本書は基本的にこの①②を解き明かしたことを主点においている。
しかし私は、ルポライターとして③をもっと掘り下げてほしかった。筆者の指摘通り、時折世間を騒がせる突発的な大量殺人を犯した加害者の大半は、犯行前からすでに妄想性障害や統合失調症の様相を見せていたことが分かっている。この事件の加害者も、犯行時どころか村に戻ってきた頃からすでに障害の兆候が現れていた。しかし限界集落ゆえに、ただしく支援や福祉につながることもなく放置されてしまい、また対象となる人間関係がかなり限定されているため、同じ相手に日々敵対的妄想を募らせてしまうことになったのだろう。
ところが同じ障害・病気が最大の原因でありながら、事件ごとの報道のされ方や政治的背景によって、死刑になったり無期懲役になったり、時には無罪となったりと、裁判官の思想と嗜好で好き勝手に判断されてしまっているのだ。
埼玉で起きたペルー人による大量殺人は無期懲役となったのに、この事件は死刑である。どう考えても不合理であろう。死刑という重大な国家権力の行使において、まったく一貫性が無いのである。これはとても恐ろしいことだ。私は死刑と無期懲役のどちらであるべきだ、と言っているわけではない。一貫性が無く裁判官の私情に寄っていることに問題を呈しているのだ。
ほとんどの大量殺人事件の背景に、精神障害や被虐待体験があることは厳然たる事実である。この手の話は差別が絡むのでどうにも正しく報道されないことが多いが、ぜひ、今後も切り込んでほしい。
ルポとしては構成や文章がかなり甘く、蛇足による水増しも多いので、星3つ。