イプセンのレビュー一覧
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ネタバレイプセンはウェルメイド・プレイの構成生かし、自己認識と独立を現実的に反映するために劇という象徴を用いて理想主義のもろさを明らかにしている。
観客が、この戯曲が女性の解放を表している作品であるという先入観に縛られ続けているため、ウェルメイド・プレイであるという構成が、同じ結末を保証するものではないということを忘れていることを暗示している。
作品の大半ではノラが完璧であろうという家族像にしがみついている様子が描かれている。従って、観客はこの戯曲の理想的な結末がどのようなものであるべきかを振り返り、結局ノラの家出がこの戯曲の山場、すなわちクログスタッドとの対立・衝突を解決しているか否か、その判断が観客の観点に委ねられる。
つまり、この作品は女性の独立と社会進出を描いた作品なのか、それとも女性であることを最大限に利用し夫を操り支配するノラの利己心を描写しているのか、考えさせられる作品だ。 -
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子供と家を捨てて、自分を獲得するために動いたノーラは正しいのか?どちらとも言えない…。
最初、二人の会話の仲睦まじさから良好な関係にある夫婦だと思っていた。そう思わせておいて、あのような形で問題を投げかけてくることがうまいなと思った。
愛していることは確かなのに、潜在的に彼女を自分より下位である、守ってあげる存在だとしていたことが露呈したのが悲しい。
親子ならまだしも、夫婦間での力関係は今でも全然あることだと思うし、多分無意識に、そっちの方が円滑だからとか思って、悪く言えば隷属している部分もあるのかなと思ったり…。
上手くまとまらないけど、現代の夫婦観に思いを巡らせてしまう、良い刺激を受けた本だった。 -
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まってこれってこんな面白い話だったの!?
大学生のときに読んだきり、
そして一応役者なので、エチュード的に一部はやったことがあるけど…
全然わかってなかった!!
やはり本ていうのは、読むときの年齢によって全然見え方が違うものですね。
仕事のために読んだけど、いま読んでよかった。
ノーラが馬鹿すぎて最初「イーッ!」てなったけど、
最後に「そういうことか…」と納得。
でも、自分の人格形成における失敗(?)の責任を夫や親に押し付けるのは趣味じゃないです。
しかし!それを最後に自分の正しいと思うように行動するノーラには快哉を叫ぶぞ!
後世に書かれたものだけど、森本薫の女の一生「誰が選んでくれたのでもない、自分で選んで歩き出した道ですもの。間違いと知ったら、自分で間違いでないようにしなくちゃ。」に通じますわ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ>遅くまでペンを執ったわ。本当に、何度もふらふらになったわ。それでも、そうやって働いて、お金を儲けるのは、とても面白かったわ。まるで男になったような気がしたの
>法律は決して動機を問いません。
>じゃ、それは、とても悪い法律よ。
>いいえ、そんなことありっこないわ! だって、愛情からしたんですもの。
>しかし、お前が、自分独りで何の処理もできないからって、おれの愛が薄らぐと思らかね? いや、いや、ーーおれに寄っかかってればいいんだ、ーー助言もしてやる、指導もしてやる。そういう女の無力さは、二倍も魅力的なんだ。そのお前がわからなければ、おれは男といえやしないさ。
おれが大きい翼をひろげて、お前をかばってやるからね。 ああ、何てわが家は気持ちがいいんだ、ノーラ。ここならお前も安心だ。おれが守ってやるんだからな、タカの爪から無傷でおれが教い出したハトのように。まだ動悸を打っているその胸も、鎮めてやるよ
男というのは、 妻を許した、ーー心の底から本当に許したんだ、と自分で認めて、そういうことに何とも言えない心地よさ、 満足感といったものを持つものなんだ。それで妻は、 二重の意味で、彼のものになったようなものなんだ、ーー彼は妻に、新しい生命を与えたようなものだよ。 妻は、言わば、彼の妻であると同時に子供にもなる。お前も今日からはそうなんだ、途方に暮れた、寄る辺ない小っちゃな赤ちゃん。何も心配はないんだよ、ノーラ、ーーただ、何でもおれに打ち明けるんだ、そうすれば、おれがお前の心とも、良心ともなってやる
>あたしはとても間違った扱いを受けていたのよ、トルヴァル。最初は。パパに、それからあなたに。
何だって! われわれ二人に、ーー誰よりもお前を愛した二人にだって?
(頭を振って)あなた方は、あたしを愛していたんじゃないわ。ただかわいいとか何とか言って、面白がっていただけよ。
何てことを言うんだ。ノーラ!
ええ、そうなのよ、トルヴァル、パパと一緒にいたころ、パパは何によらず、自分の思うことをあたしに言ったわ。だからあたしも、同じように考えた、 ーーそして、もし、考えが違えば、あたし、隠したわ、ーーだって、パパには気に入らなかったでしょうからね。パパはあたしを赤ちゃん人形と呼んで、あたしが自分の人形と遊ぷように遊んだわ。それからあたしは、この家へやってきたーー
>でも、あたしたちの家は、 ただの遊び部屋だっただけよ。あたしは、あなたの人形妻だったのよ、 実家で、パバの人形っ子だったように。それに子供たちが、今度はあたしの人形だった。あたしはあなたが遊んでくれると、うれしかったわ、あたしが遊んでやると、子供たちが喜ぶように。それがあたしたちの結婚だったのよ、トルヴァル。
お前の言うことにも、もっともなところはある、 ーーやけに誇張して、大げさだがね。しかし、これからはそうはいかんぞ。 遊び時間は終ったんだ、ーーこれからは教育の時間だ。
誰の教育? あたしの、それとも子供たちの?
お前と子供たちの両方だよ、ノーラ。
ああ、トルヴァル、あなたはあたしを、あなたのいい妻に教育できるような人じゃないわ。
>あたしには、 そんなことできないわ。それより、もっと、先にしなくちゃならないことがあるのよ、 自分を教育しなくもゃ。それを手伝ってもらうなんて、あなたはそういう人じゃないのよ。あたし、独りでやらなくもゃならないことね。だから、あなたと別れるのよ。
>自分のことや、世の中のことを知ろうといろんですもの、それには独りきりならなくもゃ。 だから、もうこれ以上、ここにいるわけにはいかないのよ。
>お前は何よりまず妻で、母親だ。
そんなこともう信じないわ。あたしは、何よりもまず人間よ、あなたと同じくらいにね、ーー少なくとも、 そうなるように努めようとしているわ。そりゃ世間の人たちは、あなたに賛成するでしょう、トルヴァル、それに、本で言っているのも、そういうことよ。でも、あたしは、もう、世間の人の言うことや、本に書いてあることには信用がおけないの。自分自身でよく考えて、物事をはっきりさせるようにしなくちゃ。
「現代悲劇のための覚え書」
しかし現実の生活では、女性は男性の掟によって裁かれる、彼女が女性でなく、男性であるかのように。
この戯曲の人妻は、最後に何が正しく、何が正しくないかということがわからなくなってしまう。一方にある自然の感情と、他方にある権威への信仰が、彼女を大きな混乱に陥れてしまうのだ。
女性は、 現代社会では独立の人格となり得ない。この社会はまったく男性のものであって、男性が作った法律によって、男性の立場から女性の行動が裁かれる。
>女は実際的でないとか、 裏でこそこそやるというなら、男は違うと断言できるか。いったい男たちは、女性に同等の権利を与えることになぜ恐れを感じるのか?
>この作品が古めかしい「女権」問題の社会劇とされたのは時代のせいだが、イプセンがこの戯曲で示したのは、 何よりも自分自身が何者なのか、まずそれを確かめるのが人間の義務であり、そういう人間になるべきだ、ということだと言ってよかろう。そういうことに迂闊だから、愛や結婚の真実も見えなくなってしまうのである。イプセンはそれをきわめて日常的な衣裳で、そして無駄のない台詞、単純な筋運びで展開し、リアリズム演劇に一エポックを画したのである。
守ってるんだか閉じ込めてんだかなまるで人形か赤ん坊みたいなかわいがり
いや~~~すごい…1879年・・・ 男性が女性を抑圧する権力構造にかなり自覚的じゃないと書けないよね? -
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全然イプセンなんか興味なかったのに、なぜか産休の時に買っていた。それから4回くらい読んでるけど、毎回、途中の『夫に秘密がばれてしまう』というところだけ覚えていて、結末を全く思い出さないで再読している。今回は3年ぶりくらいかな。また、『なんとなく』手に取った。
イプセンはノルウエーの戯曲家で、板垣退助張りの髭のおじさん。かのおじさんが、ここまで女性の真髄を表現しているとは!私も女として年を取るたび、『女』がいかなる生き物であるか、自分を含めて解ってきているはず。読むたびに新しい発見をする。一般的には、婦人解放の思想と解釈されているようだけど、今回は、ヒロインのノラが、女の持つ多面性の平面でなく、玉虫色の滑らかな球面で表しているような感じがした。
『今夜奇蹟が現れると思っておりましたのに、それが現れなかったからです。それであなたという人が、あたしが今まで考えていたような方ではないということがわかったのです。』
そうね。結婚して、子供も出来てから気がつくことだってあるわよね。同感。
本日の通勤の往復で読破。濃い時間だった。次読むときも新しい気持ちで読める予感がする。 -
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家庭板みたいな話でゲスく楽しめました。面白かったです。
ヘルマーがモラ男なのはもちろんですが、ノラが大概甘ちゃんすぎます。
「父や夫に心配をかけないために、勝手に父の名前を保証人欄に書いて、借金をした。思いやりゆえの行動であり、これが偽署の罪だというなら法律が間違っている!」というのが、序盤で出てきた上に最後にも出てくるノラの主張です。
過ちを犯した人はみなそれぞれの事情があったということに思い至らないノラは世間知らずのままです。
そして、自分を愛していると言いながらも犯罪はかばってくれなかった旦那に幻滅して家を出るわけです。
よく考えもせずに、生家のなくなった地元へ戻る? あてもないうえに子どもを捨てて? なんて気まぐれな、というか、1週間で帰ってくるに100ペリカ。 -
Posted by ブクログ
全く期待せずに読んだけど凄く心打たれた。
男と女とで確実に感想が異なるであろう末恐ろしい一冊。
自分の嫁に読ませて感想を聞きだして一喜一憂するか、はたまた永遠に禁書にするか。
訳者の原 千代海さんは人間賛歌として解釈してるけど、これは今も昔も重厚な社会劇だよ。
ってかイプセンは元々ナショナリズムの闘士だったのに途中でノルウェー大嫌いになって国外で暮らしたり(結局晩年に戻ってきたけど)、女性の社会進出を訴えた戯曲を書いた直後に女性蔑視者になったりとかなり香ばしい作家。
イプセンはローマの学術団体「北欧協会」でそれまで認められていなかった総会における女性の投票権を声高に主張した。会費を払えば男も女も同じである、と。
しかしその提案に猛反発したのはあろうことか大半が女性。
イプセンはこれに大いに失望して一転女性蔑視的な性格となる。
女性の社会進出を推し進めるフェミニスト団体は、社会進出を望まない女性のことは微塵も考えない。まるで学級委員が自分だけ善だと思って乗り気のしない周りを巻き込む構図のよう。男と同じ仕事量・責任で同じように出世して子供が産まれてもバリバリ働きたいなんて思う女性はごく一部だよ。
果たしてどっちが本当の優しさかな?
イプセン自身の生涯も相俟って色々と考えさせてくれた一冊 -
Posted by ブクログ
ネタバレ19世紀にフェミニズムを描いたノルウェーの戯曲。
この時代は当然となっていた家庭での「男の権威」と同時にあった女性への卑下(嘘により家庭を駄目にし子供を堕落させうるのは母親、なんて文も)。
そんな「当然」の中で夫婦をあくまで対等の存在だ!というのは相当衝撃的な主張だったそうで。「今まで自立できない人形のような自分だったから」という理由で家出したノーラの行動については論争が起こったほど。現代ですらいかがなもんかと言われるやも。
個人的に印象的だったのは夫のヘルメルがノーラをただ可愛がってただけで、結婚してから8年間真剣に話したことはなかった。可愛い娘が父から夫の手に移っただけ。それは人形みたいな扱い。という事態。
これは少なくとも現代の恋愛観にも通じるものがあるんじゃないかとさえ思えた。うまく一緒にやっていくためにはただ魅力を感じるだけではダメで、表面的でない次元まで話すような過程が要るんだと思った。
フェミニズムをうたった物語だが、久々に考えさせられた本でした。 -
Posted by ブクログ
『人形の家』は、ノルウェー出身のイプセンにより、1879年に出版および初演された戯曲。夏目漱石や太宰治など、いろいろな文豪に引用されていて、以前から気になっていたので読んでみました。
ノーラは、年明けに弁護士から銀行の頭取になることが決まっている夫と、可愛い3人の子供たちとクリスマスを迎えるのを楽しみにしていました。しかし、彼女はある重大な秘密を抱えており、それに関わる人物が家に訪ねてきて気が気でなくなります…。
タイトルから内容が想像つかなかったですが、ラスト15ページの怒涛の展開で「人形の家」の意味が明らかに。終盤の夫が見せた掌を返すような態度で、妻は気づいてしまった訳ですが、何もかも放擲して飛び出して行くのは展開が急すぎかな。人間扱い云々とありますが、この時代で外に飛び出しても、一度気づいてしまった疑問は違った形の不満となって覆い被さってくるような気がして、ノーラが不憫な気がしてならなかったですね。
追記 : 書いていてふと、エスター&ジェリー・ヒックス『サラとソロモン』の「ある場所や状況の中に悪いことがあるからという理由でそこを去るなら、次の場所に行っても、ほとんど同じことが起こるってことなんだ。」というセリフを思い出しました。ノーラに幸あらんことを。